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 神奈川西部にある、何の魅力も感じられない、背景が山、近くには海というアウトドアが好きな人にはうってつけのような大学へ、僕は一般受験によって入った。


この場所に来る前に、やたら母が僕の私生活を心配していたのを強く覚えている。

「あんたを一人暮らしにさせたら干からびたカエルみたいになっちゃいそうやねー」

 いちいち例えがおかしい母と、それに便乗するかの如く馬鹿笑いをする父。

 別に家族が嫌いなわけじゃない。僕の地元が嫌いなわけでもない。ただ、ふと思っただけだった。


(新しい場所に行きたい。)


そう僕の心が急に訴えてきた気がして、受験する大学を全て違う県にしてみたのだ。結果的に神奈川の大学に無事に受かった僕は、未知の生活を目の前に多少の期待をよせつつも神奈川の大学へと旅立った。


―これが、去年の春。


―そして今年の春。


神の勘に触るような事を何かしただろうか?いや、触らぬ神に祟り無しを、モットーにしている僕に限ってこんな事はありえない。(モットーにするほどではないが。)

 花見でもして酔っ払ったのだろうか…

神は、僕の人生に、唾をひっかけたのだ。


学生課 通知報告書

【留年 20048364 星野真也 】


…重い。

重すぎて、僕はこの手紙をひたすら、アパートのポストの前で手を小刻みに震わせ唖然と見ていた。

たしかに、大学へ真面目に行っていたか、と聞かれたら、答えはノーだけれども。留年になってしまう程、単位を落としてしまっていたとは想像してもみなかった。いや、想像はしていた。ただ単純に見て見ぬフリをしてきた。

度々積んでいった塵が、山となって目の前に現れたというだけなのに、どうしてこうも泣きたくなるんだろう。

この留年によって人生の1年が無駄になるという事に関しては、僕にとっては全く問題では無い。

問題なのは実家の家族になんて言えばいいのかなのだ。それが分からなくて、僕は未だにポストの前から動けなくなってしまっている。

ポストの上には、ミカンが口をアングリ開けて、暇そうにアクビをしている。

初めて会った時ミカンを転がして歩いていた野良猫。だから『ミカン』。

出来る事なら今すぐにでもお前と人生を交換したい。そして、一生ミカンを転がしてこのアパートの周りに住みついていたい。

そんな現実逃避をポストの前でしていると、大家さんであるノダさんが、階段からリズム良く降りてきた。


「あら真くん。さっきからなんでそんな所に立ってるん?」

「いえ…ちょっと大事な手紙を読んでたんで」

「んま。やっと女っ気を漂わせてきたね!いい?女は押して押すのよ!」

野田さんは良い人だが、たまに…いや、かなりお節介な所がある。

「いや…そうゆうのじゃないんですよ。まだ女性からの手紙の方が救われます。

「あら。真くんは…そっち系の人にアタックされてるの!?知らなかったわ…」

前言撤回。この人お節介とかじゃあなく…ただの面倒くさい人だ。

「いえいえ…まあ、今度詳しくお話しますので、変な噂作らないでくださいよ?」

「んふふ、最近面白い事探しに夢中になっててねえ。真くんもなんか、楽しい事あったらアタシに教えてね!」

そう言うとノダさんは回覧板を片手に隣の家へとスキップで去っていった。あ。面白い事がもう起きましたよ。ノダさん。あなた、スキップが凄い下手ですよ。

それにしても、なんでああゆう中年の女性はすぐ野次馬思考になるのだろうか。いや、ノダさんをそこいらのオバサマ達と比べてはいけないだろう。


ノダさんは好奇心の塊みたいな人なんだ。


聞いた話によると、ノダさんは、僕がこのアパートに引っ越してくる前に、みんなの私生活が気になりすぎて、アパートの人達が留守にする時間を一週間観察、把握して、ある日全ての部屋に監視カメラをつけるという、大事件をしでかしたらしい。(それを聞いた夜、僕は3時間かけて監視カメラがないか部屋をチェックした。)


まあ今はノダさんの事で無駄に考え事をしている暇はない。奇人ノダによりも鬼人母の事を考えねば。


…よし。とりあえず、あと1時間後に電話をしよう。そしてこの心の重みを吹き飛ばしてやる。


1時間後。ヒグラシの声をBGMに、戦闘開始。


「あ。もしもし、真也だけど…」

「あー真ちゃん?あんた最近ロクに連絡もしないで何やってん!心配じゃないの!先月送ってあげた素麺ちゃんと食べてる?あれなかなかイケるわよ!やっぱり夏は素麺ってのが日本の文化よねー…あ。そうそうアンタ…」

「あの…母さん…俺さ、その…りゅ…」

「あ!」

「りゅ…。ん?」

「あ!そういや留年したらしいじゃないの!アンタ駄目よーちゃんと大学は行かなきゃ !まだアンタの仕事は学ぶ事なんだからね!まあそんな気にする事でもないから今年こ そちゃんと進級しなさいよ!あ。あと近々家帰ってきなさいね!いい!?じゃあお母さん トウモロコシ食べてる所だったからまたね!」

「あ。うん。…ホントに…。ありがとう」

「いきなりかしこまって気持ち悪いわね。らしくもないじゃない!じゃあね!」



―ガチャン。あっけなく戦闘終了。


 ………。




何歳になっても母親には勝てないもんだ。

言いづらいのがわかってたから、あんなに元気にガヤガヤ言ってくれたんだ。

我が子の考えてる事は母親には分かる。と、良く言うが、それは本当かも知れない。へその緒は切られても、繋がっているのは血だけじゃないんだ。

本当は僕以上に母さんは気にしてるんだろうな…またまたショック。

よし。この1年を大学生活で1番意味のある1年にしようと思う。


―母さん。1年間だけ、親孝行延期でお願いします。


少し蒸し暑い。しかし、夏一番とも言える、少し強めの風。優しい、草の匂いを乗せた風が、ベランダから颯爽と流れこんできた。

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