冒険者40 立花・翔の第二の人生
「お話があります」
老人との会話を終え、早二ヶ月。
冒険者を公務員にする流れは止まる気配を見せず、具体的な業務内容や待遇についても決定された。
合わせて求人募集も開始し、条件として年齢は一先ず高校卒業後の十九歳から三十歳までに設定されている。
資格の類は事務と実務で異なり、事務の方は簿記等を持っていると給与にプラスが入るようになっていた。
実務は冒険者としての活動になるので必要な資格がそもそもない。入るのに有利になるとしたら、元自衛官だったり元猟師だったりの経歴だろう。
事務よりも実務の方が給料は高い。当たり前と言えば当たり前だが、破格の金額は多くの人間を魅了していた。
なんだかんだ文句が多くても提示された給与額を見れば掌を返す者も多い。今回も例に漏れず、SNSではこの求人募集に参加する旨を語る若者はよく見受けられた。
福利厚生も悪くない。移動、家賃、物品の補助。有給等の休暇も用意され、育休は申請を出したのであれば絶対に休ませてくれる。
社会保険にも無事に加入させてくれるので、これでほぼ正社員と同等に給与計算を行えるだろう。
長く勤めれば退職金も出る。更に実力が上がれば、昇給する制度も有りだ。
未来の冒険者のことを思えば、ここまで通常の社会の枠組みに入れてくれるのは破格だ。最初の時点からここまで決めてくれると変な輩が冒険者になるのもある程度避けられる。
未来では冒険者による事件は有り触れていたが、その原因はやはり入る条件が緩々だったからだ。
こちらでは厳しく選定されるので不良やヤクザ者はそもそも公務員になれない。この部分で未来の有力冒険者を取り零してしまいそうだが、世の中の安定のためには仕方ないだろう。
面接は二回。実技は一回。厳しいのは当然、実技による冒険者適性のチェックだ。
一般人の段階で試験官と模擬戦を行い、どれだけ戦えるかを試験する。仮に実技が駄目でも事務職も希望していればそちらで採用される可能性もある。
後は裏の話だが、何かしらの特殊な経歴を持つ人間が出てくれば俺に話が来るようになっている。特殊職になれる人間が出て来るかもしれないと考えた上での老人の判断だが、いきなり俺に業務が発生していた。
文句を言いたくなるが、他に分かる人間は今は居ない。本人の意思を最優先にすることを条件に請け負い、実際に試験が始ればメールに情報が流れ込む手筈となっている。
勿論、これらが個人情報なのは言うまでもない。返信してから受け取ったメールは全て完全に削除するし、関係者以外に口外するのは罰則の対象だ。
夜の夕飯の時間。伯父も含めて全員が食事を楽しんでいた中で、俺は自分でも分かるくらい緊張した声で家族達を呼んだ。
全員は笑顔でこっちを見るも、直ぐに表情は困惑に染まる。
当たり前だろう。あんな言葉を使うことも珍しいのに、俺の顔面はさっきから真顔で固定されているのだから。
胸中には不安が渦巻いている。俺の将来の進路を語った時、家族達は果たして賛成してくれるだろうか。
「先ず、伯父さん。 これまでこの家に住まわせていただきありがとうございました。 職場まで紹介してくださるとは思っておらず、非常に助かりました」
「……どうしたんだい?」
「――冒険者になろうと思っています」
俺の決断に、皆が驚いた顔を浮かべる。
これまで俺は、家族の前で冒険者に関する話題を極力出さなかった。あったとしても精々世間話の範囲内で、自分はそこを目指す素振りなんて微塵も見せていない。
伯父と父親は言葉を選ぶように沈黙した。代わりに語り掛けてきたのは母親だ。
「ど、どうして冒険者になろうって思ったの? 今までそんな素振りは無かったわよね?」
「考え自体は前々からありました。 伯父の家で暮らす中であちこち調べていたんですが、どうしてもダンジョンは社会と関わっていきます」
「…………」
「あそこは漫画やゲームみたいに凶暴なモンスターが存在しています。 今回は何とかなりましたが、関り続ける以上はモンスターに対する何かしらの対処が必要となるでしょう。 それが現状、戦いになっているのは皆も知っていると思います」
家族に隠し事をするのは慣れない。
正直に全てをぶちまけてしまいたいが、何の考えも無しに未来の俺を語ることは出来ない。
だから俺は、俺自身が持つ願いを前に出した。本来なら死んでいた家族を守るために、普通の就職ではなく力を得たいのだと。
