ALICE.56─重盛未来【ALICE教】
「─あり得ない。─あり得ない。あり得ない…」
目の前が真っ暗になっていくようだった。
頭の中は何か重いもので殴られたかのように、ズキンズキンと重く鈍い痛みを─今現在でも、私に対して語り掛けて来るように…その痛みが続いている。
私は言いようの無い不安と焦燥に駆られては、身動きを取る事も出来ず─ただただ、その場で塞ぎ込んでしまっていた。
─ホワイト達に先を越されたのはいい。
これは私でも最悪の予想として、予期していた事だった。
─受け止める事も出来はする。
けれども、今─私に襲い掛かっている情動の正体はきっと…そういう類のものでは無いと、私自身が何故か確信出来ていた。
─気持ち悪い。
─気持ち悪い。
─気持ち悪い。
真の地獄なる映像は今、観終わった。
感情の濁流は今も私の中で駆け巡っている。
そして、駆け巡った先にて…言いようの無い感情の濁流は私の心の奥底を叩き付けては、まるで─私の心の奥底に隠してある、何かの蓋を外そうとしているかのようだった。
これ以上はダメ…。
─これ以上は、耐え切れない。
私が、私として、私が保てなくなってしまう。
─知りたくない。
─気付きたくない。
─見たくない。
─思い出したくない。
こんなのは…知らない。
─知らない!
─知らない!
─知らない!
ああ…! イヤだ! ダメ、ダメ! ダメ…!!
「あの映像、あの記憶、あの気持ち─そんな、はず…ああ─ああああ!!!!」
ない─なんて、私は吐く事が出来なかった。
─それは私の心が、その奥底に眠っていた何かが決して許そうとはしなかった。
ランク30、スキルも多数取得していた影響だろうか。
私は、渡会護の記憶や感情をほぼ…全てといっても良いだろう、それら全てをダイレクトに受け止めてしまっていた。
「あ、あ、あ─」
動揺の果てで、最近は見過ごすようになっていた書き込みにも─反応してしまっていた。
─その反応の原因は一つしかない。
そして、今の私を形成している全てといっても過言では無いだろう。
─ALICE? ALICE…様?
でも、私は幼少の頃からALICE…様に、導かれて─。
─本当に?
…あれ?
─本当にそうだった…だろうか?
…え?
私が、私じゃ無くなるような気が…襲い掛かって来る。
そして、ボンヤリと視界が霞んで…来てる気がする。
─本当は…。
…私は。
…私、は。
─。
「─聖女様ッ!」
「…信弥?」
「…そうです。貴女だけの信徒の信弥ですよ─」
「─あ、あ、あ…」
「…大丈夫です。─聖女様、大丈夫。…はい、私がお傍に居ります。大丈夫です…」
何故か、私は無性に涙が止まらなくなっては─止め処無く涙が溢れて来る。
そして、私は─この常に私の傍に居てくれた、私だけの信徒…信弥に抱き着いては暫くの間、ただただ…止めどない涙を流して、泣いてしまうのだった。
「─す、すみません。こんな…私らしくも、ない…」
「いえ。これも、私の役目です」
「…信弥は」
「はい」
「─ALICE…様を、信じてる?」
「最初は信じていたかも…知れませんね」
「─最初? では、今は…?」
「今は…未来様。─いいえ、聖女様。貴女を信じては、同じ位…お慕いしております」
「え…」
「…すみません、変な事を言いました。忘れて下さ─」
「…なん、で、私なの?」
「…そうですね。候補を挙げるとするならば、色々と有りますが─貴女は自分をどのくらいお知りでしょうか? 私から見えている未来様は、大変聡明な方です。─常に最悪を想定しては、私たちを飢えさせないようにしてくださり。そして、同じくらい死なないように考えて下さっております。─そして、そんな中でも迷える者には─いつだって、貴女は救いの手を差し伸べています。そして、そんな行いの延長線上の果て─今現在の…ALICE教が、ここに在ります」
「─いいえ。違うのよ、信弥。皆は…ALICE様を信じて─」
「─いいえ、失礼致します。重ねて、言わせて貰います。─ランクの低い者は分かりませんが、高い者は既に貴女を…未来様を、聖女様を信じて付き従って来ております。─皆、未来様に返し切れない程の感謝をその胸に抱えては、貴女の為に─寄り添って生きたいと心から願っております。私も、その内の一人でも有ります。─まぁ、私の場合はそれらも含めて、貴女を心からお慕い申しておりますが…」
「…」
「─色々と話し過ぎてしまいましたね。こういう、長く話せる機会も無かったもので─すみません。私の気遣う心が、配慮が足りなかったのかも知れませんね。…もう少し、休まれますか?」
「…うん。少し、抱き着かせて」
「─ええ。私で良ければ、喜んで」
そっと…おっかなびっくりになってしまったが、震える手を─腕を─身体を、信弥に…私は預けていく。
─ああ、落ち着く。
…人の、温もりだ。
─これが、私は欲しかった…ん…。
─ああ…あれ?
