冒険者35 バッタリ偶然
「こんな時間に外に行くの?」
「うん、昔の友達の誘いだし。ちょっと帰るのが遅くなるけど、気にしないでゆっくり寝てて」
「んー……まぁ、翔も来年で二十歳だしねぇ」
夜の玄関で母親を説得して、じゃあと明るく出ていく。
普段は夜に一人で出歩くことが仕事以外で無かったから、親として少し気になったのだろう。
数年前から心配性な部分も出てきてしまったため、今の親達は少々過保護だ。
人によってはウザいと思ってしまうかもしれないが、家族が心配してくれるなんて良いことでしかない。
無視されたり悪態を吐かれない関係なんて中々構築出来るものでもないし、今回悪いのは俺の方。
心配させてしまった事実に申し訳なさを感じつつも、今は真っ直ぐに目的の場所まで歩を進めた。
父親達は未だに帰宅していない。一応は安否確認を電話でしておいたが、普通に父親が酔っ払って強引にハシゴしているだけだった。あれは帰ったら母から説教を食らうだろうな。
「時間通りだな」
「ああ」
少し遠めに歩いた先にあったのはコインパーキング。
小さい駐車場の中には一台の黒塗りの車が停車しており、運転席とは反対側のドアを開けると老人が迎えてくれた。
短く返事をして席に座ると車が発進する。
道路はまだ夜になったばかりで車や人の往来が激しい。
避難した人間も元から此処に住んでいる人間ももう違いが分からなくなり、無事に一つの街の中で循環を果たしている。ここ最近ではネットを中心に東京以外で地方で生活していく方法も活発に議論されていた。
もっとダンジョンが増えてくれれば、地方でも大都市に負けないくらいの収益を得れるようになる。
特にそのダンジョンのみでしか入手出来ないような品があれば、大企業が支店を作って取引を持ち掛けてくるだろう。
「場所は何処なんだ?」
「此処から少し離れた料亭だ。 個室で料理を楽しみながら話をしようという形だな。 出席者は社長とその御息女なんだが……」
「なんだ?」
「……いいや、なんでもない。 後は現地で実際に会ってみれば分かる」
行き先は把握した。正直、何処の会社であろうと俺にとっては大した興味にならない。
精々が投資先の会社でないことを願うくらいで、俺が積極的に話をすることもない。向こうも話したいのは老人の筈だ。
俺は黒のマスクを付け、老人から貰ったサングラスを付けた。
車はトラブルも無く人気の無い道を進んでいき、和風建築の目立つ建物の近くにある駐車場に停まる。
外に出たら、基本的に俺は老人の半歩後ろを歩いた。まるで護衛みたいだが、実際に暴力的なトラブルが起きたら止めるのは俺になるだろう。
「冒険者の護衛か。 随分高級なものだな」
「馬鹿なことを言ってないで行くぞ。 遅刻にはなってないよな」
「勿論だとも。 先方が到着するまで後十分はある」
それならいい、と俺達は和風建築の中に入った。
内部はこれまた純和風で、テレビや携帯が異物に思えるくらいに歴史を感じさせる。
受付の女性も着物姿で、歩き去る従業員の姿に異国の要素は一部も見当たらない。
歩き方一つにいたるまで綺麗な所作で俺達を部屋に案内する女性を見るに、随分値の張る料亭なのだろう。
スーツでも用意しとくべきだったかと若干の後悔を覚えつつ、案内役が個室の引戸を開けた。
内部は一見すると素朴だ。
畳に黒色の座椅子が四脚。巨大な黒一色のテーブルに外を見ることが出来る両開きの窓。
照明は暖色で、落ち着く雰囲気が静かに流れている。
食事をする場所としては旅行時なら良いかもしれない。だが仕事として来るとなると、真面目にならなければいけない分固さを覚える。
尤も、この話し合いの結果次第で今後の冒険者達のサポート体制に不足が起きるかもしれないのだ。
