第十五話:マイホームの来訪者。繋ぎ止める声
カーテンの隙間から差し込む光が、重い瞼を叩いた。
「……ん……っ」
身体中に残る、不自然な体勢で寝てしまったことによる強張りと鈍痛。
戦場での惨敗、逃げるように戻ったマイホーム。
装備を外すことすら忘れて、私は床に倒れ込むようにして眠りに落ちていたらしい。
時計を見ると、針はすでにお昼時を指していた。
……あんなに酷い失態を演じて、逃げ出して。
目が覚めれば、すべてが悪い夢だったことにならないだろうか。
そんな子供じみた願いも虚しく、目の前には昨日の戦いで傷ついたままの、青いコバルト・ストリームが転がっている。
(……最低だ、私)
自分の不甲斐なさと、仲間に向けた醜い嫉妬心が、胃の奥に冷たい石となって沈んでいる。
そんな時だった。
――ピンポーン。
静まり返った室内を、マイホームのチャイムが鋭く切り裂いた。
私はビクリと肩を震わせる。
アッシュなら「おい、生きてるか!」と扉を叩き壊さんばかりの勢いで来るだろう。
この、どこか遠慮がちで、けれど確かな意志を感じさせる鳴らし方は。
「……クロ……?」
私は重い身体を引きずるようにして、扉を開けた。
そこには、昨日の激戦の疲れも見せず、いつも通り凛とした佇まいのクロが立っていた。
「……やあ、アダダ。お昼時に、ごめん。少し、話せるかな?」
部屋に招き入れられたクロは、散らかった室内を咎めることもなく、差し出された椅子に静かに腰を下ろした。
沈黙が痛い。私は俯いたまま、自分の指先をいじり続けた。
「……昨日は、ごめん。私のせいで、みんなの特訓が台無しに……」
「その謝罪は、もういいよ。アッシュも気にしていない。あいつは今、さらに磨きをかけるって言って一人で訓練場にこもっているくらいだ」
クロの言葉が、余計に胸に刺さった。
アッシュはもう前を向いている。それなのに、私はまだここに停滞している。
「……私、あの時……アッシュが避けたのを見て、頭が真っ白になっちゃったんだ」
気づけば、堰を切ったように言葉が溢れ出していた。
「嬉しかったはずなのに、心のどこかで『どうして私じゃないの』って思っちゃった。店長があんなに丁寧に教えてくれたのに、最初に成功させたのが私じゃなかったことが……すごく、悔しくて」
私は、膝に置いた拳を強く握りしめた。
「だから、次の接敵で無理をした。私もできるって、アッシュに、何よりクロに、認めて欲しくて……。でも、結局できたのは不恰好な自滅だけ。……私、全然、相棒失格だよね」
自分の口から出た「本音」は、想像以上に醜く、幼かった。
クロは、そんな私の告白を黙って最後まで聞いていた。
やがて、彼はゆっくりと椅子から立ち上がり、私の隣へ歩み寄った。
「アダダ。君は、自分のことを買い被りすぎているのかもしれないね」
「え……?」
厳しい言葉が来ると思って身構えた私に、クロは穏やかな、けれど力強い声で続けた。
「君はまだ、成長の途中だ。アッシュは身体能力と野性的な直感に優れている。だから、ああいう技術を身体で覚えるのは早い。……でも、君には君にしかできない『精密さ』がある」
クロが私の手に、優しく自分の手を重ねた。
「あの時、アッシュが避けた後に敵を落とせたのは、君がそこにいてくれたからだ。君の射撃があったからこそ、僕の指示も、アッシュの回避も意味を成したんだよ」
「……クロ……」
「君は必ず成長する。まだ、その時が今じゃなかっただけだ。……焦らなくていい。君が立ち止まるなら、僕が君の手を引く。それが相棒だろう?」
その言葉に、視界が急激に滲んでいく。
クロは、私の醜い感情も、空回った意志も、すべてを飲み込んだ上で「まだ成長する」と言ってくれた。
「……うん。……うんっ……。……ごめんね、クロ。私……また、みんなと一緒に戦いたい」
「ああ。次はもっと上手くやれる。僕の戦略には、君のその青い弾丸が必要なんだ」
クロは私の目を見て、ふっと優しく微笑んだ。
外は、ガレリアの明るい陽光に包まれている。
私の心の中にあった冷たい石は、まだ消え去ったわけではない。
けれど、クロからもらった言葉が、それを溶かすための確かな熱量を持っていた。




