冒険者41 羨ましい
その日には答えは得られなかった。
突然の話に両親は時間が欲しいと願い、俺はそれを了承して今は普段の日々に戻っている。
朝日が上り、家族と朝食を食べて。バイトをして帰ったらやはり家族と一緒に夕食を楽しんで。
世間話が流れている。俺も家族も、皆が何とか普段通りに過ごそうと取り繕い――――しかしどう足掻いても途切れる瞬間があった。
沈黙は僅か数秒。以前までであれば特に気にもしないような空間は、今ではどこか重い。
結局、最初に俺に返事をしてくれたのは伯父だった。彼は俺と二人きりで自室で向き合い、己のしたいようにすると良いと承諾してくれた。
「僕も好きなようにしたから今がある訳だしね。 あれこれ言いはしたけど、君がそれをしたいと強く望んだならやってみればいい。 ……でも、選んでしまったからには君にも責任は発生するよ」
「勿論です。 ありがとうございます、伯父さん」
伯父の言葉は胸に染み入った。
望んで俺は冒険者になる。その事実は変わらず、されどこれから大人として扱われる俺には選んだ結果に対する責任が発生してしまう。
失敗すれば、負けてしまえば、待つのは死だ。覆す方法は存在せず、そしてきっと俺が死んだ余波は思いの外広くなる。
家族達は慟哭するだろう。老人だって何かしら思うかもしれない。榊原達はまだ関係が薄いので断定は出来ないが、悲しんではくれるかもしれない。
責任があった。それは未来の俺には無かった重荷であり、彼との明確な違いだ。
俺が変わり、細々とした未来が変わる。その果てに大局も変わっていき、先の未来はもう見たことがない景色になっている可能性が高い。
その未来で笑って過ごせるように、俺は奮起しよう。最早、中堅どころで済ませられる状況ではないのだから。
最強への道は果てしなく遠い。幾度危険を乗り越えなければならないのかと眩暈さえ覚えてしまい、されど諦めの文字は一度も脳裏を過りはしなかった。
どう言い訳をしても、俺も男で冒険者だということだ。小さく纏まって過ごすよりも、大きな夢を目指して羽搏いていたい。
――――そんな自分の心境の変化を両親は見ていたのか、ある日の夕食が終わった時に声を掛けられた。
「……あれから母さんと一緒に考えてみたんだ」
「うん」
リビングで俺は父親と母親と向き合う。
母親は顔を俯かせていたが、父親は真っ直ぐに俺を見る。テーブルの上にあった夕食後の皿達は伯父が回収して洗いに行ってしまい、少し離れた場所から水音が聞こえた。
二人の話し合いを俺は聞いていない。どんな答えが出て来るかは分からず、けれど母親の表情でそれが苦しいものであると予想させてくれた。
静かな緊張が流れる。家の中でも特に珍しいこの重さは、だからこそ事の深刻さを教えてくれた。
二人は子供を大事にしている。俺という存在を、真実愛してくれている。この確信を疑う余地は存在せず、もしも否定する人間が居れば気絶程度では済ませない。
「結果から言えば、お前が冒険者になるのを俺達は応援したい。 子供のしたいことを遮るのは、よっぽどでもない限りは親のすることではないからな」
「……ッ!」
両親は反対をしなかった。
その内心にどれだけの葛藤があっても、二人は俺を応援する方向に舵を切った。
俺はテーブルに届くくらいに頭を下げる。深く、深く、ただひらすらに感謝の念を込めて。
頭を上げてと母親が声を掛ける。ゆっくりと顔を上げた先には、潤んだ目をした状態で優しく微笑む母親の顔があった。
「本当は反対したかったの。 昔から翔は危険な真似をしていたから、あれよりもっと酷い怪我をしたら死んでしまうんじゃないかって」
「それは……すいません」
