冒険者28 女の価値
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
前半は職業について説明を行い、後半では何故その職業を選んだのかについての理由を聞きながら対モンスターにおける向き不向きを軽い模擬戦で見定めた。
多くの戦士職を選んだ人間の理由はやはり解り易いから。想像しやすいものを安易に選び、他二つの職業を聞いた際には驚きの選択肢が存在していた。
中でも職人系の職業を持っていた人間が居たのが悔やまれる。あの職があれば武器を作るにせよ防具を作るにせよ、今後のダンジョンでモンスター討伐のスピードは加速しただろうに。
今なら職人系は需要が高過ぎて供給不足だ。俺が老人に全力で欲しいと言えば、きっとこの職を選んだ人間の給料は倍増していたに違いない。
表では俺は驚かなかったが、内心では歯噛みしっぱなしである。確か道具系を作る職人は既に居たので、そちらで目覚ましい結果が起きてもっと重要度が高いと認識してもらおう。
そんな俺だが、仕事を終えても今日は帰ることが出来ない。
皆が部屋を出て行く中であの女だけが残り、俺との一対一での話を持ち掛けてきた。
断る理由はいくらでも作れる。予定があるだとか、馴れ合う気はないとか、適当に言えば彼女は大人しく下がってくれるだろう。
しかし、これがもしもダンジョンに関係するのであれば無視する訳にもいかない。特に今回、俺は彼女の職業に触れてはいなかった。
だから承諾し、場所を移して会議室めいた部屋で机を挟んで向かい合った。
彼女の前には施設内の自販機で買ったコーヒー缶が置かれている。適当に選んだが、彼女は心底申し訳なさそうな態度で受け取っていた。
誰かと二人だけとなるのは、老人を除けば彼女で二人目だ。
明るい室内にはまだ物は置かれておらず、此処にあるのは基本的な白い横長テーブルにパイプ椅子とキャスター付きのホワイトボードだけだ。
最初の言葉から無言となった彼女に俺は何も返さず、ただ本題が来るのを待った。
気の利く人間なら軽い話題を振って場を柔らかくするべきなのかもしれないが、俺達は仲の良さで纏まっているのではない。
話をしないなら退出するだけである。それは彼女も解っている筈で、後五分も経過すれば話す気無しと出て行くつもりだ。
「……あの、どうして私の話はしなかったんでしょうか?」
漸く口を開けた彼女の発した疑問は、此方の想像通りのもの。
「そうですね。 あの場で戦士職の人間が多かったのが一つと、貴方がどこまで自身の職業を周囲に話していたのかを把握していなかったのが一つです。 忘れているのかもしれませんが、職業も個人情報の一つ。 他人が無闇に語ってはいけない内容なんですよ」
「な、なるほど……。 それはすみませんでした。 私てっきり――」
用意しておいた言葉を送れば、彼女は解り易く謝意を示した。
途中で言葉は途切れたものの、続く先が何であるかは流石に解る。たった一人を除け者にするような流れは、まるでモラハラだと思ったのだろう。
「では私の助言は何時に……」
「貴方がよろしければ普段の時でも行いますし、そうでない方が良いのであれば個別に時間を作るしかありませんね。 どちらが良いでしょう?」
「で、でしたら一緒で大丈夫です! 個別なんて、御迷惑をおかけしてしまいます!!」
「ありがとうございます」
にっこり笑って見せる。女には俺の表情は解らないだろうが、誘導通りに動いてくれて有難い限りだ。
確約があれば相手が何を言っても問題無い。折角個人情報についてを説明したのに、彼女は自身を守るよりも他人に迷惑を掛けないことを第一とした。
冒険者として見るならば、それは優れているとは言えない。彼女の優しさ自体は美徳であるものの、こと戦いの中では悪手に通じかねない性質だ。
指摘をして正してやるべきだが、彼女が誰かを優先するのは根が深そうで骨が折れる。こういった手合いは痛い目を見た方が早いかと指摘の言葉を投げ捨て、彼女本人のみを対象とした説明を開始した。
