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NTR人間、自身の末路を知る  作者: オーメル


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冒険者23 冒険者の常識

 上階のトレーニングルームは器具が置かれていない。


 広い床は外側に一メートルほどの隙間を残してマットが敷き詰められ、模擬戦における人体へのダメージを可能な範囲で抑え込もうとしている。


 だが、マットは土の上を想定しており、衝撃吸収率は低い。硬い床に叩き付けられるよりはましであるものの、それでも冒険者ではない人間なら怪我はしやすいだろう。


 ここも新しく、まだ人のいない空間は新品同然だ。真新しい青いマットの上に靴を履いた状態で立ち、十五人の面子と俺は互いに向き合った。


 老人は入り口で事の流れを見守っている。俺がどのように彼らを教育するのかを楽しみにしているのだ。


 当然、俺に教育者としての経験があるわけがない。未来の俺もサポーターに教わりたいと思う人間がいないため、教育の記憶はなかった。


 正直に言えば帰りたい気持ちの方が強い。教育者として学んでもいないのに近しい行動をしないといけないとか、最早叫びたいくらいだ。


 絶対に報酬はもらう。黙って連れて来た時点で老人は払う気だろうが、絶対にその倍は払ってもらおう。


 自分の立ち位置はこの際どうでもいい。業腹な真似をされたのであれば強引であれど対価はきっちりもらう。それが冒険者としての正常な判断だ。


「今回の話を了承していただき、誠にありがとうございます」


 肌に張り付くタイプの黒のトレーニングウェアに身を包んだ十五人は、その全員が俺の証明を承諾した。


 流された人間もいるだろうが、それについては俺は気にしない。関与したくないなら声を発するべきだからだ。


 拒否権は彼らにもある。老人と一緒に見る側に回れば、怪我をすることもない。


 頭を下げて、証明内容を説明していく。


 今回は純粋な実力勝負。互いの職業を公開せず、その上で一対一で模擬戦を行う。


 勝負は一本。負けたら次の人間と交代し、俺が降参すればその時点で十五人の勝利。反対に俺は彼ら全員を降参させれば勝利であり、しかもハンデも付ける。


「私は今回、能力を使いません。反対に君たちは好きなだけ能力を使用して構いません。どんな方法を使ってでも、まずは一本取ってみてください」


「……分かりました」


 職業的に俺の付与は自身や他の対象にバフやデバフを掛けられるが、ただでさえレベル差がある状況で基礎能力を底上げしては本当に死人が出てしまう。


 なので今回は使わないというより、使ってはいけないのが本音だ。


 けれど、相手からすればこちらを舐めていると思ってしまっても不思議ではない。


 それで怒りに身を任せてしまうなら制圧は簡単だった。しかし最初に前に出た大男の様子は、こちらを睨みながらも冷静だ。


 経験が長いのだろう。あるいは、面倒な奴に絡まれる回数が多いのか。


 そんじょそこらの煽りなんて効きそうになく、他の人間の方がまだ眉を寄せて怒りを露わにしている。


 あの口を噤んだ女性も俺に敵意を向けていた。好かれることがなくなったのはありがたい限りだ。


 説明を終え、俺と大男だけを残して他はマットから離れる。


 体躯の差は歴然。単純な対人戦の経験もあちらの方が高い。


 掌を握り締めて構えた姿勢を見やり、老人が判定役をやろうと声を発した。


「それでは――始め」


「ッ、フ!!」


 老人が開始の声を告げた瞬間、大男は俺に向かって一直線で駆け出した。


 この判断は悪くない。職業が分からない時、下手に観察をするよりも迅速に制圧に動いた方が成功率は高い。


 仮にそれが間に合わないにせよ、思い切りの良さは警戒させるに十分だ。


 両の腕は俺のジャケットを掴まんと伸び、投げ技をしようとする気がありありと伺えた。


 冒険者の力でやれば骨を砕く投げが決められる。


 レベル差が広ければそれだけで勝負が終わり、相手の敗北が決定されるだろう。


 投げられるのは勘弁だ。それに、この場でやるべきは投げ技ではない。


 手加減をして広げた腕の下を通り過ぎる。


 がら空きの脇を通過して背後を取り、後は背中を右足で蹴り飛ばす。


 全力で突き進んだ大男は背後を取られると思っていなかったのか、ろくな反応も見せずに身体を吹き飛ばされた。


 人体が鳴るべきでない衝撃音が室内に広がり、新品同然のマットに身体を転がす。


