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NTR人間、自身の末路を知る  作者: オーメル


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冒険者30 万里波濤

 広い室内で俺と榊原が向き合う。


 他の人間は壁に寄せられ、老人も今回は観客として見に徹していた。


 双方の間にある距離は少々広めだ。いきなり近接武器をぶつけるには少し遠く、かといって遠距離武器で戦うには明らかに近い。


 ゆくゆくは屋外の訓練場も欲しいなと思いつつ、俺は腰に装着していたナイフの一本を引き抜いて彼女に投げた。


 榊原は回転する刀身の柄を見ずに掴み、その場で構えを見せる。


 表情は真剣で、真っ直ぐ此方を見る様子にブレは無い。極度の集中状態に突入しているのは明らかで、俺が攻撃モーションを取っただけでいきなり突撃しそうだ。


 俺もナイフを引き抜き、静かに構える。普段の模擬戦なら態々構える必要もないが、今回に限ってはどんな番狂わせが起きるか分からない。


「勝利条件は降参と宣言させるか、逆転不可能な状況にすること。 殺さなければ腕でも足でも切って構いません。 質問は?」


「ありませんッ」


「では――」


 開始。


 小声で呟いた刹那、榊原は一直線に此方に迫った。


 その速度、迷いの無さは最初から変わらない。本物の人殺しの道具を持ったとて、彼女の踏み込みはキレが良く実に鮮やか。


 心臓を狙う刺突にナイフを合わせ、上に吹き飛ばす。


 完全に変わった軌道に彼女は一瞬だけ悔しげな表情をするも、気を取り直して身体を跳ねさせた。


 天井に貼り付く程に接近した榊原は俺を飛び越えて着地し、今度は真っ直ぐに狙わずに上下左右に走り始める。


 此方を撹乱する気なのは見え見えだ。だがかといって、加速することしか出来ない今の彼女では力で押し切るのは愚策。


 戦士ではないからこそ、求められるのはテクニック。パワープレイをこの時点で選択していた場合、俺は彼女の成果を見ずに気絶させていた。


 周りは既に諦めムードだ。


 皆も分かっている通り、レベル差による基礎能力の違いは残酷極まりない。たった三も変わるだけでどちらかが優位となるとされ、それが十も広がれば格差もはっきり表れる。


 実際、彼女のような方法で試みる人間は居た。その場合の結果は、相手の攻撃に合わせて四肢のどちらかを掴んで地面か天井に叩き付けられるだった。


 今回もそうなる。もしくは、加減をする気が無いのであればもっと酷いことになると皆は考えている。


 俺の目にはまだ彼女の動きが見えていた。通り過ぎる軌跡は人間が出すには既に速過ぎるが、冒険者にとっては普通のラインを越えていない。


 回避動作も単調だ。見えているのだから、彼女が時折行う攻撃も身を捻るだけで楽に躱しきれる。


 このまま回避を継続しても良いが、それでは勝負らしさがない。


 折角ちゃんとした戦いをしようと思ったのだ。それで俺側が手を抜いては、周りは彼女の方を侮るだろう。


 故に踏み出す。足に力を入れ、彼女の向かう先に合わせて俺も走る。


 一瞬で横に並んだ状態に榊原は驚愕して反射的に攻撃。顔面を狙う刃を首を傾けて避け、返す刀でナイフの刃とは反対の方で胴体を攻撃。


 彼女は咄嗟に防御目的でナイフを間に置いたが、そんなものでレベル差は覆らない。


 小さな衝撃が辺りに広がった。ナイフが弾かれ、腕を吹き飛ばし、脇にナイフが抉り込む。


 そのまま勢いで入り口から一番奥まで榊原を投げ捨てる。彼女は一度二度バウンドをして、そのまま地面に転がった。


「ガハッ……!」


 飛ばされる衝撃を利用して無理やり彼女は立ち上がるも、その顔色は悪い。


 たった一撃でも彼女はかなりダメージを刻まれた。これがモンスター相手であれば既に撤退判定であり、なおも立とうとするのは意地以外のなにものでもない。


 武器は俺の足元に落ちている。脇をナイフで殴られた瞬間に零してしまったのだろう。無手となった彼女はダメージも合わせて不利も不利。