「良いの。 今回の話で翔は優しい子だったのを思い出したわ。 あの件があってから昔よりも静かになることが多かったから――――もうあの頃には戻ってくれないんじゃないかって」
眦から雫が流れ落ちる。
母親は言い切って、静かに泣き始めた。
父親が背中を擦る。労りを込めた優しい手付きは、間違っても俺自身が出来るとは思えない。
申し訳無かった。確かに昔よりも俺は家族の前では騒がなくなったが、それを両親は成長していると認識してくれていると思っていた。
実際は全然違う。二人からすれば咲との一件で俺は元気が無くなってしまったと思っているようだった。
それを伯父にも話して、だから過保護な対応が抜けないのだろう。そうしなければ何時かふらっと何処かに消えてしまうとまで考えてしまったのかもしれない。
もう時間は過ぎた。あの件で受けた傷は、最早薄皮一枚も残っていない。心配する必要なんてこの家族には一切無いのだ。
「母さん、父さん。 俺は大丈夫だよ。 大人になるんだから昔みたいな感じでいくのも不味いでしょ? 咲との件なんてとっくの昔に吹っ切れてるさ」
昔の自分を思い出して、素のままの自分で笑みを作る。
笑って、笑って、もう問題なんてないんだと心から真っ直ぐに語り掛けた。
俺はすべき順序を間違えていたのだろう。家族の守り方をあれこれ考える前に、最初にすべきはなるべく正直な対話だった。
心の傷なんて受けていないと両親に確り言っておけば両親は何時までも引き摺らなかったのだ。これは俺が悪い。
「まぁでも、新しい彼女はごめんかな。 そもそも付き合えるような女性もいないし」
「うーん、それはどうだ? なんだかんだ翔は人気になりそうだが」
「ないない。 職場でもまともな出会いが無いんだから。 次の場所なんてもっと無いと思うよ?」
「そうかなぁ」
昔みたいに明るく話してみると、父親も乗ってくれてふざけながら返してくれた。
お互い、次があるかどうかなんてどうでもいい。重要なのは、今正に大切な女性が笑ってくれることだけだ。
母親は涙を手で拭い、力強い目を向ける。そこにはもう、悲しみに暮れる女性は居なかった。
「翔は結婚しなくて大丈夫よ。 もしも寄ってくる女が居たら直ぐに教えなさい。 私が追い払うから」
「やめてよ母さん。 そういうのは自分で出来るから」
「いーえ、絶対に教えるのよ。 私の目が黒い内は厳しく見るからね!」
天井を指差しながら強く断言する母親に俺は笑ってしまった。
実際に母がそれをするとは思えないので冗談だろう。でも、昔みたいな感覚で話している今に胸の内が暖かくなった。
そうしていると洗い物を終えた伯父が姿を現す。話は纏まったかいと軽い調子で話し掛けられ、俺達は揃って首を縦に振った。
全員が笑顔を浮かべたことで伯父も笑みを浮かべる。そうかそうかと喜び、徐に腰のポケットから携帯を取り出した。
「良い顔だ。 こんな日には何か贈り物でもしたくなるね。 丁度良い店のケーキの予約が取れたんだけど食べるかい?」
「うぇ!?」
「後は何時もより良い寿司屋の特上を取ろう。 あ、翔君の就職祝いでお金も渡すからね」
「待ってください伯父さん! まだ内定も決まってません!!」
「じゃあ残念会になっても渡すよ。 いやー、良い口実が手に入った」
にこにこ顔をしているがとんでもない話である。
それまでの重い空気は一瞬で吹き飛び、何とか伯父を止めるために家族総出で説得に乗り出すことになってしまった。
結局、最終的には伯父が地団太を踏んで泣き始めたので俺達は受け入れることになってしまった。
父親は心底恥ずかしいと両手で顔を覆い、母親は母親で苦笑しながらも目を逸らしてしまう。
こんな姿を見てしまうと、俺が用意した大人らしさ云々って何だったのだろうかとつい考えてしまった。
「父さん、大人って何なんだろうね」
「ほんとすまん」




