ALICE.81─白薔薇西庭園⇔進入。
「─ん?」
大扉を潜り抜けた瞬間、一瞬の浮遊感を俺は感じ取り立ち止まってしまっていた。
直ぐに、その違和感を確認しようと咄嗟に後ろを振り向いたが─そこから見える光景は、変わる事無い先程まで自分達が居たセーフゾーンの景色だった。
しかし、踏み入れたという─この確信に至る独特な空気感だけは未だに慣れない俺が居た。
実際に今も俺の肌へと直接纏わり付き、こびり付いてしまったような感覚がある。
そうして、庭園に入るや否や─先程までは聴こえもしなかったザワザワ、ザワザワ…と、葉擦れなのかは分からないが、段々と周囲の環境音が─俺の耳へと届いて来ていた。
そうやって、周囲の環境音という物音が─確かな形として、俺達へと主張をし始めて来るのに従い…背後で未だに見えるセーフゾーン以外から得られる視覚、又は聴覚から得られる情報は当てにならなくなって来ていた。
きっと庭園に入った、その瞬間の時点で庭園その物の発する法則に─既に囚われてしまっていたのだろう。
その証拠にとは言い難いが、もう既に─目前にて拡がる白薔薇で咲き誇る庭園の壁が、迷路のように蔓延っては…俺達を分断し始めて来ていたのだった。
─白い薔薇の花びらは、今も絶えず咲き乱れては散っている。
ただ、それだけの光景なのだが…それは確かに俺達が迷宮へと踏み入れた事を強く認識させて来ていた。
そして、何よりも咲き乱れては散っていく白薔薇が奥へ奥へと─まるで、俺達を誘い込もうとしているように見えなくも無い。
その光景は、俺の意識を鋭いものへと直ぐ様─切替えていく理由には充分だった。
─普通じゃない普通。
─現実的じゃない当たり前の光景。
既に、俺達へとその空気感が纏って来ているのを感じた時点で─俺は自然と警戒を始めていたのだろう。
白薔薇西庭園は既に足を踏み入れた時点で完全に俺達へと牙を向けて来ているのだと─俺は、自身の直感から…そこで、やっと確証を得られたのだった。
「─皆! 陣形はいつも通りに…! トランプ兵と接敵した際、直ちに敵の威力偵察を行って下さい! 深追いは厳禁です! 彼らは狡猾です! その手口に嵌り、安易にその大切な命を散らさないよう気を付けて下さい!」
「「はいっ!」」
声は周囲を警戒する為、小さめなのだが─全員に伝わっているだろう声で未来は指示を出しつつ進んで行た。
それを追従するように俺達も共に進んでいたのだが、先の角を曲り─少し開けた場所に出た瞬間、早速トランプ兵達が俺達を待ち構えていた。
「数字5が3! 数字6が2! 数字7が1!」
「カズキさん…」
「分かってる─! イノリ!」
「─うん!」
サッ─と、未来達の横を駆け抜け─俺とイノリは一気に数字の高いトランプ兵へと接敵していく。
「私を置いて行くなんて、困りものだーぁね?」
そんな声が後ろから聞こえたと思ったら、俺達の速度に追い付いては─追従して来れているイカれ帽子屋が居た。
「─ッ!」
「遅いッ!」
そして、俺の接敵にいち早く気付き迎撃して来たトランプ兵の槍さばきだが─確かに、速度はあったが…そこまでだった。
俺の操るラキアの双剣は、トランプ兵の迎撃して来た槍の軌道を難無くと─なぞる様に避けていっては、相対したトランプ兵へと…全く抵抗を感じさせずに、ただ薙いでいっていた。
「遅いッ─!」
イノリの戦況も確認してみれば、双剣でトランプ兵の武器を弾き返し─もう片方の空いた剣で急所を斬りつけ、そのまま…弾き返した剣をノーモーションで切り返し、ダメ押しの斬りつけを行うことで難無くとトランプ兵を倒すのに成功していた。
「ふふふ! 流石だーぁね? なら、俺も魅せないとだーょね? そこだーぁよッ!」
クルッ─と、華麗にステッキを振り回し─攻撃を弾いてはそのまま喉元へと、ステッキの先端を突き入れ…イカれ帽子屋の方も、鮮やかに戦闘を終えさせた。
そうして、俺達の攻撃によって立ち所に瓦解したトランプ兵達は─そのまま未来達に討伐されるのは必定の事だった。
「凄い…私達とは全く動きが違います」
「─そうか?」
未来の視線は俺達の戦闘に釘付けになってしまっていたようだった。
未だに、驚いた表情のまま─俺達へと視線を送ってきていた。
「ええ、流れるように攻撃を繰り出し─戦闘を終えていましたよ? 私達では、ああも上手く立ち回る事は出来ません。本当に私達よりランクが低いのですか? そう思えてしまいます。庭園の初戦闘だとは、到底思えませんよ」
「そ、そうか…」
未来に引き続き、信弥にも念を押されてしまっては─俺は、ただ頷く事しか出来なかった。
