冒険者20 現在が歩く
俺と老人達があれこれとやり取りをしている間も、世間は新しく判明したダンジョンのシステムをお茶の間やネットに流していた。
モンスターを撃破することで挑戦者になれること。
挑戦者は対モンスターを前提とした職業を獲得することができること。
モンスターを追加で倒すと敵の死骸から光が現れ、最後に倒した人間に流れ込むこと。光は少量であれば何も変化を齎さないが、大量に流れ込むことで肉体は強化される。
その際、透明度のある青いモニター画面が出現してレベルが上昇したと告げてくることで、人々は余計にこの現象を現代ファンタジー小説に当て嵌めていった。
実際、その方が解釈が簡単なのは事実だ。挑戦者とは冒険者となることで、職業は正しくゲームでよく見る戦士や魔法使いといった職業。光は経験値で、ラストアタックに成功した人間に経験値の全てが流れ込んでレベルアップすることができる。
モニターなんてVR系の作品を見ていれば、それがステータスやお知らせであるとすぐに察してしまい、日本人の一部の人間はこの現象を非常に喜んだ。
それは自分が被害を受けなかったからであり、不謹慎であるのは言うまでもない。
ネットで歓喜の声を発する人間は例外なく叩かれ、強制的に沈黙させられた。今も苦しんでいる人間の方が多いのに、一体何を喜んでいるのかと。
それでも、ネットの海で妄想に耽っていた層が動き出したのは間違いない。
ダンジョンの攻略サイトが乱立し、各々が独自のルートで仲間を増やして情報収集に奔走する。
新たに発見した情報にはニュースでは取り上げられなかったものもあり、親戚に自衛隊員がいるからだとか、仲の良い人間に政治畑の者がいるからだとかで、まあ普通の方法ではない。
中にはハッキングまでして情報を漁ろうとした人間もいたらしい。そちらはその後の行方が分からないので俺は気にしていないが、今この時期に迂闊に内部を探ろうとするのは愚策だ。
ともかく、あの穴は現代ファンタジーで言うところのダンジョンに繋がり、あそこに行けば人は冒険者になれることを人々は知った。
さて、そうなれば次に考えるのはそれをどうするのかだ。
少なくとも現段階では穴を閉じる方法はない。未来でも見つかっておらず、そもそも資源活用に舵を切ったので閉じる理由もありはしなかった。
封鎖を声高に叫ぶ人間は多い。結局、あれは人を害するモンスターが存在する空間なのだ。完全閉鎖の道を模索してくれた方が安全だと思うのは当たり前だろう。
とはいえ、穴の範囲は広い。東京から外れている穴の規模は中国ほどではないが、かといって上から蓋をするには多くの資源が必要になる。
それが内側から破壊されないのであれば閉じるのも吝かではないだろう。だがしかし、それが無理である事実を既に自衛隊は理解している。
現人類の構築した物は軽々と破壊され、文明の利器によって生まれ落ちた銃器は小物を殺せる程度。
中型サイズの木々が暴れ出せば、戦車の砲弾でも死なない生き物が壁なんて簡単に破壊する。
それならば、世間の意見とは異なり内部では掃討が検討されているはずだ。全てを零にすることができれば、安全は確かに到来する。
が、ダンジョンには魔力を生成する機能がある。
この影響でほぼ無尽蔵にモンスターが生まれ、根絶は絶望的だ。ボスだって一度殺したところで再度蘇るのだから、真面目に絶滅を考えるのも無駄だろう。
それよりもだ。このダンジョンを調査して、何に役立てるかを考える方がずっと良い。
切り抜ける道は冒険者の存在のお蔭で見えるようになった。まだまだ世間では調査が続いているものの、無事な自衛隊員を中心に今後は冒険者に変化させて調べていけば有用な素材も見つかるかもしれない。
冒険者になることそのものに害がないのは未来の情報で俺は把握している。むしろ強化された肉体はダンジョン外のほとんどのウイルスや菌に免疫を持つようになった。
これは元々持っている耐性が強くなったからだと思われるが、医者でもない俺に具体的な理由は分からない。
