冒険者37 彼は果たして不幸だったのだろうか?
「なんでこんなことに……」
朝。快晴の空が頭上に広がり、されど己の胸の内にはどんよりとした曇り空が立ち込めていた。
新しく購入したベージュの机の上に頬を張り付けながら己の不幸を呪い、ただひたすらに望んだ結果に終わらなかった事実にちょっとした絶望までしている。
昨日の夜は料亭で飯を楽しみつつ、回復薬の大量生産に関する話を詰めていた。
内容そのものは既に両者の間である程度まとまっていたのだろう。極めてスムーズに話は進み、俺と桜は時折振られる話に答えてばかりだった。
ちなみに俺の場合はダンジョンで物資を外に安定して運べるかであり、桜の場合は社長が把握していない幹部達の態度についてだ。
俺の方は簡単に答えられるものだったが、桜の場合は社内情勢も関わってくるので難しい内容である。まだ会社に所属していない身で社長が見逃している悪人がいないかを聞くのは間違っていると思うも、彼女は淀みなく怪しい人間を挙げていった。
その中には桜の父親も予想していなかった名前があり、同時に未来のサンライフを潰すだろう人間の名前も存在している。
社長として桜の父親はまさかそんなと思いたかっただろうが、桜なりに根拠はあった。
今の彼女は高校生でバイトとして社内に入る許可が出ている。といってもバイトで入れる範囲しか許可は出ていないが、基本的に事務作業をこなしつつ不祥事を起こしそうな人間を見ていたらしい。
しかし、思いの外真面目な従業員ばかりだった。普段は不真面目だった人間すらも、少なくとも彼女が確認していた限りでは真面目に取り組んでいた。
これは時勢が影響しているだろう。ダンジョンの発生で就職が遅れてしまったり、会社によってはそもそも無かったことになった例がある。
安定性はこの時分では皆無であり、故にクビにされれば次が見つかるとも限らない。
サンライフは桜の父親の方針で他よりは待遇も確りしている。バイトですらも一部条件があるとはいえ家賃の五割を負担する制度を与えられているのだから、しがみつきたい人間は何としてでも自分が会社で必要な人材であると示そうとしている。
だから真面目な人間が増え、反比例する人間が桜にはより目立って見えた。
職場の裏手での密談や、事務作業をする正社員達が噂する書類の違和感。普段であれば厳めしい表情ばかりだった幹部が、とある来客者に対してだけは不気味な程ににこやかな顔を作る。
全てに証拠があるとは言えない。密談も録音機材を持っていなかったので証拠とするには弱く、しかしその全てに上層部の息が掛かってそうな話ばかりとなれば流石に桜も危機感を覚えた。
だが、これを桜は父親に話していない。余計な話をして今回の話し合いが失敗になっては事だし、父親はもしかしたら話を全て信じてくれないかもしれない。
有効な手札とは確実であると保証されて初めて効果を発揮する。彼女は高校生であるも、その辺の理性は確りと働いていた。
だが、父親としては愕然ものだ。彼女の話を聞いて一時気落ちして、まさかと呟いたのを俺は知っている。
父親からすれば信じたくない話だ。幹部の怪しい動きが最終的にどこに繋がるかは分からずとも、健全さとは無縁の行動を起こそうとしている。
俺はその行末を知ってはいるので桜の言葉に驚きはない。それを老人が横目で見ていたのを知っていたが、分かっていた上で放置した。この件に関しては未来を彼女に語っていないと証明するためにだ。
「……サンライフは大手だ。 我々は貴方の性格を十分に調査した上で今回の話を持ち掛けている。 ――――だが、その中身に膿があるのなら考え直さなくてはならない」
「……、直ぐに是正します!」
「勿論だ。 何なら我々が手伝っても構わないが?」
「一先ずは私達のみで解決を目指します」
「そうか。 ではその時になったら立花君の携帯に連絡したまえ」
「なんで私なんですか」
「どうせ誰が主犯かは全て把握しているんだろう?」
