冒険者31 第一期混成冒険者部隊
「負けました……」
しょぼん。
言葉にするなら、正にこんな感じに榊原は凹んでいた。
とはいえそれに対して責める目は無い。寧ろ逆に、勝つ気でいた事実に皆が驚嘆していた。
彼女の腹をかなり強めに柄で殴った直後、本人は完全に意識を喪失している。その時点で勝敗は明らかであり、命の取り合いであれば既に彼女は死んでいた。
故に榊原本人は自分の完全敗北だと認識しているのだろうが、そもそもの圧倒的レベル差がある。これで逆転勝利を決められたらアドバイザーとしての立ち位置が崩れ去ってしまうし、榊原自身のスペックが異次元の域に見えてしまうだろう。
それは今はよろしくない。強い分には構わないように思えるが、過度にいきすぎると今度は政府の人間に警戒される。
俺が予言で政府に警戒されているように、彼女の力そのものに脅威を感じられて対策を取られるのは勘弁願いたい。
座り込んだ榊原の前で手を差し伸べると、彼女はそれを掴んで直ぐに立ち上がった。
肉体のダメージ自体はある程度引いたのだろう。腹を押さえる仕草はしているが、無理をしている風には見えない。
顔は赤く腫れ、服の下には幾つか青痣はあるはず。どれも女性に付いた傷としては酷く見えるが、冒険者としては軽傷だ。
老人が懐に手を入れ、一本のコルク栓で封された試験管を取り出す。
中身は鮮やかな緑色。透き通る色合いは低級の回復薬であり、俺が作った物より質が高い。
あれは薬師の職を取得した人間が作ったものと見て良いだろう。老人はそのまま彼女に回復薬だと渡して、榊原は一気に飲み干した。
一気に傷が引いていく光景は冒険者達にとって珍しいのだろう。小さな感嘆の声が聞こえ、俺は俺で苦笑した。
「もう大丈夫ですね?」
「あ、はい! 大丈夫になりました!」
赤い腫れは無くなり、元の綺麗な顔で俺に笑い掛けた。
とはいえ加速を使っていたので魔力の方は少なくなっている。そちらは現時点では自然回復に頼る他なく、魔力回復薬を入手するには後数年は時間が掛かるだろう。
最速で登場するとしたら、今から一年後。ドイツに出現するダンジョンのレアモンスターの素材を使うことで低級の魔力回復薬が生成出来る。
そこまでいけば節約の回数も減るのだが、暫くは魔力消費を抑えた討伐体制を確立するのが最良だ。
さて、模擬戦が終わったので俺は周りに顔を向ける。
彼女の強さはこれで明らかにされた。速度は俺を除けば最速で、そこから発揮される手数の多さは壁役の人間を全員叩きのめすことが出来るだろう。
それが分かっているのか、顔を向けた瞬間に逸らした人間が複数居た。流石にあんな戦いをしてなおも不足しているとは思えなかったのだ。
さりとて、疑問に感じる者は居る。特に全体の指揮官役を担う山田は、此方に寄りながらも疑問を口にしていた。
「しかし、一体どうして彼女の速度が上がったのですか? 我々が幾度試しても一回の上昇率は変わっていないようでした」
「……それは」
口籠る榊原は、既に冒険者とは何たるかを分かり始めている。
信頼していても話せない部分はある。寧ろ信頼しているからこそ話したくないものもある。
人間関係は非常に複雑で、本人が思っていることを周囲が曲解するのはザラだ。だから会話を重ねる必要があるものの、それをしても通じない人間にはまったく通じない。
だが、この場の面々には話をしても良いだろう。これから柱となる彼女は、周りを引っ張っていく程の特別性が求められる。
彼女だから強い。この謳い文句は冒険者でなくても魅力的に映るはずだ。
これで性格も良いなら言うことなし。今後政府が広告塔にするにも彼女の特別感は使いたくなるはずだ。
だから俺は榊原がこっちを向いてきた段階で頷いた。
「その、私の職業が普通のものではないんです」
「普通のものではない? ……それはもしや」
「はい。 所謂特殊職に分類されます」
おお、と誰かが声を発する。
合わせ、彼女は自分が把握している限りの説明を始めた。
走者。その取得条件とメリットとデメリット。完全なスピード特化の仕様は一見すると強く見えるが、流石に三十代分の人生経験があると落とし穴にも山田は気付ける。