「お、こいつは……」
更に時間は過ぎる。
伯父の家で世話になってから初めての夏は不自由せずに過ぎ去り、秋では父親が在宅ワークを安定して熟せるようになった。母親は家事を率先して行い、伯父は涙を流して拝んでいる姿をよく見ている。
俺もバイトで稼いだ金の半分を伯父に渡している。最初は伯父は父親を理由に断っていたが、これは感謝の気持ちですと言えば、苦笑しながら受け取ってくれた。
伯父にとって俺の稼いだ金は大した額ではないだろう。毎月払う金額は俺達の分を加味しても、やはり一人暮らしをするには高く、それを軽々と払えている財力は並ではない。
これが投資の力かと戦慄し、最近では俺もネットで調べながら証券口座を一つ作った。
入れた金額はほぼ全財産。投資先は、将来ダンジョンの消耗品を作る会社を中心に投げている。
成果が出るには時間が掛かるが、安定を取るならやはり未来知識を頼った方が良い。一年後くらいを想像しながら、平穏に過ぎていく時間を常に楽しんだ。
そして、とある日。
ネットニュースを見ていると、一つの記事が視界に入った。
自衛隊の先導の下、警察組織もダンジョンに参加するとのことだ。今回参加するのは皇宮警察本部の護衛部と警備部らしく、目的は天皇陛下やその御家族の周辺をより強固にするためとなっている。
今後、世の中で冒険者が多くなるほどに犯罪者の質も上がっていく。元冒険者だった犯罪者を捕まえるには普通の警官では不可能であり、警察組織の変化も必須だ。
選ばれた人間は不安で仕方ないかもしれないが、どうせ一層か二層の手前で足を止める。二層からは奥に行けば行くほど植物系のモンスターがこんにちはしてくるので、初見で無理はさせないだろう。
警察で大丈夫になれば、そこで徐々に気付いていくはずだ――――人手が足りないと。
有用な素材が見つかれば運ぶ人員が必要で、それが国内どころか国外にまで需要があれば、原材料を運ぶだけでも大量の人手がいる。
そして、運ぶ人員を守る護衛が必要で、何なら攻略専門の人間も欲しくなる。
いかにダンジョンで危機的状況に陥っているとはいえ、国家として運営している以上は外国も警戒しなければならない。
俺が生まれる前でも後でも世間は平和を維持してきたが、ダンジョンで手に入れることができる品は人々の欲望を刺激してやまない。我慢ができなくなった人間が最初は交渉に出るとは思うが、日本としてはそんなにすぐに輸出入の対象には決めない。
安全確認は何度したって良い。それがダンジョン産であれば、確認事項は山のようにあるはずだ。
そもそも、作れる人間が少なければ国内でも需要を満たせるか分からない。内部で全て消費してしまうのであれば、そもそも外には出さない。
であれば、それが欲しい国は何かと理由を付けて脅しかねない。本当に欲しい物の前では、理性や品位なんてものはあっという間に崩れ落ちるものだ。
それで小競り合いで済めばまだマシだが、最悪、戦争になっては自衛隊だけに任せるのも難しくなる。
政府も決断を下すだろう。
ダンジョンを一般人でも挑戦可能とすることを。新しい法律として迷宮法を定め、資格保持者のみに挑戦を許可する。
一度決まれば企業も口を出さずにはいられない。いや、そもそも法律云々を決める段階で、裏で大企業がやり取りをしていても不思議ではないだろう。
やがてダンジョンから運び出される素材が企業の手で商品になり、冒険者が中心となって経済が構築されていく。
今後の子供達には新しい選択肢として冒険者学校が設立され、何か一つに特化した個人事業主が山のように誕生する。医療もダンジョン素材を前提にした技術を確立していき、様々な国でダンジョンが現れるようになれば、輸出品目も大幅に変化していく。
電気や石油にあまり頼らなくなっていくぞと今の時代の人間に言えば、彼等はどんな顔をするだろうか。
そんなもしもがもうすぐやって来ることを確信して、俺は少し胸が躍った。




