冒険者29 出動命令
今日の建物は普段とは少し異なっていた。
冒険者達は日常的にトレーニングを重ねていただけなのに。
俺や老人が訪れることも珍しくなくなったのに。
空は青空で、誰も不調を訴えていないのに。
建物内を駆け巡る静かな緊張感は、俺の肌を無音で撫でた。
この感覚を、俺は知っている。今日のこの日が誰しもにとって日常であろうと、きっと俺達冒険者にとっては世界が変わる瞬間が訪れようとしているのだ。
そしてそれは筋トレルームを過ぎ、模擬戦ルームに到着した直後に大きくなった。
エレベーターの扉が開かれる。広い空間には既に人が集まり始め、後十分も経てば全員が完全に集合することだろう。
表向き、今回の集合はアドバイスでも肉体的指導でもない。
俺は数日前に老人より携帯で教えてもらったが、どうにもダンジョンの状態が芳しくないとのこと。
一階層や二階層のモンスター達を対象にこれまで倒しては消滅までの短時間で死体を調べ、環境も専門家を呼んで石や水を持ち帰っては地球との差異を比較していた。
進行は殆ど行わず、打倒が難しい敵と遭遇した際には撤退しては別ルートを構築していたらしい。
だが、最近は構築ルートが潰される速度が上がっていた。新たに作り上げても早々にモンスターの集団が襲い掛かり、自衛隊の被害は決して軽く済んではいない。
死者だけは出さないようにしていたものの、これでは何時か出て来てしまうだろう。
俺はこの情報を知った時、モンスターの密度が増していると直ぐに気付いた。
自衛隊は一階と二階のモンスターを倒してはいたが、まだ残り三層や強い敵を頻繁に撃破していない。
これでは自衛隊が把握しているモンスターの撃破数よりもダンジョン内で再発生するモンスターの数の方が多くなり、それがルート潰しに繋がっていた。
このままではモンスターは二階や一階に満ちていき、自衛隊だけでは対処が難しくなる。完全に自衛隊が入れない程に敵が増えれば、後は以前の侵攻と一緒だ。
「皆、今日は大事な話がある。 心して聞いてもらいたい」
集合時間に全員が集まったことで老人の話が始まった。
彼等は此処に来てからダンジョンに入っていない。あそこが今どんな風になっているのかも詳しくは教えられておらず、故に不穏な状況に動揺が走った。
モンスターの侵攻は彼等にとって絶対に避けねばならない事態だ。あそこはチュートリアルクラスの低難度ダンジョンであるも、未だ冒険者の数の方が少ないのでは対処が追い付かない。
俺が出向いたって手数が不足している。広範囲の魔法も今は使える人間が居らず、外に出しては先ず確実に一般人に被害が出てしまうだろう。
「そうなる前に、日本政府より正式に我々の出動命令が出た」
冒険者を管理するのが此処の役目だが、そんなものが建前であるのは誰もが知っている。
実体は冒険者を正しく国益の為に使う組織。あちらにも今の冒険者達の状況を伝えてはいるのだが、今回は緊急事態として初の出動を命じた。
この命令には残念ながら拒否権が無い。まぁ元々、此処に居るのは俺を除けば全員が公務員だ。
命令を拒否するのは難しく、もしも否を突き付ければ解雇どころか秘密裏に殺しにきかねない。未だ低レベルの彼等では時間さえかければ通常兵器でも殺されてしまうだろう。
行かねばならないのは必至。そして、政府はここで最終チェックをする気だとも老人は語った。
「今回の出動で我々は政府より使えるか否かを判断される。 目標はモンスターの殲滅。 それはボスを含めてだ」
「つまり、求められているのはダンジョンのクリアということですね」
老人の少しぼかした言葉に俺がはっきりと告げる。
明確に彼等の雰囲気が変わった。それは緊張であり、高揚だ。やっと試せるのかと彼等の目は爛々と輝いていた。
気持ちは解る。敵を倒す為にこれまで彼等は学んでいた。
期間自体は短いものの、なるべく容赦をせず言うべきことを言ったお蔭で彼等の牙は日本人らしくない程に研ぎ澄まされた。
同時に、彼等には高い理性も備わっている。冒険者は強く、ちょっとの行動が大騒動に発展し易い。