…心の奥底の蓋が外れた影響か、そこから何かが─言い知れない何かが、私の心に溢れ出して来る。
─遠い遠い…記憶、何故…忘れてしまったんだろう。
─遠い、遠い、私が、私が、心から、心から…望んだもの。
…なんで、この温もりを…忘れていたんだろう。
─そうだ。
これが、本当に私が親からも見捨てられては周りからも無視されていた─あの時、辛くて、苦しくて、耐えられなくて…それでも、心の奥底から本当に本当に欲しくて─切望しては、唯一の私が信じたくては…信じていたものだったというのに。
…この、人の…温もりを、私は─。
「─なんで、忘れて、いたんだろう…。大事な、大事な事だったのに…」
…あれ? 本当にそうだった? あれ…?
─違う、違う、違う!
ああ…心の奥底の蓋が外れた影響か、沢山の閉じ込められていた記憶が─フラッシュバックするように私へと記憶を思い出させて来る。
─ああ、そうだ。そうだった。そうだったんだ。
親は途中から、おっかなびっくりではあったが─私を構おうとしては、まるで赤子を気遣うように─手を差し伸べてくれていた事があった、はず。
…周りも、変わり者な私に合わせようと─歩み寄って来てくれた事があった、はず。
…あれ?
なんで、忘れて─いたんだろう。
…両親の温かさは、もう私がいくら手を伸ばしても─手に入れられない場所に、逝ってしまっている。
─過去はもう、戻らない。
「あれ? あ、れ? あ…あ…あ…あ─」
─涙が止まらない。
涙? 誰が泣いてる─の?
…そうだ、泣いているのは私だ。
─私…私…私─ああ、ああああ!!!!
「─大丈夫です。大丈夫…」
「だい、じょう…ぶ?」
「─ええ、大丈夫です。今だけは誰にも─いえ、私も見ていません」
「…それは、いや─」
「…え?」
「ちゃん、と、見て─。私は…未来…、私は聖女様じゃなく、ただの未来…未来だったの─。そう、私は…私だったの。…お願い、信弥? 私を、見て─私は、未来…わかっ、た?」
「…は、はい」
「…そう、私は…未来。重盛未来なの」
「…はい、そうです。─そして、私は…滝沢信弥です」
「…信弥」
「…はい。なんでしょう、未来」
「私は貴方の思っているほど、聖女では無いの。思い出したの。今、沢山の記憶が─今も思い出して来てるの。私はね? 聡明でも─優しくも─強くも─きっと、綺麗でも無いの。でも…私ね─」
「─はい」
「…貴方に、信弥に─一緒に居て貰いたい、かも。ねぇ、信弥? 貴方は私と、こんな私でも…一緒にこれからも居てくれる?」
「─ええ、当たり前です。私は、未来とずっと…一緒に居ますよ」
「─約束よ」
「─はい。約束です」
「…もう少しだけ、お願い。こうさせていて─」
「…はい。未来の、未来の気持ちが穏やかになるまで─私の胸は貴女のものです」
「…ありが、とう」
─もう少し。
─そう、もう少し。
でも、そのもう少しが積み重なっては…心も身体も時間と同じく重なり合っていく。
そして、2人が心から落ち着いた─その時には、気付けば周囲は夜明けを迎えるまでになっていたのだった。
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