冒険者になれば退職するのは難しくなる。一度なってしまった冒険者が辞めるには死ぬか、戦闘続行が不可能なほどの傷を負った場合のみ。
厳しい環境ばかりになるのは間違いない。投げ出したくなることも多いだろう。
それでも、ただ家族を守るために俺はダンジョンに挑む。挑んだ上で家族に手を出すことを愚かと考えてしまうくらいの力を手に入れる。
「戦わないとこれからは生きていけないかもしれない。 だから、俺はこの道に進みたいと思いました」
椅子の上で、俺は頭を深く下げた。
どうかこの道を遮ってくれないでくれ。この家族達と喧嘩になることだけは、俺は絶対に回避したいから。
母親も今度は沈黙した。自分の真剣な態度に普段の過保護っぷりを抑え、親としてあれこれ考えてくれているのだろうと分かる。
何時間でも待つ気だ。ここに居る全員から納得を引き出せない限り、俺はきっと後悔を抱いて家を出る。
話だってする。お金が欲しいなら貯金分も含めて全部差し出すし、今後の給料の大部分を家族に渡すのも構わない。
地位や名誉のある息子の親になりたいなら、俺はどんどん前に出て成果を出そう。
人間関係が複雑になるだろうが、家族が笑ってくれるなら何だって構わない――――そう思う俺に、唐突に拍手の音が響いた。
驚いて顔を上げる。
手を叩いていたのは伯父で、彼は嬉し気な顔で何度も首を縦に振っていた。
「立派。 立派じゃないか。 今時そんな理由で危険な場所に飛び込もうとする人間が何人居る? 少なくとも僕が同年代の頃は兎に角金、金、金だったね」
「兄貴」
「解ってる。 僕も仕事柄最近の時勢は調べていたけど、冒険者の仕事はあまり平和的じゃない。 ……必要だと理解していても、やることは殺し合いだ」
伯父は普段の柔らかい笑みを引っ込め、目を鷹の如く鋭く細めた。
「ダンジョンと呼ばれる空間ではモンスターは絶えず出現しているらしい。 それを間引く役割としては今は自衛隊が出動してくれているが、本来彼等が想定する敵は人類だ。 モンスターを相手にしながら外の軍隊も見なければならないのでは酷い人手不足を起こす」
だから、ダンジョンに対応する新組織が立ち上がるのも理解の範疇だ。
「けどね。 言い方は悪いけどそんなことはこっちには関係ない。 自分の子供が、親戚の子が危険な場所に行くのを容認するのはまた別の話。 翔君の考えは立派だが、万が一君が大怪我を負ってしまった場合の僕等の反応を想像したかい」
「それは……酷く心配させるだろうなと」
「そんな程度では済まないさ。 特に圭さんは心配のあまり寝込んでしまうかもしれない。 僕達兄弟も君の選択を応援するんじゃなかったときっと責め続ける」
伯父の言葉は聞けば聞くほどに尤もな話だった。
俺だって、家族があそこに行くと言えば心配するし反対もする。お前が行かなくても他が行ってくれると説得して、何とかその決意を折ろうとするだろう。
まだ俺自身の年齢も低い。熟慮したとは言っても甘い部分があるのではないかと指摘されれば、何も反論することは出来ない。
俺は自分はどうなっても別によかった。家族を守るために死んでしまっても、それはそれで御の字だと笑って逝けるはずだ。
でも家族はそんな現実を認めないかもしれない。自分を責めて、組織を責めて、国を責めて、最後に発狂する可能性は無視出来なかった。
この部分だけは、それでもと安易に言えはしない。
だが――――こんな場だからこそ家族に誇れる男だと全員に思わせたい。
「伯父さんの意見は正しいです。 俺は家族を守りたくて冒険者になりたいと言いましたが、それは肉体的な話です。 精神面で心配を掛けてしまうことを深くは考えていませんでした」
「そうだね」
「家族や伯父さんには今も迷惑を掛けています。 例の件も含め、俺は今も自分が皆より劣っていると思っているのかもしれません」
未来の俺は、正直底辺側の人間だった。
でも今の俺も正直大した差異はない。年齢が違うだけで、まだ自分が負け犬から脱した訳ではないのだ。
「でも、そんな自分を変えたいんです。 ……少なくとも、家族には生んで良かったと思ってくれるような人間になりたい」
「翔君。 それは皆もう思っているよ」
「はい。 俺もそう思います。 でもそれで納得までは出来ていません。 ですからどうか」
また頭を下げる。
俺は冒険者になりたい。死んでしまった未来の自分の分も含め、第二の俺を始めるために。