その力はモンスターや犯罪者に向けられるものであり、何の罪も無い人間に向けられるものではないのだ。
故に、軽い気持ちは複数回用意された模擬戦の場で徹底的に潰してある。特に刷り込んだのは、弱い者虐めはダサいってことだ。
弱者を虐げたら人間失格まで追加して、未来の屑冒険者を生む土台を可能な限り消した。
これで絶対に発生しないとは言えないが、彼等こそが冒険者としての正しい姿として政府が推してくれれば、一般人の中でもそれが常識になる。
モデルケースは大事だ。それに模擬戦の中で真っ当に上を目指す姿勢が大事だとも幾度も伝えた。
彼等が本気で強くなる道を選んでくれたのなら言うことはない。積み上げた経験が己の職の道を作り、駆け抜けた先には強者としての自分の姿が在る。
故に、これが最初の経験。俺以外にも目指すべき人間が居ることを、彼等は知ることになる。
「部隊のリーダーは山田君。 君に任せたい」
「ッ、は!」
現在、管理を任せられた人間の数はさらに増えて五十人に届こうとしている。
自衛隊内にはこれよりも冒険者が生まれているらしく、急速に増えて行く彼等の面倒を見ることは出来ない。
彼等には余計な真似をさせず、これまで通りの方法で敵を倒すことのみを命令してある。
その過程で何かがあれば即座に俺や老人で対処しなければならないのだが、余程厳しく見ているのか此方が呼ばれたことはまだない。
そんな彼等のリーダー役をするのは、俺が初日に一瞬で気絶させてしまった大男。
真面目な性格の山田は冒険者として出来ることは何かを愚直に検証し続け、重戦士としての立ち位置を己の思考と経験でほぼ完璧に近いラインで完成させた。
これは素晴らしいことだ。俺が何も言わずとも彼は独自の思考でほぼ正解に辿り着き、さらにそこで満足せずに戦士の可能性を同期達と一緒に模索した。
解り易い職業であることも合わさり、俺が語った基本的な戦士職については問題ないレベルで理解を深めている。
周囲との関係も良好で、纏め役とするにはピッタリだ。
反対の声がないのも合わさり、彼がリーダーになることはスムーズに進んだ。
だが、ここで話は終わらない。リーダーに彼を選んだことは今回において前座でしかなく、俺の本命はこの出動するメンバーにおけるメイン火力役だ。
一瞬、老人と視線を交わす。頷く老人に此方も頷き返し、次にと俺が言葉を告げる。
「山田さんの役割は全体の指示です。 指揮官役として此処に居る人間を使い、目標の達成を目指してもらいます」
「っは、解りました」
「貴方は戦士職の中でも重戦士を目指していましたね。 それは生存を第一とする指揮官としては相応しい職です。 後方火力役も守れるなら、安定した火力を叩き出せると保証しましょう。 ――――ですが、やはり前で爆発的な働きをしてくれる人間は必要です 」
視線を一人に向ける。
向けられた人間は、すっと背筋を正した。
「このメンバーの中で最も前で戦える人間は榊原さん、貴方です。 よって、貴方に前衛の中核を担ってもらいます」
「……ッ、は、はい!」
榊原は中核の二字に酷く驚いたようだった。
目を見開き、しかし命令であると覚って返事をする。彼女にとっては驚きの配置だが、俺の決定に否を言う気はないのだろう。
一方、他の人間の中には嫌な表情をする者も居た。その大部分が体格に恵まれているか、職業としてモンスターの殲滅に向いている。
榊原は自身の職業を公にはしていない。嘗てであれば尋ねられれば答えていただろうが、今では個人情報の名目で隠している。
それが不信に繋がったのだろう。こればっかりは俺の責任だ。なので、それはこっちで払拭しようと思う。
僅かに流れた嫌な空気に俺は殺気を出す。ただそれだけで散々床を転がった面々は表情を青褪めた。
「何か文句がある人間が居るようですね。 ――でしたら、榊原さん」
「はい」
マスクの内側でにっこり笑う。
「今から模擬戦をしましょう。 正真正銘、能力をフルに使って」




