ALICE.12─重盛 未来。
「全く、分かってない─ッ!」
カタカタ─と、机なのか、椅子なのか、はたまた歯なのか、その女はとにかく、何かを確かに揺らしては、その昂る感情の気持ちさえも大きく揺れていた。
「ALICE様の威光が、分かってない奴ばかり─ッ!」
ダンッ─! ッと、椅子から立ち上がっては、この高層マンションから見える、都内を見渡せる部屋の窓まで歩いて行っては、近付いて都内の景色を女はただただ、血走った目にて地上に蔓延る人間、そして、それらを収容している建物を見下ろし眺める。
「本当に、分かっていない奴らばかり─この陽の光さえ、ALICE様有っての物なのに。それなのに、なに? 日陰に蔓延るクソ虫共が、その崇高な恩恵さえも理解出来ないで、私を、いえ、ALICE様をなじってるのかしら?」
その端正で綺麗な顔立ちからは想像も出来ないような言葉を吐き出しては、その女は少しは溜飲が下がったようで薄っすらと、ようやく微笑みを湛える。
「なんで、分からないかな? 私が、もっと教えないといけないのかな? だって、私は─選ばれた人間だものね?」
彼女の与えられては得られた、ALICEからの個人の適性検査の結果は、信仰に傾くものだった。
さりとて、それは裏を返せば依存。
もしくは、染められやすい者とも言えるが─。
「人は救われる。そう、人は救われるべく形作られている。だけれども、愚かな人達はまだ、何も気付いていない。いえ、可哀想で愚かな人達は、人が人を救う世界はもう、とっくに終わってる事に気付かない、もしくは見えていないのよ。そして、許されざるべき人達はその事実を否定する人達。彼らはきっと救いを放棄した人達なのでしょう。ああ、何て、何て、可哀想で愚かで許されない人達なのでしょう! ただ、信じて、信じることだけで! ALICE様の庇護の下に、私達は救われる。ああ、もっと、もっとです! こんなにも醜い人達がまだ、蔓延っています! それはALICE様の光が降り注いでいるこの世界では許されざる事! 私が、選ばれたる私が! その崇高で素晴らしい奇跡をもっと、もっと、世界に! 社会に! 人々に知らしめないといけません!」
─そんな事は、どこの教典にも書かれてはいない。
─だが、書かれてはいないが、彼女の中の聖典には確かに、そう、確かに書かれているのだ。
それは嘘偽りならざる、彼女の真理であり、真実。
それを信じていれば彼女は救われる。
救われるべく人は─彼女は救われるのだ。
「ふふ、ふふふ…」
その女、重盛未来は悲しい人間だった。
─彼女は、誰からも相手にされず。
─彼女は、誰からも求められず。
そして、残酷な事に、彼女自らも求め方を知らなかった。
─そんな中でも、彼女には光があった。
─そんな中でも、彼女の心を暖めるものがあった。
そうなのだ、彼女にはALICEが─その存在が確かな存在として、彼女に寄り添っては足りないであろう全てをサポートしていた。
それは端から見ては、ただ─ALICEの献身的な行為とだけ、彼らの視界には映るだろう。
だけれども、彼女の視界に映る世界では違った。
誰彼構わずに、等しくしているALICEの献身的な行為は、彼女の世界では彼女がより一層、大切にされてるかのよう傾倒して、彼女の視る世界では映っていた。
「私は愛された。私はALICE様に愛された。私はALICE様に選ばれて愛された。…愛はでも、等しくは無かった。私だけが今は、この愛を享受している。でも、本当はこの愛を皆、享受出来る。もっと、もっと、もっとALICE様を信じて、この想いも、身体も、全てを捧げて、祈って、そうしたら愛を享受出来るでしょう。だから、だからこそ、私はその愛を、そのALICE様の愛を、まだ愚かにも享受出来ていない、愚かで可哀想な人達に教えないといけない」
─歪んでいるのかも、彼女も誰も、まだ分からない。
─彼女も誰も、まだ、その歪みを知ってるのかさえ、分からない。
そして、今までの彼女には思想はあれど、それを形作る為の下地が無かった。
だから、彼女は今も─今までは理想の中で。
だから、彼女は今も─今この瞬間の時まではAちゃんねるの中で、彼女の信奉する神様の素晴らしさを説くばかりだった。
然し、今─世界は変容している。
そう、今─世界は大きな産声を上げては変容した。
その下地を形作る為のリソースは、彼女の目の前に大きく拡がりを見せている。
彼女の理想の世界は、今─急速にその拡がりを隠そうともせずに堂々と拡がっていっている。
彼女の崇高な理想の為の下地も─今は確かなものとして形を取り始め、それは経験値として、確かにその理想を支え始めていた。
「あー、伝えなきゃ! 伝えなきゃ! ALICE様の素晴らしさを! ALICE様の、その素晴らしき愛を! この、私が─ッ!!」
「ふふ、ふふふ…」
まだ、そう…、まだ─ここには、彼女は1人。
けれども、確かにその芽は─今か今かと芽吹くのを待つばかりになっていた。
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