冒険者36 勢力拡大
「いや、この度は誠に申し訳ない真似をしてしまった!」
「いえいえ、もう過ぎてしまったことですので」
桜の父親は暫くフリーズしていたが、再起動をした途端に俺に頭を下げた。
顔を上げた際の表情は真剣で、本気で俺に対して申し訳ないと思ってくれているのだろう。
ここで文句を言えば、立場を守るためとして高額な慰謝料を支払いかねない。流石にそれをされてしまうと家族にも気付かれる可能性が出る。
だから許した。無許可での個人情報の取得はどう足掻いても違反行為だ。
被害者側が大事にしないと言わない限り、この場に居る老人が問題にしかねない。故に無事の着陸を目指すには俺が折れてあげるしかないのだ。
桜の父親は目に見えてほっとした表情をした。顔芸の苦手な人間なのだなと印象を変えつつ、桜には目で合わせろと告げる。
彼女の目は未だに怒りに染まっているが、理性までは爆散していない。同様に目で肯定して直ぐに彼女も頭を下げた。
「ッ……この度は父の行動を止められず、申し訳ございませんでした」
「桜さんまで……。 大丈夫ですよ、ここだけの話にすればいいんです」
タメ口を最初に使った所為で演技感が強くなるも、これ自体は所詮ポーズだ。
大事なのは俺達の間では問題でも何でもないですよと示すこと。その相手は老人であり、彼の背後に居るであろうミヤ様に対してだ。
とはいえ老人は何も知らない。一体どういうことかと俺に視線を向けてきたので、一度全員を席に座らせてから諸々の説明を始めることになった。
突然の接触、初のアカウントの身バレに、彼女の足を治す依頼。
個人情報保護を彼女のために破ってしまった事実に老人は眉を顰めたが、再度俺がもう気にしていないと口にすることで溜息を吐いて見逃した。
「まぁ、当事者は君だ。 君が彼等を許し、また彼等が君の情報を取得して悪事に使わない限りはこちらも見なかったことにしましょう」
「感謝します」
「――ですが、これは貴方にとって痛手になりますぞ。 これから始まる話を考えれば、どうしたとて貴方達の方が不利になる。 それは解っておいでか?」
俺の感謝に一つ頷き、次いで厳しい目で老人は桜の父親を見やる。
言った内容は事実。俺に借りがあるのもそうだが、違反行為を見逃した点で老人にも借りがある。
今更ではあるが、老人の所属先については榊原達の会話から分かってはいた。
警察組織の警視監。犯罪者を取り締まる組織として老人の地位は紛れも無く上位であり、政治的関わりが発生しても違和感はない。
本来取り締まるべき存在がその犯罪行為を見逃すのは正しいものではないが、しかし何でもかんでも世の中は正論だけで回ってはくれない。
取引の内容次第で不正をする人間なんぞごまんと存在する。今回の内容とて、誰も口を開けなければ表沙汰にはならないだろう。
桜の父親は今この場で二人分の借りを作ってしまった。俺の方は一旦横に置いておくとして、老人については益の配分を間違えるとどんな目に合うか分からない。
「解っております。 予想外の展開にはなりましたが、前回の話と合わせて私はこの案件に乗るつもりです。 ……ただし、不利の内容が会社とは関係が無いのであればこの限りではありません」
「ふむ」
だが、桜の父親に迷いは無かった。
やってしまったことを確りと自覚して、反省を示すためにも力強く宣言する。その上でプライベートな部分にまで不利を背負わせようとするなら、全力で此方の妨害に動く。
老人にとっての不味い情報は、俺そのもの。ミヤ様が如何に予言の力で事態を有利に動かせるとしても、元々のダンジョン攻略については疎い。
ゲームをしてきたようにも思えず、話を聞いても完璧に理解するとも考え難い。
新たな概念はその全てにおいてゲーム的要素が入っている。ミヤ様が今からゲーム要素を学んでいけば俺は不要になるも、その間に他の国が先取りしてしまう懸念が残ってしまう。
老人は眼前の人物に有利な条件を与えることは出来るが、俺の存在が露出する可能性を考慮すると過分に要求することはできない。
つまり、どちらも俺の所為で自分で枷を嵌めてしまった。
俺が居なければフラットな関係でいけたのに、変に欲張ったからこうなったのである。表面上は真剣な顔を作りつつ、内心では溜息を吐いてしまった。
今更もう現実は変わらないが、解っていれば二人は揃って俺と関りを持とうとしなかったろう。
その場合はダンジョン攻略が遠のくものの、出来ない訳ではないのを俺は知っている。
男二人が顔を向き合わせ、無言で視線を交差していた。
運ばれた料理になんて一切気にしていない。空気になってしまった食材はこの分では無駄になってしまうかもしれない。
それは勿体無い。夕食もまだ食べていない身としては食べれる物は食べてしまいたい。
「予言者殿。 君はどう思う?」
「どちらでも私は構いませんよ。 ただ、欲するなら手早くするべきですね」
「……成程。 つまりここは抑えても問題無いと」
唐突な質問に俺は素直に答えるが、流石に裏側の思考を読まれた。
そうだ。ここで薬の益についてあれこれ話すのは大事かもしれないが、良い物は別に他にもある。
そもそも薬にも複数の材料が求められるが、その中には誰もが見向きもしなかった素材があった。これを事前に値上がり前に大量に確保しておけば、利益にしても保険にしても役に立つ。
とはいえ、それは俺が個人的にするつもりだった行動だ。これを老人に真似されれば人海戦術であっさり市場を占有されかねない。
老人の言葉に正解だとは言わなかった。明言はせず、あくまでも話を進める方向に舵を切らせる。
「そちらについてはまた今度。 それで、どうしますか?」
「ふふふ、言うまでもないでしょう。 ――今回の案件につきましては、契約で彼について公言しないことを結んでください」
「! よ、喜んで。 ではそれ以外については」
「日本を守る大義のため、是非とも対等な関係を構築していただきたい」
老人と桜の父親はこれで立場上は対等として関係を繋げることになった。
最初の取っ掛かりから面倒になったが、一先ずこれで前に進む。長い時間居れる訳でもないので後は手早く終わってほしい。
前に進んだと同時、今度は老人の視線が桜に向けられた。
当人は突然の視線に少し目を見開いたが、ふんわりと柔らかい笑みで迎い撃つ。
「お時間をお掛けして申し訳ない、桜さん」
「いえ、必要なことだと思います。 我々の間に隠し事は不要ですから」
「ええ、ええ、そうですね。 私も素直な人物を好ましく思います。 ……ですので、そこの立花君と話をする際は素の貴方で話していただきたい」
「あ……」
「おやめください。 初対面の人間を困らせてどうするんですか」
「君ももう猫を被るのをやめたまえ。 ここに居るのは君の真の姿を知っている者達なのだから」
ニヤリと老人は笑みを作る。
あれは嘘で固められた顔ではない。本人の素の部分だ。
余程俺を弄りたいのか、或いは息抜きをしたかったのか。どちらにせよ俺にとっては堪ったものではない。
だが、桜の方には言いたいことがあるのだろう。失礼してと老人に告げつつ、その目は俺を睨んでいた。
「確かに来てくれたらいいくらいの気持ちだったけどよ、お前には優しさってのはないのか」
「……そんなもん最初から無かっただろ。 あったら今頃お前の足を治す手立てを考えてるよ」
「ふん。 ま、そりゃそうか。 ウチの社員を見殺しにするのも悩まなかったくらいだ。 今更、優しい男だってのは思っちゃいない――でもさ」
にこりと、彼女の表情が変わる。
「これでもう、逃げられないだろ?」