まぁ、確かに─と、多少は納得せざる得ない要素は幾つか存在はしていた。
─俺とイノリは、そう…まだ、ランク30だ。
今の戦闘によって経験値が入っては来たが─所詮はまだ、一回目の戦闘だ。
次のランクアップまでに必要な経験値に関しては、まだまだ先の話だ。
それとは違い、周囲を見渡す限り─聖女の道標のメンバーは全体的にランクは既に上がっており、高いランクの者だと─既に、ランク38までに達していた。
だが、確かに─それでも動きに関してだけ言えば、俺達のほうがより速く…且つ、その速さに彼らの目は追えていなかったらしい。
普通の基準での話になってしまうが、そもそもランクと言うのは単純に一つ違うだけでも─そのポテンシャルに関しては大きな差が生まれるはずなのだ。
しかし、その常識さえも俺達に関しては覆していると─未来と信弥は言って来ている。
─そう、幾つか思い当たる節はある。
だが、それらの大元は全てジュナの恩恵に辿り着く事に関しては間違い無いだろう。
とりあえず、この初戦の一回の戦闘だけで全てを判断するのには材料が少な過ぎるが─戦えそうだと言う事を把握するのには充分だった。
「─まぁ、やれるだけの事はやってみるさ。だから、お前達も…その、気を付けろよ?」
「ええ、わかっています」
未来の応えを聞いて、俺達は戦闘後の装備等の損耗チェックを始める。
これは主に聖女の道標の方針をなぞっている形だ。
─今は運命共同体だ。
俺もそれに倣うのは吝かでは無かった。
そして、各自─損耗のチェックを終え次第、引き続き俺達は歩き出すのだった。
そうして、庭園を歩く中で─これも法則性に該当するのかはまだ分からないが、道行で少しでも開けた場所へ出た瞬間…トランプ兵達が待ち構えている状況に多く遭遇していた。
その度に俺達は、トランプ兵達との戦闘に否応なしに突入する事になるのだった。
「次は数字の8が居ます! 数は─一体! 他は数字の5が7!」
─数字の8を直接、そう…初めて見た初見の感想は正直、化け物だと思えた。
現時点まで遭遇した敵対者達と見比べるとしたら、軽くポーン達と邂逅した時迄の緊張感とまではいかないが─それなりのプレッシャーを数字の8のトランプ兵は俺達へと放って来ていた。
「数字の8の対応は俺達に任せろ! イノリ─!」
「うん!」
「お願い致します! 私達は数字の5を!」
「なら、僕は彼女達を助けるとしようかーぁね!」
取り決め通りにトランプ兵達に先手を取られないよう、俺達は駆け出した。
やはり、接近し距離が近くなる程に─トランプ兵から、直接肌に伝わって来る…プレッシャーの度合いが増して行くのが分かってしまう。
「ッ─!」
そして、実際に打ち合ってみると分かる事が多かった。
─それは単純に、数字の8は単身でも別格に強いという事だ。
確かに、これまでの戦闘状況からトランプ兵達はチームを組んだ事によって─連携されると厄介になるというのは承知の上だったが、これは単純にそういう次元を超えていた。
─ただ、強いのだ。
それに、イノリと切り替わるように打ち合いを変われば─少しの余裕が生まれ、未来達の状況が見えて来ていた。
連携の厄介さに関しても先程、頭には考えがよぎっていたが─今見える光景では、だいぶ軽減されているようだった。
その大きな主な要因は未来達をサポートするように立ち回る、イカレ帽子屋の存在が大きかった。
イカレ帽子屋は数字の低いトランプ兵達を率先して誘導をしては、聖女の道標のメンバー達の安全を維持出来る距離を適切に取れるよう立ち回っていた。
「─カズキッ!」
「ああ!」
思いの外、向こうの様子に気を取られ過ぎていたみたいだ。
イノリの声により、俺は即座に目の前へと視点を切り替える。
すると、イノリの攻撃を凌いだトランプ兵が俺へと─既に目の前へと迫って来ている瞬間だった。
瞬時に身体を動かせたのは僥倖だろう。
キィィーン─っと、鍔迫り合いでの音が目の前で鳴り響く。
だが、それだけで終わるような─ヤワなトランプ兵では無かった。
俺との鍔迫り合いに入ったトランプ兵は、剣と盾を即座に交互に動かし─俺へと止めどない連撃を仕掛けて来た。
その連撃は決められたパターンに則ったような攻撃では無い。
俺の身体の重心や迎撃で迎え撃っている双剣のモーションも、瞬時に把握し─考慮に入れているのだろう。
トランプ兵の行う攻撃は随時、修正を細かく入れて来るように─目まぐるしく攻撃パターンが変わっては俺へと攻撃を仕掛けて来ていた。
「──!!」
「くっ! 重いッ─!」
本来は守る為に使われる盾さえも攻撃の手段に加えられ、俺は咄嗟に双剣の一振りで凌ぐ。
