冒険者22 演技的上位存在
マスクにサングラスを身に付けて内部に入った俺は、老人の案内でビルの内部を教えてもらっていた。
一階は受付や事務室に食堂、小会議室が幾つか。二階から四階は冒険者たちのトレーニングルームで占められ、さらに上に行くと倉庫や寝泊まり用の部屋が用意されている。
一番上の部分には責任者室や応接室が存在し、これでもまだ暫定的な区切りをしているとのこと。
これから職業が増える過程で求められる部屋は増えるだろう。あるいは、医療機関や商業組織と提携して、別の専門施設を用意する可能性も十分にある。
今はまだ冒険者の人数は少ない。働く人間も、まだ内部の雰囲気を把握しているとは言えないそうで、今日は取り敢えず事務の人間は全員休みにしているそうだ。
今ここに来ているのは、ミヤ様の護衛としてリストに掲載されていた人間が何名かと、冒険者になった自衛隊の人間のみ。
老人は時折、携帯を見ていた。その様子から、彼らの位置は逐一報告されているのだろう。
「冒険者だけにしたのか」
「余計な目を増やしたくなくてね。冒険者であれば、トレーニングルームで記録を残したいと言えば集まってくれる。責任者も今は、こちらに向かうために大忙しだ」
「うわ、酷い人事だ」
「何を言う。必要だからそうしたまでのことだ」
老人は楽しげだが、振り回される側からすれば堪ったものではない。
それでも社会人として上からの命令には逆らえず、国家規模の事業になるから報酬も高く、断り難くて引き受けざるを得なかったのだろう。
責任者には同情したくなる。俺が同じ立場だったら、ストレスで胃でもやられていたかもしれない。
一通りの案内を済ませ、老人はトレーニングルームに行くぞと告げた。俺は首肯し、頭の中でどうするかと暫し悩む。
友好的であろうとするのは、人間関係を円滑に回す上で最適だ。だが同時に、人が良いと利用しようとする輩が接近してくる。
相手も善意ある持ち主なら、その場で上手く回ってくれるだろうが、果たしてそれが俺がやるべき「予言者」や「英雄」と呼ばれる人間だろうか。
俺は彼らとの関係を、限りなく希薄にするべきだ。
関係を深める気もないのに優しい真似をして、変な誤解が起きてはならない。だからといって、無駄に高圧的になって相手を威圧するのも問題だ。
やるなら上。相手に関わることを避けるべき上位存在であると思わせる。
あのアカウントの口調をベースに、明確にズレがあると認識してもらうのが一番手っ取り早い。
強さで相手を怯えさせるのではない。本当に人間なのかと不安にさせるのが、この場合の最適解ではないだろうか。
一番上からエレベーターで降りていき、二階への扉が開かれる。
中は広く、マットや筋トレ器具が数多く置かれていた。ここは基礎的なトレーニングを行う場所であり、上に行くと模擬戦エリアが用意されている。
老人が前に出て先を歩く。彼の姿を見た鍛錬中の人間は血相を変えて器具を片付け、老人の前で横に並んだ。
人数は十五人。男女混合の人々の肉体はどれも健康的で、かつ屈強だ。
元の職場でも鍛えているのは分かっているが、実際に目にすると、改めて戦いに合わせた調整をしているのだと思わせる。
彼らは現役の自衛官や護衛をする人間であり、冒険者になる前であれば、逆立ちしたって勝ちを拾えない相手だ。
国防や要人警護を担う大切な職業に就いているだけに、一人一人の眼差しも力強い。
老人も満足げな表情で頷いている。少なくとも、今この瞬間に弛んだ態度を取る人間はいない。
強いて言えば俺だが、こっちはこっちでやる理由がある。
「皆、以前の職場と同じく集まってくれるのは有難いが、楽にしてくれて構わない。ここに居るのは私と君たちと、あと一人だけだ」
『っは!』
集まった人間は大きな声で返事をするが、それでも真っ直ぐに立つ姿勢を崩す様子はない。
当たり前と言えば当たり前か。偉い人間が「楽にして」と言って、実際に楽にしたら注意される。理不尽だが、相手の言葉よりも職業ルールを優先するのが世の常だ。
だが、流石に何名かは困惑の眼差しをこちらに向けている。
老人の一歩後ろに立つ私服姿の青年が何者かを気にするのは当然で、だから俺は老人が紹介する前に口を開いた。
「――御老人。そろそろ良いか?」
「ッ、ふふ。勿論だとも」
口調を整える。冒険者としての自分に切り替え、彼らがはっきりと分かる程度の戦意を出す。
実際に全身からオーラのようなものが出てくるわけではないが、彼らをターゲットとして放たれた意思は、全員から待機状態を解除させた。
身構えた姿勢は警戒状態を意味し、俺はマスクの内側で薄く笑みを浮かべる。
冒険者になると、この手の感覚にも敏感だ。今の一瞬で皆の目は見開かれ、少なくとも俺が普通ではないと、これで理解してくれただろう。
さて、掴みは上々。あとは敵対されない程度の態度を貫くのみ。
「初めまして。私は皆様と同じ冒険者です。一つ違うとすれば、私はこれまで皆に備えさせるために未来を伝えてきました」
