第十一話:修行の刻。見えない弾道を追え
「――よし。ガタガタ抜かしてねぇで、まずは動いてみせろ」
ホームタウンの片隅にある、広大な「自由訓練場」。
店長はそう言うと、エプロンを外し、無造作に愛用の銃――年季の入った、けれど完璧に手入れされたハンドガンを抜き放った。
「……えっ、店長自ら標的役をやってくれるの?」
私が驚いて聞き返すと、店長は不敵な笑みを浮かべて、私たちの十メートル先に立った。
「口で説明しても、お前さんらのようなヒヨッコには伝わらねぇからな。いいか、さっき負けた時と同じように攻めてこい。……遠慮は要らねぇ、殺す気で来い」
アッシュがショットガンを構え直し、火花を散らすような視線で店長を睨む。
「へっ、面白いじゃねぇか! 飯屋の親父がどこまでやれるか、拝ませてもらうぜ。アダダ、行くぞ!」
「うん、いくよ!」
アッシュが野性の獣のような鋭さで距離を詰め、私はその後方から『コバルト・ストリーム』の青い銃弾をバラ撒いた。
さっきの負けた試合、私たちはこれで押し切れると確信していた。
しかし――。
「……っ!?」
私が引き金を引いた瞬間、店長の姿が「消えた」ように見えた。
店長は流れるような動作で『しゃがみ』を入れ、同時に上半身を鋭く左に傾けた。
私が放った青い閃光は、店長の右耳のすぐ横、髪を一筋かすめるような至近距離を空虚に通り抜けていく。
(……当たってない! あの、信じられない角度で……!)
驚愕に目を見開いた一瞬の隙。店長はその「しゃがみ左リーン」の不自然な体勢から、バネが弾けるような速度で姿勢を立て直した。
驚くべきはそこからだった。
姿勢を戻した勢いそのままに、店長はアッシュの懐へと一瞬で間合いを詰めたのだ。
「なっ……速ぇっ!?」
アッシュがショットガンを向けようとした時には、既に店長のハンドガンの銃口が、アッシュの顎の下にピタリと突きつけられていた。
「……終わりだ」
店長の低い声が響く。
訓練場に、静寂が訪れた。
アッシュも、私も、その場に釘付けになったように動けなかった。
唖然として立ち尽くす私たちの前で、店長は静かに銃を収めた。
「……嘘だろ。さっきの敵より、動きがとんでもねぇ……。おいアダダ、この親父、マジでやべーよ……」
アッシュが冷や汗を流しながら、戦慄した声を漏らす。
「……すごい。……本当に、凄すぎるよ」
私は、感動と尊敬で胸がいっぱいになっていた。
店長が見せたのは、単なる回避じゃない。
回避、姿勢制御、そして攻撃への転換。そのすべてが一筋の糸で繋がったような、完成された「武」の形。
ますます、あの動きを自分のものにしたいという熱い渇望が、身体の芯から湧き上がってくるのを感じた。
その光景を背後で見ていたクロが、端末のログを見つめながら、震える声で分析を口にした。
「……信じられない。店長は、アダダが引き金を絞る指の動きを見てから回避を開始している。しかも、アッシュへの接近ルートは、アッシュのショットガンの死角を完璧に突いている……。これは、長年の実戦経験がなければ不可能な神業だ」
店長は、私たちの反応に満足したのか、再び腕を組んでゆっくりと語り始めた。
「いいか。しゃがみもリーンも、ただのポーズじゃねぇ。相手の射線を切り、同時に自分の次の動作への予備動作にするんだ」
店長は私を真っ直ぐに見据えた。
「お前さんには才能がある。だが、今はまだ銃の性能に振り回されているだけだ。……自分の身体を、銃弾と同じくらい鋭い武器に変えてみせろ」
「……はい、店長!」
私は力強く頷いた。
隣ではアッシュが「次は絶対に見切ってやる!」と吠え、クロは店長の動きを数学的に解析しようと必死にメモを取っている。
特訓は、ここからが本番だった。
店長という、想像を絶する高い壁。
その壁に何度も跳ね返されながら、私たちは自分たちの限界を、一歩ずつ塗り替えていく。




