高校生3 二人の間柄
当たり前だが、やるべきことをしていても俺は学生だ。
勉学に励み、学校行事に参加し、加入していれば部活動に精を出す。
友人が居れば遊びに出掛けることもあるだろう。恋人同士であれば周りの学生に茶化されながら休みの日にデートの一つでも行っていた筈だ。
中学時代の俺が正にそうだった。今思うに馬鹿馬鹿しいが、あの瞬間はそれが一番楽しかったのだ。
だが、未来を知ってしまっては勿体無くも感じている。中学生の時分から更に鍛えていたのであれば、スタートダッシュはもっと仕上がっていた。
未来を知る術の無い当時の俺にそんなことは出来ないと解ってはいるものの、なんというべきか悔しさを覚えずにはいられない。
脂肪を削ぎ、軟弱な考えを削ぎ、視線は下ではなく常に前へ。
才能が無い以上は他所に目を向けている暇は無い。ちょっとの努力が多大な成果に繋がる連中とは異なり、俺は選択する全てを深く考えねばならなかった。
だからこそ、最近の学校の生活環境はあまりよろしいものではない。
多数の視線が降り注いでいる教室はぼっちの自分には居心地が悪く、グループ学習がある度に普段よりも事務的な対応に出ざるをえなかった。
視線の中には咲も含まれている。彼女としては純粋に悪いと思っているような眼差しだが、それをするくらいならそもそも話しかけてこないでほしかった。
この高校でも彼女の美貌は健在だ。積極的に彼等の噂話を収集している訳ではないので実情は知らないままであるも、早速何人かが告白をしたらしい。
まだ幼さが残る顔でも将来はかなりの美人になるのは確定だ。
未来でも実際に彼女の綺麗な顔を見ているから、惹かれる人間が多数出るのも頷ける。
だが残念なことに彼女は彼氏持ちだ。我妻は未来を含めて肉体のスペックが非常に高いので、彼に並ぼうとするのは非常に困難である。
何より、我妻自身は本気だった。本気で好いていて、なれば彼女との間に不和が出来るとも考え難い。
なんだかんだ我妻は今が絶頂期の筈だ。その絶頂期を失わない為に、彼はこれからも咲に相応しい人間であろうとするだろう。
そんな人間と並ぶのがどれだけ難しいのか解らない筈がない。冒険者の一軍側に所属していたのも、彼の努力の結果だ。
クソ野郎に違いはないが、それでもただの屑ではない。
彼女を幸せにする努力を怠っていないのであれば、まぁ何かを言うつもりも俺には無かった。
とはいえだ。彼女がそれを公言しないのであればどうしても告白は付いて回る。早めに問題を解決したいのであれば率先して彼女の彼氏を周囲に伝えるべきだ。
そう考えていた頃、俺の机の前には珍しく人が居た。
俺と同じ中学から続く学ラン姿の男。髪を茶色に染めて短く切った糸目のクラスメイトは、実ににこやかな表情で椅子の背凭れに腕を寄り掛けている。
「よ、今暇?」
「……何か用か?」
片手をひらひらと振って話しかける男は実に軽い。
お互いに話すのがこれで初だというのに、当の本人は気にした素振りも見せないでいる。
「硬いなぁ、同じクラスだろ? 仲良くやろうぜ!」
「大して接点も無いのに? ……なんか用があるようにしか見えねぇよ」
楽しく明るくなんてする気はない。
陰キャ上等。将来のことを踏まえれば、コイツは自分を助けることはないと相手に思わせるくらいの関係が一番都合が良い。
糸目の男は俺の拒絶の姿勢に、それでも笑みを崩さなかった。後頭部を掻いて参ったねぇと呟き、俺にどう接するかと一瞬の間が生まれた。
相手の目的なんてのは見え透いている。仲良くやろうなんてのは、内実を聞き出す為の餌くらいのものでしかない。
「品野さんとは昔付き合ってただけの関係だ。 今はもう別れてる」
「……え? マジ?」