「……もしかして」
並ぶ十五人のうち、身長の高い女性が言葉を漏らす。
当人は慌てて口を噤んだが、俺はそれを責めずに目を細めた。
「知っている方は多いかもしれません。あのアカウントで、毎日事件や事故をお伝えしていましたから」
『――――ッ!!』
空気が一変した。
あのアカウントの持ち主は、表面上はいまだ不明のままで、真実を知っているのは一部のみ。
彼らを一般と呼ぶかは微妙だが、一般人の前で自分がそうだと語るのは、これで二度目だ。とはいえ、彼らは直接的な証拠を見たわけでもないので、不信の方が強い。
女性は「もしかして」と口にしたが、全体としてはいまだ怪しさの方が勝っているだろう。
老人が言えば、とりあえずは信じてくれるかもしれない。けれども、俺はそれで彼らに信じてもらう気はなかった。
折角冒険者になったのだ。どうせなら、らしくやった方がいい。
「君たちが想像している名前と、彼は同一人物だ。今日から我々のアドバイザーとして協力してもらい、これからのダンジョン時代を迅速に築き上げていく。質問があれば、今受けよう」
俺がこの後の予定を決めている中、並んだ人間の中で屈強な丸坊主の大男が手を上げる。
真面目な印象のある男は俺を見やり、そして老人に視線を移して、至極当然の自身の胸の内を明らかにした。
「突然の紹介ですが、我々は今、混乱しております。彼が……その、例の御仁である証拠はあるのですか?」
「私が連れてきたのでは足りんか?」
「いえ、警視監様が御連れになられたのであれば疑う余地はありません。しかし、此度の案件は非常に特殊であります。可能な限り慎重になるべきではないかと、愚考いたしました」
硬い。
いや、相手が上なら硬くなるのも当然だが、それにしたって本音も素直に口に出来ないのは、何だか心苦しい。
冒険者になったのであれば、その硬さははっきり言って付き合い辛さを生み、浮きに浮くだろう。
せめてこれが、彼の普段の喋り方ではないことを祈るばかりだ。
それと同時に、老人の役職を初めて聞いたが、予想以上に高くて内心驚愕である。
もう少しは下だと考えていただけに、今後の付き合い方を変えるか悩むところだ。
そんな自分の内側の本音をよそに、周りはこの事態をどう収めるのかに集中していた。
強引に権力で押し込むのか、明確な証拠を提示して納得してもらうのか。
一番手っ取り早いのはアカウントの管理画面を見せることだが、既に俺はそれを消している。
今更復旧は望めない。あれが残存しているのは、一か月の間だけだ。
ならばと、露骨に溜息を吐いた。
分かりやすい落胆の雰囲気を帯びた吐息に、大男は少し眉間に皺を寄せる。
「どうかいたしましたか?」
「いえ……ただ、その程度の事実を、そこまで気にしますか?」
「その程度、とは」
「私が予言をしていた者であるかどうかです。それが分かって、貴方たちに具体的にどんな変化があるのですか? 新しい職業が手に入るとでも考えていらっしゃるのであれば、私は貴方を愚かと言わなければなりません」
「……ここは将来的に、人類の未来を守っていく組織になります。最初で躓くのは、誰であれ避けたいでしょう」
「石橋を叩いて渡りたいと?――――違うでしょう。それは冒険者ではない」
全能力上昇を付与。
自身の肉体に魔力の光が流れ込む。
唐突な能力発動に、皆は驚愕の表情を浮かべるが、警戒もより深まった。
一歩前に踏み込む。
大男は俺よりも身長が高く、見上げる形で視線を交わす。
相手の疑問は分かっている。それが今後、俺たちが連携していく上で必須になるのも理解出来る。
だが、ダンジョンは常に全てが分かるわけではない。
何が起こるか分からない不安が隣人で、時には臨時で素性不明の人間とパーティーを組むこともある。
公務員の認識でいてもらっては困るのだ。
そもそも、俺が最初に放った戦意を受けた時点で、相手を調べるために一先ずこの場を流すべきだった。
それが出来なかった時点で、冒険者には向いていないとしか言いようがない。
「貴方たちは今後、分からないが日常になります。分かろうと努力を続け、それでもなお何も分からなかったと飲み込まねばならない生活を送るのです」
「そんな日々の中で生きていくのであれば、偽物かそうでないかは、あまり重要ではありません」
「重要なのは、知ったもので生きていけるか。ただそれだけです」
調べる術がないのに、怪しい物や人物を調べようとするのは無駄だ。
警戒を持ち、使うか使わないかを自分で決める。
最終的には自己責任になる世界で、何もかもを疑い続けるのは精神的な負荷が極めて高い。
なればこそ、使えるものは何でも使え。
知った中で今のスタイルと組み合わせ、最大効率を見つけ出す。
「私が冒険者であるのは、今使ってみせたので分かったでしょう。であれば、次は実力です」
「アドバイザーとして、貴方たちに指摘することが可能な人間かどうか――それを証明してほしいと思いませんか」