答え合わせ要員かよと内心で文句を垂れつつ、俺は桜の父親とついでに桜本人と連絡先を交換した。
「私は言うつもりはありません。 未来を知っているからと楽させるのは違いますから」
「ああ、うむ、そうだな。 君の言う事は尤もだ」
俺の釘刺しに桜の父親はバツの悪い表情で同意する。
そういえばと俺は思い出した。桜の父親が俺と接触しようとしたのは、桜の足を治すためだった。
今回の回復薬の生産に参加するのも、社の利益以上にもしもを考えてのことだろう。桜がまた二本の足で歩けるようになるのなら、あの男はどんな無茶でも引き受けてしまうかもしれない。
その時の俺は嫌な想像が直ぐに浮かび上がってしまった。
桜のために、娘のためにと仕事をやり過ぎて倒れる。病院で療養して復帰してからも無茶を重ね、幹部の一人に暗殺される隙を晒してしまう。
最悪な想像だ。これの何が最悪かって、実際に起きてしまいかねない。
俺の干渉で未来は既に変わってしまっている。全てが全て未来の俺が辿った歴史通りにはいかないのも、もう自覚していた。
この変えてしまった事実に俺は向き合わなければならない。
未来の人物と今の人物が辿る人生が異なっている場合も飲み込み、俺はこの世界を生きていく。
サンライフが無くなってしまうのは俺にとって損失だ。折角勢力になったばかりで敵の手に落ちてしまうのは勿体無い。
かといってもう楽をさせる気はないとも言ってしまっている。つまりこの件で手を貸せるのは最後の最後だけだ。
だから別件。老人も口を挟めない部分について俺は桜の父親が抱える重荷を減らすことが出来る。
とはいえこれも言う気はないと語っていた。だから素直に助けますとは俺は口に出せない。
「まぁ、頑張って解決を目指してください。 もしも長生きしていれば娘さんに良いことがあるかもしれませんよ」
「……それは、つまり」
「――――ッ、マジか」
意識して微笑む。
餌は用意した。彼女の足を手っ取り早く治すなら、方法は二通りある。
だが準備するには時間が必要だ。彼等に希望を与えて解決に尽力させつつ、俺は俺で都合の良い人間を脳内でピックアップしていた。
そこで、まぁ話は終わりを迎えたのである。老人は忙しい人間であるし、俺もそもそも長居は出来ない。
サンライフ側とは協力関係を結んだは良いものの、あちらはあちらで即座に回復薬の生産に注力するのは難しい。
であれば、また時間を設けて何処かで話し合いの場を作ろう。そこで進捗を聞き、最終ジャッジを老人は下す。
料亭の外に出て、入り口で俺達は別れる予定だった。
老人と俺は横並びに駐車場に向かおうとして、桜に袖を掴まれる。
車椅子の彼女は頬を仄かにピンクに染めていた。振り返った俺は何だと短く問い掛けて、直ぐに後悔させられた。
「な、なぁ。 その……助けてくれてありがとな」
「別に。 折角同じ勢力になったのに、そちらを気にしなきゃならない状況になるのは勘弁願いたい。 こんなことに未来の情報なんて使いたくなかったが、まぁしょうがないさ」
「はは、何だかツンデレみたいだぞ」
「そういう風に見えるか?」
「いんや。 それが本心なのは分かってる。 会社の事も私の事も、本当は自分達で乗り越えてほしいんだよな」
確信に、俺は首肯した。
未来を知って楽をしても、何時か絶対にしっぺ返しを食らう。そうなるくらいならなるべく未来の情報を入手せず、己の力で困難を乗り越えた方がずっと人間的に強くなれる。
未来の桜は強い女だ。父親が死に、会社が乗っ取られ、それでもなお彼女は逆襲を遂行してみせた。
その姿を俺は尊敬する。そして、そんな女性に彼女もなってほしい。
「なぁ」
彼女は手でこっちに来いと招く。
近付くと彼女は耳を寄せろと言ってきて、なんだなんだと右耳を寄せた。
彼女の口が耳に近寄り、老人と桜の父親には聞こえない小さな声が通っていった。――――だがその内容は、断じて無視して良いものではない。
『高校を卒業したら、私達結婚しないか?』