付き纏われるのは勘弁だ。さっさと終わらせることを目的に関係を語るが、それを聞いた相手側は目を見開いて信じられないような顔をしている。
まぁ、当然と言えば当然の話だ。見た目は普通の俺と明らかに美人な咲。付き合うにしても俺側に不足が目立つのは明らかであり、半ば嘘っぽい話にしか思えない。
とはいえ、一瞬であれど俺と彼女の間にただならないモノがあったことを周囲は知っている。
過去に付き合っていて、別れた結果として気まずい間柄になったのであれば咲が遠慮がちだったのにも納得出来るだろう。
「後、品野さんはもう別の奴と付き合ってるよ。 かなりのイケメンだから告る意味はあんまないかもな」
「えー! ……ちなみにその彼氏って、何処の奴?」
「俺と品野さんと同じ中学の奴だよ。 ウチの学校じゃ二大美男子の片割れだったな」
「うへぇ。 そいつはヤバそうだな……」
明らかに気落ちした雰囲気を見るに、彼も咲に好意を持っていたかもしれない。
だが残念。やはり見た目が良い奴は最優先で予約されるものだ。後々に別れたりするかもしれないが、その頃には皆各々の道を進んでいる。
彼のことは未来情報でも見ていない。だから名前も解らないし、きっとダンジョンが生まれた後の時代でも死んだか細々とした生活をした筈だ。
彼との会話は、それだけで自然と終了を迎えた。
やはり用件は彼女の過去についてのようで、知りたいことを知ってしまえば俺なんてどうでもいい。
また一人になった環境に安堵しつつ、そろそろ最初の予言が発生する時間だなと思い出した。
アカウントを確認すると、何やら俺の投稿した文面に返信が来ている。
そのどれもがこの予言を嘘だとする言葉に満ちていて、信じている素振りを見せる人間は僅かも見えずに進行していた。
それで良い。そうでなければ困る。
嘘だと思っていたことが実は真実だった。その掌返しこそが俺の求めた反応だ。
掌を返した人間は、疑っていた人間よりも信じやすくなる。何せ己の意見が真っ向から否定されたのだ。純粋に疑っている人間よりも単純な変容を迎えてくれる。
昼休みを終わらせるチャイムの音が鳴りだした。
多くの学生が自分の教室に戻っていくのを聞きつつ、SNSのアプリを閉じる。携帯の電源を落して教科書やノートを準備し、如何にもガリ勉人間に見せかけた。
一応、俺が学校でぼっちなのは教師側も把握している。かなり露骨に周りを避けているのも知っているし、クラスメイトも根暗な俺と関わらないようにしている。
内申点なんて今更気にすることもないかもしれないが、せめて勉学は真面目に取り組んでいるのだとポーズするのはやっておくべきだろう。
教師に極度の問題児であると認識されたくはない。精々やりづらい生徒で留めるのが、彼等に対する俺なりの謝意だった。
そして、放課後。
俺は部活動に行く人間や仲間内で駄弁っているクラスメイトを視界の端で捉えながら帰り支度をしていた。
今日も真っ直ぐ帰り、何時もの恰好に着替えてから公園に向かうつもりだ。日課の予定は苦しいは苦しいが、しないと考えると既に無視出来ない違和感を覚えるくらいには染み付いている。
これが習慣なのだろう。ゆくゆくはダンジョンに潜ることも日課としていきたいが、本当に自分の思うようにいくのか。
「――翔君」
考え事に、突如空白が生まれた。
視線を横にズラすと、先日の気まずい表情とは別の顔の咲が立っている。
怒りの宿った眼差しは鋭く、明らかに此方を敵視していた。彼女は俺が何も返さないと思ったのか、更に一歩近付いて呟くように言葉を漏らす。
「この後、時間を作ってください」
命令口調のそれを無視するのは簡単だった。だが彼女が何に憤っているのか。それだけは気になった俺は同様に小さな声で解ったとだけ返した。