 俺に手傷を負わせるのは最早不可能。その判定を下されるのも時間の問題だ。


 だから、彼女はここで覆さなきゃいけない。追い詰めてしまったのは俺であれど、彼女には窮地を脱する強さを見せ付けなければならないのだ。


 そして、彼女の手にはそれが出来る可能性がある。特殊職の盤上破壊の力は、良い意味でも悪い意味でも脅威になるのだ。


 榊原の目に力が宿る。


 俺は一つ、事前に彼女に頼みをしていた。それが出来ればきっと化けると伝え、次に会う今にちょっとした期待をした。


 見せてほしい。俺なんていらないくらいの力を。俺が居なくてもやっていける力を。


 俺なんて木っ端なのだから。吹けば飛ぶような人間のアドバイスなんて、本当は彼女には不要なのだ。


 飛んでいけ。駆け抜けていけ。今出来る範囲で、レベルの差を縮めていけ。


 魔力が迸る。彼女の足に青い光が集まり、次の瞬間に加速していく。


 先程と同様に攪乱しているように見せかけて、俺に拳を向ける回数も爆発的に増えた。


 回避し、逸らし、時々攻撃を挟む。彼女の顔面を殴り、胴体を打ち据えた。攻撃を受ける度に彼女は一度怯むも、次の瞬間には足を回す。


 そうしていると、徐々に変わっていく部分が出て来た。


 軌跡が目に見えて一本の線のようになっていく。攻撃の動作が先程よりも鋭くなり、一秒ごとに叩き込まれる攻撃回数が一瞬一瞬で更新されていた。


 加速の力もあるとはいえ、この明確な速度上昇が普通である筈がない。


 基本的に、職業を取得して最初に覚える能力はそんなに強くはない。しかも上昇率自体は固定であり、効率が上がっても使わなくなるのが当たり前だ。


 だけれども、彼女のスピードアップには際限が見受けられない。


 上がって、上がって、上がって、上がり続けて。最初は見えていた攻撃が徐々に徐々と朧気になっていった。


「……シィッ!!」


「……!!」


 目を見開く。口角が吊り上がる。


 そうだ、と胸から想いが溢れ出た。だからこそ、更なる躍進を願って攻撃の勢いを上げる。


 拳を放つ。蹴りを追加する。二つを回避した先で頭突きも用いて彼女の足を止めようとして、けれど榊原はそんな俺の動作の変化で気付いた。


 俺の攻撃が見え始めていると。止めなければ、一撃を入れるのも不可能ではないと。


 だからギアを引き上げる。走れと心が絶叫を上げる。胸の炎を激しく膨らませ、己自身を焼き尽くしてしまっても前進を続けろと本能が命令を発する。


 俺の拳がすり抜けた。眼前に迫る拳を上半身を倒して避け、空いていた手に握っていたナイフを刃がある方で振るう。


 だが横一文字に振った攻撃を彼女は見えていないのに跳ねて一歩下がり、直ぐに突撃と蹴りが襲い来る。


 榊原は俺の攻撃を目で見て避けなかった。


 それよりも鋭い感覚――直感のみで自分の危機に対応している。


 こんな芸当を直ぐに覚えられる冒険者は少ない。未来の俺だって出来たかどうかも分からない。


 本物の天才が此処に居る。これからの冒険者時代を支える柱が、正に目の前に。


 嬉しい。本当に、嬉しい。こんな逸材が目の前に出て来てくれるなんて、なんて自分の運は恵まれているのだろうか。


 ありがとう、ありがとう。榊原、お前は本当に最高だ。


 ――――だから俺も、そろそろ本気でお前を潰そう。


「ッ!?」


 彼女の拳を自分の手で受け止める。


 あまりの鋭さに俺の背後に向かって風が流れ行き、しかし彼女は拳を引き抜けない。


 当然だ。俺は彼女の手を握っている。


 冒険者であろうと逃げられない程の握力は彼女にとって初めての経験だ。そして同時、その手に青い光が宿っているのが見えた筈。


「全能力上昇」


 小声で呟き、伸ばし切った腕を此方側に引っ張る。


 顔がくっつきそうな程に近付いた彼女は驚きで目を見開き、それでも何とかしなければと表情を引き締める。


 だが、もういいのだ。もう十分、彼女はその力を周囲に示した。


 武器に付与。攻撃上昇と全能力上昇を同時に使い、榊原の腹をナイフの柄で殴り付けた。

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