「では、早速貴方の職業についてを説明していきたいと思います」
「はい。 ……走者って、どんな感じになるんですかね?」
彼女が取得した職業は、戦士でも魔法使いでも職人でもない。
通常とは異なる構成になる特殊な職。走者と呼ばれるソレは、未来では掲示板で度々話題に上がる。
「先ず走者の取得条件です。 これは走る者と書いてある通り、走ったことで周囲に認められる程の成果を出した人間に出現します――――榊原・颯来さんは、何かこの職に関係する成果を出しましたか?」
「えっと……大学の時に駅伝に出まして。 その時の結果で二位になりました」
えへへ、と控え目な笑みを浮かべる女――榊原だが、言っていることはとんでもない。
大学駅伝はテレビ中継もされる立派なイベントの一つ。昨今ではテレビ離れも進んでいるが、それでも現場を見ていた人間は数多いだろう。
一位にはなれずとも、二位を取った時点で世間では強豪と言われる。一人一人の距離も長いので注目される機会も多く、走者を取ったのであれば彼女は大分先行していたのではないだろうか。
兎も角、特殊職を手にするには十分な理由だ。それだけ解れば疑問に思うこともない。
「成程、理解しました。 では具体的に走者が出来ることを言っていくのですが、主な能力は言葉通り速度上昇になります」
続いて職業の中身について。
走者は特殊職の中では単純な部類になる。他の特殊職達の話の中では価値は低く、その基本能力は速度を上げていくことにあった。
「……正直、この職はレベルを上げていかなければ真価を発揮しません。 低い内は単純に速くなるだけで状態異常に耐性を持つことや罠の看破、透明化等の技術を得られないのです」
「それは……」
榊原の表情が曇った。
そうだ、この職は速くなることに特化している。その分だけ他の要素が極限に削られ、戦士なら最初から持っている肉体強化も走者には無い。
彼女が今の段階で手にしている能力は一つ。即ち加速のみ。
これは自身の行動を五割分速める能力だ。つまり単純な移動では誰よりも先を行くことが出来る。
速度に特化していると言えば強そうに思えるかもしれないが、速過ぎると単独行動が基本になってしまう。
自身より格下のダンジョンであればそれでも問題は無い。けれど、ただでさえ防御手段の少ない職ではちょっとした危機が命を奪ってしまいかねないのである。
「榊原さん。 貴方は他に後二つの職もあった筈です。 そちらを取ろうとは思わなかったのですか?」
「思いました。 ……思いましたが、あの職業を見た瞬間に直感が走ったんです。 これだって」
「……直感、ですか?」
「はい。 今となってはなんでそんな感覚が来たのか解らないんですけど、でも今もこれを選んだことに後悔はありません」
表情は暗いが、榊原の言葉に迷いは無かった。
直感。
その単語は、冒険者にとって無視出来ない。これがあったからこそ生き残った例は数多く、三つの職業の中で本当の適性を見つけ出すのにも使われたらしい。
ならば、彼女の本当の適性はこの走者なのかもしれない。半信半疑な部分は多いが、未来の情報を無視するのもこれまでの結果から出来はしない。
であるならば、彼女の走者としての道を進めてみよう。既に選択は終わった後だし、今更変えるなんて不可能だ。
それに今はデメリットな部分だけを話していた。走者が特殊枠であるならば、デメリットよりもメリットの部分の方が強くなる。そして俺は走者の真の力を未来の情報で知っている。
「――なら、此方も貴方に後悔させない結果を提供しましょう」
「……ッ!」
「今から貴方にやり続けてほしいことがあります。 そして、次に此方に訪れた時に結果を見せてください」
この世界では俺やミヤ様のような異常な例を除けば、初の特殊職。
これを実績として老人に叩き付ければ、施設の人間のみでのダンジョンクリアを考え出すかもしれない。
一度完全にクリアしてしまえばこっちのもの。重要度の増した施設を世間に公開するのも遠くなくなるだろう。