真面目になるのも当然。金の使い所としては正しい。
靴を脱いだ老人は席の一つに座る。俺はその後ろの壁に凭れ掛かる形で座り込んだ。
「どうしてそっちに座る」
「そこは話し合いに参加する奴等の席だろ。 まったく放棄するつもりはないが、かといって過度に俺は参加するつもりはない」
「まったく……。 飯も要らんのか?」
「興味はあるが、こんな場じゃな」
「まぁ、別に何処に座ろうが君の勝手だ。 ただ、答えるべきところは答えてもらうぞ」
「分かっている」
護衛としての立ち位置になるなら外で待つべきだが、俺も一応は参加者だ。客観的には守られる側であり、中での話し合いに意見を口にする側として今回は居る。
従業員が続々と料理を運び込んで来る。色とりどりの料理は湯気を放ち、良い香りが鼻を通り過ぎていく。
庶民でも分かるような高級食材に涎が出そうだ。まったく食べた経験が無い故に手を出したい気持ちが本能的に浮上するが、ぐっと堪えて待つ。
老人も料理は口にしない。相手が揃うのを待つようだ。
そのまま五分。携帯で度々時間を確認していたが、想像よりも時計の針がゆっくり動いている気分を感じさせた。
やがて足音が外から聞こえ、従業員の声が掛かる。老人が入室の許可を出すと引き戸はゆっくり開かれ、相手側が姿を現した。
「お待たせしてしまい申し訳ございません」
「いえ、此方も先程到着したばかりです」
姿を見せたのは少し皺のある顔の男性。
黒髪を短くして、柔和な笑みは人好きな雰囲気がある。ふくよかな体型は本人の顔と合わせて穏やかさをこれでもかと感じさせ、出会って速攻で口にした謝罪もどこか丸い。
だが、白いスーツを確かに着こなして音も無く歩く姿は堂々としている。これだけでもちょっと違うと思わせてくれた。
革の靴を脱いで、横に移動する。
次に入ってくる人物は車椅子を押されながら姿を現した。その顔は何処か暗さを感じさせた。
「今回は私の娘を参加させていただき、ありがとうございます」
「構いませんとも。 こういった場も経験させねば、いざ必要となった際に不足も起きましょう。 それで……」
「ええ。 此方は娘の桜と言います。 ……ほら、桜」
「あ、はい――――ん?」
「は?」
顔を見合わせ、俺と桜は固まった。
彼女は俺を見て、暗かった表情を変えていく。その表情は怒りだ。震えながら指を此方に向けてくるのに合わせ、マスクの内側で俺の口は引き攣っていった。
「あの、警視監様。 御会いして早々に申し訳ございませんが、後ろの方のサングラスとマスクを取ってもらうことは出来ませんか?」
「……どうかね、君」
「あー、あー、あー、あー――――お前の約束の場所って此処かよ」
マスクとサングラスを剥ぎ取る。
露になった俺の顔を見た瞬間、彼女はあー!と大声を発した。
皆の視線が俺に集中する。この段階で俺はもう碌に情報を得ようとしなかったことを後悔した。
相手側の企業はサンライフ。今回の話し合いの内容は、未だ政府内でのみ作られている回復薬をもっと大量に生産することにあるのだ。
確かに、ミヤ様の陣営がサンライフに接触していたと桜からは聞いていた。聞いていたが、その直後にこんな場で顔を合わせるとは思ってもみなかった。
「お前! お前! お前!」
「騒ぐな。 ……はぁ」
文句を言いたいのに、怒りのあまり彼女は言葉に詰まっている。
他二人はそもそも何が起きているのかあまり理解していないようだ。これをまとめるのは、俺なのだろう。
「自己紹介の順番が違いますが、立花・翔と申します。 サンライフさんであればこの名前で私が何者であるかを御理解いただけると思います」
先ずは桜の父親に自己紹介をする。俺の名前を聞いた桜の父親はその場で目を見開き、まるで彫像の如く固まってしまうのだった。