「では状態異常にはめっきり弱いということか?」
「そうですね。 後は速度そのものを殺されても不利になります」
「……強いは強いが、かなりピーキーだな。 榊原君のは」
完全紙装甲。火力も本人の体格が体格なので心許無い。
代わりに手数は現状では規格外。もっと言えば、走者には固有の性質がある。
榊原にもそれは伝えてあるも、発揮したのは先の一回だけ。本人がその性質を自覚しているかは難しく、他者からの説明が必要だろう。
「確かにピーキーです。 しかし、彼女の職業である走者には速度の制限がありません」
「制限がない、ですか?」
「ええ。 本人の限界次第ではありますが、理論上は無限に加速が可能です」
走者の性質は、『戦闘続行を本人が望む限り時間経過で速度を倍にしていく』だ。
これがある限り榊原本人がやろうと思えば職業が勝手に肉体を加速させ、最終的には全職業の中でも最速を狙うことも難しくない。
しかし、加速そのものをしていけば肉体が耐え切れない可能性が出る。
それを補うには自身のレベルを上げ、装備やバフを受けなければならない。当然、それらの補助を受けても限界はあるので無限はあくまで理論上の話だ。
だが、超高速による激突。それだけでも物体に与える衝撃は並ではない。良くて原型を留める程度の被害で、悪ければ何も残らないなんてことも十分に有り得る。
走者は己や己が持っている物を質量兵器に変えるのだ。仮に彼女が魔力を通した武器を使った場合、筋力で振るうよりも速度に任せた攻撃を放った方が威力が高くなる。
「彼女のレベルはまだ一桁。 出せる速度も大したことはありません。 しかし、今この時点でもあのダンジョンを単騎で攻略出来るポテンシャルはあります」
「……成程。 そこまでの断言があったからこその人選なのですね。 解りました」
流石にここまで言えば、山田は理解を示した。
周りはまだ完全ではないが、それもダンジョンに入って彼女が戦っていけば自然と分かるだろう。この場の中で、誰が一番の性能を有しているかを。
話が纏まったのを見て、老人は手を三度叩いた。
周りの視線を一身に集めた人物はスーツ姿で咳払いを一つし、鋭い目で冒険者を睨む。
「全員、解っているとは思うが。 これから向かう先では何よりも協調性が重視される。 勝手な振舞いは勿論厳禁であり、報告は常よりも正確性を求められるだろう。 そして今回のような不満は、彼を論破する自信がある者だけがするように」
――――もしもまたすればどうなるか、解っているな?
言外な圧力に、皆が背筋を正して返事をする。だが、今回は彼女の性質を皆が知らなかったから起きた出来事だ。
それを把握せずにただ従えと言う気には俺はなれない。老人としては上から命令は絶対だと改めて言い放ったのだろうが、上も下も関係無しに疑問を感じたのなら追及する姿勢を崩してはならない。
それが生存の道になる可能性も十分にある。特に上が無能だった場合、下の人間が有能でないと現場は即座に崩壊だ。
冒険者がダンジョンに潜っている時、何もしないは有り得ない。
どんな無能でもやらねばならない部分は存在する。もしもそれをしていなかった人間が居たら、そいつはもう誰とも組んで仕事が出来ないだろう。
まぁ、老人がダンジョンに潜るとは思えない。
現場に居る自衛隊が指示を出すだろうし、そっちはそっちでどれだけ現状が大変になっているかも理解しているはず。
冒険者が助ければ、自然と内側での待遇も今より上がるだろう。
しなかったら最悪辞めてしまえば良い。どうせ老人達が受け皿としてもこの管理施設を作ったのだから、所属を移すくらいの真似は簡単に許してくれる。
兎に角、一先ずではあれどパーティーの柱はこれで決まった。
山田と榊原。この両名が居るならダンジョンの攻略は難しくない。冷静に動いていれば木のモンスターだってわりとあっさり倒してしまうだろう。
「最後に、ダンジョンに私は同行しません。 攻略は貴方達で行うことになります」
最後の締めに俺が同行しない旨を伝えると、何故か酷く不安な顔をされた。




