第五歩 誰かの為の集結
時が流れていった。
世間は時期外れの公務員試験の話で持ち切りとなり、予想される試験内容について様々な対策を議論している。
今回の試験は面接であれ実技であれどれも特殊だ。何せ通常の業務とは異なる仕事であり、それは事務職であっても例外ではない。
戦う者を管理する立場としての事務は、実際のところ書類と格闘するだけでは終わってくれない。政府発表によれば現地に異常があるかを確認する作業も含まれているそうだ。
この現地がダンジョンを指しているのは自明の理だが、事務職になった人間は冒険者にならない。ダンジョンに潜る者だけが冒険者になるのであり、つまり完全に非力な状態で入ることになる。
当然、護衛は必須だ。組織から選定された冒険者とダンジョンで起きるだろう異変を確認し、それらを最終的に書類に纏めていくのである。
この異変の具体的な詳細は語られていない。事務員が内部に入るのは冒険者側の不正対策であり、護衛を務める人間は必ず異変を発見した人物とは別になっている。
どんな形で冒険者が不正を働くかは現状、組織側も完全に予測しきれている訳ではない。
それでも人間である限りは有り得る手法を上層部は列挙していき、なるべく検知を可能にしていこうとしていた。
ダンジョン内で携帯が十全に使えれば対策ももっと簡単だったが、内部では通話もメールも機能しない。
使えるのは通信機能とは関係無い部分のみであり、写真や動画の撮影自体は成功していた。
今後ダンジョンの素材を用いることで通信機能を有したアイテムが作れるかもしれないが、そんなもしもを前提に組み込むのは論外である。
今は限りなく冒険者の人間性に頼る他なく、故に試験は厳しさを上げていくしかなかった。
今回の試験で採用する最大人数は100人。
この中から事務と冒険者に割り振っていくのだが、応募に参加する人間によっては片寄りは必ず出て来るだろう。
この採用人数は人によっては少ないと見えるし、逆に十分だとも見える。
何せダンジョンはたった一つ。攻略が成功している場所が挑戦の地となるはずもなく、そもそも自衛隊が今は定期的な殲滅を行っている。
ならば百人程度でも業務は十分に回せるだろう。足りないと語るのは外部との素材のやり取りについてであり、そこは老人も最初から絞る気だった。
卸価格はまだ決まっていない。今集まっている素材は全て倉庫に保管されているが、これらは研究用に回されるので一般には出てこないようになっている。
この素材達を安価に世に出したいのであれば、冒険者達が安定して周回することが出来る環境を用意せねばならない。
けれども、専門の教育機関も無い世界では一先ず全てを実戦の中で覚えていくしかない。
今回採用された人間は全てが手探りで、良いも悪いもない業界を切り拓くことになる。それを嫌だと思うか望むところと思うかは各々の自由であり、後者の意気込みが上に好まれるのは間違いないだろう。
「……いよいよこの日が来たか」
冒険者管理組織。通称としてギルドの名を与えられた建物の一番上の階で、老人は廊下の窓から応募者達の姿を視界に収めていく。
年齢を低めに設定したためか、今回現れた男女は酷く騒がしい。
まるで大学のような騒々しさに老人の眉は寄り、大丈夫かと一分の不安を覚える。そして脳裏で例の男を思い浮かべ、同年代の彼等と思わず比較してしまった。
「まぁ、そう易々と欲しい人材が見つかる訳も無し。 そもそも予言者が二人も居る時点で我々は恵まれている」
落ち着いている人間の数は見える範囲で数人程度。
しかし、それが老人達にとって望ましい人材であるかは分からない。実際に本人の希望を確認した上で冒険者になってもらい、獲得する職業や技能を調べなければ最終的な判断はつかないだろう。
窓から視線を外し、新しい執務室に歩を進める。
このギルドの総責任者のみが使うことを許される部屋の中には木製の巨大な机が置かれ、その上に数枚の書類が乗せられてある。
内容はどれも応募者達が送ってきた履歴だ。顔写真付きの紙にはこれまでの人生についてざっくりと書かれ、取得した資格や過去の実績も載せられている。
「品野、我妻、根岸……」
履歴書自体は山程に来ている。その中で机の上に置かれていたのは数枚だけ。
複数の履歴書には一つの共通点が存在し、老人は敢えてこの共通項に合致する人間に注目することにした。
彼等に該当する共通点は、立花・翔と同じ学校を卒業していること。
彼等が応募している事実を翔は知らない。知っていたところで止められるものではないし、最早翔はどうでもいいと認識するだろう。
この三名の応募者は、翔と深い関わりがある。特に品野については恋愛関係で過去に恋人同士だったそうだが、今では別れて会っていない。
これは老人が独自に伝手を頼って調べた結果だ。我妻もこの恋愛に関与していたようだが、今では品野と会ってはいないようだった。
根岸については他よりも薄い。
学校で何やら翔に一方的に絡んではいたが、既にこの時点で彼は予言者としての活動を始めている。
外部の人間に対してどこか冷めた印象を受ける翔であれば、絡まれるのは鬱陶しい以外にないだろう。実際、彼女は卒業してから一度も翔と顔を合わせていない。
いや、この表現は正しくないだろう。今の彼女はそれどころではない。
「これも氷河期といったところか……」
彼女は大学生だったが、現在は中退をしている。
その原因は父親が就職していた会社の倒産だ。あのダンジョンの近くに本社があったようで、当時は業務を一時的に停止したりリモートワークに切り替えて凌いでいた。
だが、仕事を止めた時期が悪かった。複数の大型案件を持っていた状態で停止することで、顧客が指定した期日に成果物が完成しなかったのである。
根岸の父親の会社はアプリ開発関係を行っていた。納期の遅れは信用の低下を招き、結局はどんな話も向こうは無視して契約破棄に繋がったのである。
この損失は大きく、しかも業界に広まってしまった。
どんな案件も信用が命。相手が此方を信じてくれなかったら、どんな仕事でも舞い込んでくることはない。
ましてやあの頃はダンジョンの所為で日本が酷い目に合うとまで言われていた。
経済が極端に不安定になり、様々な会社の株価が大変動を起こしていたのも珍しくない。その荒波の中で破産した人間も数知れず、時折電車が止まる事態も起きていた。
根岸の家の先行きは不安だ。
父親は無職になり、未だ次が見つかっていない。母親はパート勤務をしているが、それだけで現在の生活を維持していくのは困難だ。
娘の小夜がアルバイトで自分の分を賄っていたものの、それでは大学の成績も落ちてしまう。
物価も上がったことで貯金が崩れる速度は増していた。このままでは家を維持するのも不可能になるかもしれないと考え、小夜は大学を辞めて就職の道を選んだ。
そのタイミングで話題のギルドの応募が始まり、条件が良かったので飛びついたのだろう。
背景を知ると同情したくなるが、試験は公平であらねばならない。彼女が何の実績も記載していない以上、試験の場で可能性を見せてくれなければ落とすしかない。
「一番厳しいのは彼女だな。 後は……まぁ、心配するだけ無駄になるか」
我妻も品野も大学に進み、それぞれ実績を積んでいる。
我妻は剣道を、品野は動画投稿者として。道筋は別方向だが、それでも何も無いよりは遥かに有利に働くだろう。
この日で全てが決する訳ではない。だが、翔の知り合い達の結果はこの数日で決まるだろう。
ふいに老人は思う。彼等の未来を、翔は把握しているのかと。
「聞いてみるか」




