第十三話:逆転の舞。もう一度あの場所へ
転送ポータルの光が収まると同時に、硝煙と鉄の匂いが鼻を突いた。
今回の戦場は「放棄された軍事ドック」。巨大なコンテナが迷路のように積み上がり、どこから撃たれてもおかしくない死角だらけのマップだ。
だが、今の私たちに迷いはない。
「アダダ、二時の方向。アッシュ、左のコンテナを回って。……初動、いくよ」
「了解!」
クロの冷静なナビゲートに従い、私たちは慣れた手つきで周囲のクリアリングを済ませていく。
初期の頃のような無駄な動きはもうない。流れるような連携で、私たちは序盤の混戦を危なげなく切り抜けていった。
しかし、中盤に差し掛かった頃。予期せぬ事態が起きる。
「――っ、挟まれた!? こいつら、隠れてやがったな!」
アッシュが叫ぶ。
索敵を潜り抜け、コンテナの影から二人の敵プレイヤーが同時にアッシュへ肉薄した。
至近距離での挟み撃ち。アッシュの持つショットガンの射程内とはいえ、二人同時に相手をするにはあまりに分が悪い。
(まずい……! あの距離で二人は、アッシュでも捌ききれない……!)
私とクロの心臓が、嫌な予感で跳ねた。助けに行くには、あと数秒足りない。
だが、その絶望的な瞬間に、アッシュの身体が「異質」な動きを見せた。
――ガガッ!
一人の敵が引き金を引いた瞬間、アッシュの巨体が鋭く沈み込んだ。
『しゃがみ』と、上半身を最小限の幅で逸らす『左リーン』。
店長に叩き込まれたあの回避機動が、アッシュの野性的な本能と結びつき、実戦の土壇場で完璧に発動したのだ。
「……はぁっ!?」
目の前で標的が消えたことに困惑する敵プレイヤー。
アッシュはその体勢のまま、地を這うような角度でショットガンをもう一人の敵へ向けた。
――ドォォン!!
「うおぉぉっ! 当たったぁぁ!!」
一撃。アッシュの放った散弾が至近距離で炸裂し、一人目の敵を光の粒子へと変える。
「なっ、なんだ今の動き……!?」
生き残ったもう一人の敵が驚愕し、体勢を崩したアッシュへ追撃を加えようと銃口を向け直す。
アッシュは技を成功させた驚きで一瞬硬直しており、回避した敵からの返り討ちは免れない状況だった。
だが、そこには既に司令塔の眼が届いていた。
「アダダ、十一時! そのままフルオートで叩け!」
「――了解っ!」
クロの鋭い指示に、私の指が反射で動く。
アッシュを狙おうとした敵の側面に、サファイアブルーの弾丸が吸い込まれるように突き刺さった。
「あ、が……っ」
二人の連携の前に、敵チームの包囲網は完全に崩壊した。
しかし、戦場はまだ終わらない。
「まだいる! 七時方向、コンテナの上だ!」
別のチームが漁夫の利を狙い、高所から私たちを狙い撃とうとする。
クロがそれを察知したのは、銃声が響くのとほぼ同時だった。
クロは瞬時に銃を引き抜き、背後を振り返りざまに腰だめで連射した。
――パパパパンッ!
精密機械のような無駄のない射撃。クロの放った弾丸は、コンテナの上で身を乗り出していた敵の胸元を正確に貫いた。
「……殲滅完了だ。周囲に熱源反応なし」
クロが静かに銃を収め、戦場に束の間の静寂が戻る。
「……ははっ! 見たかよ今の!? 親父に教わった通りに動いたら、マジで弾が避けてったぜ!」
アッシュが興奮気味に駆け寄ってくる。
「ナイスだ、アッシュ。正直、あのタイミングで成功させるとは思わなかったよ。君の適応力には驚かされる」
クロが珍しく、手放しでアッシュを称賛した。
「ガハハ! 訓練場みてぇに転ばなかったしな! 見ろよこの安定感、俺様もついに『プロ』の仲間入りか?」
ドヤ顔で胸を張るアッシュ。クロもそれに応えるように、満足げな表情で頷いている。
二人の間には、確かな勝利の連帯感が生まれていた。
「……。」
私は、そんな二人から少し離れた場所で、黙って自分の手を見つめていた。
胸の奥が、締め付けられるように苦しい。
(アッシュは……できた。実戦であの動きをやって、敵を倒した。……クロも、あんなに凄く彼を褒めてる)
私だって、特訓した。私だって、できるようになりたいと思ってた。
なのに、最初の一歩を刻んだのは私じゃなかった。
焦燥感。嫉妬。そして、自分だけが置いていかれるのではないかという、底冷えするような恐怖。
「……アダダ? どうしたんだい、浮かない顔をして」
クロが異変に気づき、こちらを覗き込んできた。
「えっ……? あ、あはは。なんでもないよ!」
私は、引き攣りそうな頬を無理やり持ち上げて、精一杯の笑顔を作った。
「……すごいよ、二人とも! 本当に、最高の連携だったね……!」
自分の声が、どこか上擦って、弱々しく響くのが分かった。
アッシュとクロは「おうよ!」「次もこの調子で行こう」と笑い合っているけれど、私の視界は、先ほどまでの勝利の熱を失い、少しずつ曇り始めていた。
(……追いつかなきゃ。……次は、私がやらなきゃ)
私は、コバルト・ストリームを握る手に、痛いくらいに力を込めた。
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