トランプ兵は俺の双剣の一振りの手段を潰した事をチャンスと捉えたのか、そこへ本命の剣の一撃を追撃で振るって来た。
何とか、寸での所で─俺も残りの一振りで受け止められたのは良かったが、流石…数字の8の攻撃だ。
力も技量も、全てが申し分無い位にポテンシャルが高い。
弾き返された盾も、即座に攻撃方法を切り替えては─追撃へと転じ、俺へと攻撃を加えて来る。
その追撃に関しても、盾本来の使い方を逸脱した動きによって─更に、攻撃を苛烈に仕掛けてくる始末だ。
その仕掛け方は実に巧妙で、テクニックに富んでいると言えた。
俺の視界を塞ぐように盾を振り翳し攻撃を加えて来ていたり、その攻め方は─非常に今まで戦ったトランプ兵らしくない、応用を重ねに重ねた…熟練したテクニックを用いた熟練兵と言っても過言では無い戦法だ。
─その上で、単純に力が強いのだ。
正直、凌ぎ切るだけで一人だったら一杯一杯になっていただろう事は容易に想像が出来た。
だが、俺達は二人掛かりだ。
そこにこそ、勝機が有るのかも知れない。
だからこそ、俺達は泥仕合になろうとも勝機を見出すために死力を尽くすしか無い。
「しつこいッ─!」
「─!?」
何とか、トランプ兵の猛攻を凌ぎきり─俺は双剣を一閃させ、やっと…トランプ兵の猛攻から後退する事が出来ていた。
そこからは泥仕合も良い所だ。
何が期待のホワイトだと、俺自身でも文句を言い放ちたい気持ちだ。
ランクという壁が、ここに来て如実にその存在感を現して来ていた。
ランクが低い俺達は、何とか互いに協力をし合い─トランプ兵の攻撃を凌げていた。
駆け引きによって隙なんてものは、生み出す余裕等は無かった。
単純に手数が二人の分、こちらが一人分多いのが功を成しただけだろう。
少しずつだが、時が経過する毎に─トランプ兵よりも俺達の方が、より多くの攻撃を繰り出せていた。
そして、遂にその時が訪れ─俺達はトランプ兵の首をハネさせる事が出来た。
無事というのには程遠い結果であり、散々な内容だと思えるが、何とか俺達は数字の8のトランプ兵との戦闘を終えさせられたのだった。
「ふぅ…」
「─はぁはぁ」
想像以上に手強かった。
横を見やれば、イノリの方は今も多少の息切れを起こしている位だ。
─だが、結論としては倒せない程ではない。
こうやって何とか倒せたのが、その証拠だ。
それに何も得られなかった訳では無い。
幸先が良い事も有る。
それは大量の経験値を、流石に数字の8ということだろうか? 大量に得られた事で、ここに来てやっと─俺達は双方共にランクアップする事が出来たのだった。
「カズキ、未来さん達の所に─」
「─ああ。そうだな、行こう。イノリ? 大丈夫か?」
「うん、大丈夫。…それに未来さんが心配」
「分かった」
それ以上、聞くような野暮な事はしない。
早速、俺は未来達の所へ行く為にも─装備の確認を手早く済ませる。
その理由と言う程では無いが、イノリの方は息切れに関しても先程から多少は整えられて来ていたのと─何よりも既に、イノリの足先が未来達の方向へと向いていたからだった。
遠くの方では、今現在もイカレ帽子屋による目覚ましい立ち回りによる支援が行われており─トランプ兵達を見事に翻弄していた。
だが、それもずっと続くとは限らないだろう。
イノリの心配は、俺にも分かる。
手早く確認を済ませ、俺はイノリより先んじて未来達の方へと駆け出した。
イノリも、俺の駆け出しに合わせ追従して来た。
ただ、何も言わずに直ぐに追い付いて来た所から見ると相当焦っている事が窺えた。
俺は出来る限り速度を上げ、未来達の所へと向かうのだった。
そして、未来達へと合流した俺達は─手始めに、近くに居たトランプ兵を瞬時に撃破する。
俺達の攻撃によって一瞬、トランプ兵達が思考を停止したように止まったのを見逃す俺達では無い。
即座に追撃を行う為にも、次の近場のトランプ兵へと俺達は攻撃を始めるのだった。
そうして、俺達は片っ端から片付けられるトランプ兵を次々と薙ぎ倒していった。
その結果、勝利の天秤がこちらへと微笑んだのだろう。
トランプ兵達はチームの連携が見事に瓦解し始め、逆に押され気味だった聖女の道標達は息を吹き返すように攻めへと盛り返し始めていた。
そうして、トランプ兵達を全て片付ける事が出来たと確信出来たのはトランプ兵達の姿が戦場から見えなくなってからだった。
─こうして、初の数字の8との遭遇戦を俺達は無事に終えられたのだった。
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