 反射的に大男は起き上がるも、既に俺は移動していた。


 眼前に俺の顔があるという事実に大男の目は見開かれ、次の瞬間、腹に撃ち込まれた拳の一発でその場に倒れ伏した。


「そこまで」


 降参の宣言はないが、大男は意識を喪失した。


 俺の足元で腹を押さえながら気絶した大男を無視し、驚愕でこちらを見やる残りの人間に微笑む。


「次の方」


 優しく、赤子をあやすように。


 慈愛の表情を作るのは面倒だが、余計に俺が危険だと感じるだろう。


 次に現れた人間は開始と同時に能力を発動させ、全身に仄かな光を纏った。


 低いレベルで獲得可能な能力は、そのほとんどが特殊でもない限り強化系と決まっている。


 踏み込みと同時に迫る速度が先の大男と段違いなことで、それだと分かる。


 二人目も行動としては制圧だ。


 手足を狙って動き、関節を極めて行動不能にしたいのだろう。


 そんなのはごめんなので、逆にこちらが接近して相手の腕を片腕で掴み、投げ飛ばした。


 手加減をしたので死にはしないだろうが、建物の壁に背中から叩き付けられた人間は、酸素を全て吐き出されて蹲る。


 意識はある。降参はしていない。


 まだ相手は諦める気はないと判断し、相手がしていたように何もさせないため、蹲って四つん這いになっていた背中を踏み潰す。


 相手は呻き声を漏らして何とか強引に跳ね除けようとするものの、その度に俺も力を入れ、むしろ徐々に潰していく。


 身体からは軋む音が鳴っていた。


 このまま進めば骨が折れ、内臓が潰れるだろう。


 果てに待つのは死だが、流石にそれは勘弁してほしかったのか、小さな声で降参を口にした。


 足を離す。


 解放された身体は酸素を求めて何度も荒く呼吸を繰り返し、目は瞬き一つしていない。


 老人は「そこまで」と言って勝負を終わらせた。


 その目が何か物言いたげであるものの、任せると決めたのか最後まで文句を言うことはなかった。


「次」


 三人目は俺の視界から外れることに集中した。


 軽やかに壁や天井、床を蹴って移動を繰り返しては、跳び蹴りや手刀が死角から放たれる。


 そのどれもを紙一重で躱し、しかしこちらからは何もしない。


 やりたいようにやらせた結果として、能力の源泉である魔力が切れ、相手の速度は目に見えて低下した。


 倦怠感もあるだろう。


 今の状態は戦闘をするべきではなく、そんな中でも攻撃を仕掛けようとするのは蛮勇以外の何ものでもない。


 最後には勢い任せの飛び蹴りが背中から襲い掛かり、その足を掴んで天井に投げ付けた。


 頭から叩き付けられた人物は意識を失い、マットの上にそのまま落下する。


 仲が良いのだろう、別の人間が駆け寄り、相手が頭から血を流して気絶しているのを見て表情を青褪めさせた。


「そこまで」


 老人の声が無慈悲に響く。


 三人は三人とも、俺が攻撃する以外で触れられなかった。


 全てが無惨な結果に終わり、彼らの目は一様に恐怖に染まっている。


 これで一気に俺が予言の人間であると信じてもらえるだろうが、これでは教育者ではなく、ただのいじめっ子だ。


 俺は虐待をしたいのではない。


 ただ、ダンジョンがどれだけ容赦がないのかを分かってほしいだけだ。


 次、と言っても誰も前に出てこない。


 いよいよ本気で戦う気がなくなったのか、沈黙が支配する場で俺は溜息を吐いた。


「どうしたのですか? まさか、私に勝てるとでも? 例え一人二人では無理でも、三人目や四人目で降参させられると――考えが甘いですよ」


 彼らの思考は手に取るように分かっていた。


 どうせ俺を偽物だと思って、冒険者になっているのだとしても同レベルだと想定していたのだろう。


 蓋を開ければ、冒険者になった人間を赤子の手を捻るように蹂躙している。


 手加減はしているので動き自体は見えているはずだが、それでも直前の動作まで推測はできていない。


 片足一本で大男を蹴り飛ばすには、明らかに俺の見た目が細い。


 片腕で相手を投げるにも俺の体躯では難しく、それで天井にまで届かせるのは不可能に思えるだろう。


 これがステータスの基礎能力による結果だと分かってはいても、頭は理解が追い付かない。


 だから目を疑う。


 常識が信じることを阻害する。


 そして、夢であってほしいと祈ってしまう。


「さぁ、早く来てください。ダンジョンを攻略した人間の強さ、存分に教えてあげましょう」


 そんな彼らに、俺は更なる悪夢をプレゼントした。

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