冒険者19 攻略最前線
俺の日常は恙無く流れていった。
平日はバイトをして、休みは家族と過ごし、身体を鍛えながら暇な時間でダンジョン周りの情報を集める。
個人的な友人も居ない俺は何処かに遊びに行くこともしなかった。まだギリギリ十代の人間のする行動としては、それは些か寂しい生活に見えるだろう。
だが、休日は常に家族と時間を過ごせる訳ではない。一通のメールが俺の携帯に届いた時、その日は少し遠出をして駅に近い喫茶店で人と会う。
喫茶店は別に珍しいところもないメジャーな店舗で、会う人間もまったく同じ。
土曜日の休みに喫茶店に到着した俺は適当な席に座り、待ち合わせをしながらストレートティーやカレーライスの大盛を楽しんだ。
大手の喫茶店も価格高騰の流れは避けられない。中学の頃よりも今は値上がっていて、あの時の自分であればカレーライスも並を頼んでいたに違いない。
「……緊張感がないな」
「必要もないだろ」
食べていると横から声。
目だけをそちらに向けると、あの日俺と話をした老人が呆れた顔で立っている。
俺は顎で向かいの席を勧め、相手は溜息を吐いてそこに座り込む。メニュー表を暫く眺めては呼び鈴を鳴らし、やってきた従業員にコーヒーを注文していた。
やがて従業員がブラックコーヒーを持ってきて、最後に注文票を置いて立ち去る。
その間は互いに無言で、少なくとも俺達が仲良しこよしの関係ではないのは明らかだった。
「それで、どうなった?」
今日此処に来た案件について、俺が先に口を開く。
その言葉に老人は眉を一度跳ねさせ、懐から一台の携帯を取り出す。ブラウンの本革のケースで保護された携帯を操作して机に置いた老人は、そのまま此方に見ろとばかりに差し出した。
画面に表示されているものを見る。
中には名前とその人物の特徴が書かれていた。写真は無いので名前で判断するしかないのだが、その辺については俺にはどうでもいい。
人数は五十人に上り、見れば見る程に偏りが大きくて俺の眉が自然と寄っていく。
「一先ずはミヤ様の護衛の人間のみに絞ったが、君の要望通りの特徴を備えている人間は皆無に近かった。可能性があるとすれば、これとこれだろうか」
老人が指を差した先にあった名前は、共に女性のものだ。
特徴は明るく、協調的でポジティブ思考。際立つ要素は無いものの、護衛役を担っているのであれば常人よりも戦えるのだろう。
条件としては悪くはない。とはいえ、絶対にそれで大丈夫だとは言えない特徴だ。
「……ダンジョンを攻略する上で、実は前衛役の人間が一番分母が多い。それは何故だと思う?」
「一般的に戦闘は攻撃をしなければ相手を倒せない。魔法でも敵を倒すことは出来るが、やはりファンタジックな戦闘シーンで先ず最初に浮かぶ武器は現実的な剣や弓になるだろうな」
「そうだ。ファンタジーに憧れを持っていれば他の職を選択するかもしれないが、現実的に考えるなら戦う上で自分の想像出来ない武器を使いたくはない。魔法を俺達は経験していないし、そもそも戦闘が不可能な職を選んでは勝負の場に出ることも出来ない」
未来でもそうだが、前衛役の人間は臨時でパーティを組む過程で一番最初に枠が埋まる。
それは大多数が現実的な戦闘を意識したからであり、逆に他を選んだ人間はもっと想像力が豊かだったり、それ以外に選択の余地が無い場合が殆どだ。
昔から俺達の世界にも存在する剣や槍は学ぶ上で資料が多く、鍛錬するにも方法は無数に存在する。
つまり、強くなる土台が最初からある訳だ。これは弓を使う人間にも当て嵌まり、此方の歴史の中で今も継続されている戦闘技術は他の職より学ぶ機会が多くなる。
勿論、武器を作るのにもハードルは低くなる。武器職人は常にあらゆる装備の製作を頼まれるが、剣や槍は一番作り易いとされていた。
経済的にも近接系の武器は相場が解り易い。魔法系は製作物なら相場を決めやすいが、ダンジョンからの拾い物となると効果が隠されている場合もある。その所為で安い魔法系の武具が実は強力な物だったなんて例は枚挙に暇も無く、相場も乱高下しがちだ。
鑑定が可能な職もあるが、これはこれで需要に対して供給が少ない。
鑑定費用も高くなってしまい、よっぽど何かがあると自信を持っていなければやるだけ損になる。
自分の持っている資産が少ないなら、近接職は一番手っ取り早い。逆に資産に少しでも余裕があるなら、別の職を目指すのも良いだろう。
「選ばれる三つの職はどれも本人にとって適性が高いものだ。どれを選んだところで問題は無く、それでも冒険者になるような人間は夢やロマンを目指したがる」
「堅実な考えをする人間が少ないと。それは、まぁ、君の話を聞くと頷けるな」
「あくまで冒険者はフリーターだからな。フリーターになるような人間が深く物事を考えられる確率は高くない。日々生きるのにも必死だ」
「世知辛いものだな……」
冒険者はフリーターがなれる職の中でも厳しい類のものだ。
しかし、面接を必要とせずに資格も重視されない。なろうと思えば日本の正社員試験よりはなりやすく、そして一社畜になるよりも夢を追うことが出来る。
単純に金や名声が欲しい理由で冒険者になる人間が殆どだ。物事を単純に見る人間程冒険者になっていると言えば、あまり彼等に対して良い印象は抱かないだろう。
だが、そんな彼等の冒険が社会を支えているのは事実。冒険者が持ち帰った素材が車や電車を動かすエネルギーとなり、料理の原材料にもなり、そして国家防衛の戦力になる。
高位の冒険者が百名も居れば、一先ず国を維持していくのは可能だ。彼等にはそれだけの力がある。
「今回の一覧を見る限り、出現する職は近接系に偏る。後は魔法や回復、補助が何名かといった具合だ」
「ふむ、となれば早い段階で先ずは一パーティーを揃えてみよう」
「ああ。そちらが自衛隊にコネを持っているなら、選ばれた人間をダンジョンに放り込んで冒険者に変えてしまえ。そこからノウハウを蓄積していくのが皆に理解されやすい道だ」
「……歯がゆいな。もう少し一足飛びで進められないものか」
「進められはするだろうが、それをして怪しまれたらそちらで誤魔化せよ。俺は証拠隠滅まで手伝う気はない」
「――解っているとも」
老人は静かに頷き、携帯を回収した。
俺と老人の話は、その全てが極秘になっている。この話も声を抑えて話しているもので、俺の感覚器官で周囲も確認済みだ。
俺と老人が結んだのは、所謂アドバイザーである。
俺の助言を聞いて老人の向こうに居るミヤ様を動かし、ダンジョン攻略の戦力を整えさせる。
現地には赴かない。行くとなれば、それはダンジョン攻略がもっと大きな事業になった時だ。一般人でも冒険者になれる環境になれば、俺が現地で何かやらされることもあるだろう。
とはいえ、それは依頼認定される。達成すれば報酬が支払われ、これはランクの上昇には関係しない。
俺が助言をし続ける限りはミヤ様は此方の家族を守ることを確約している。万が一こっちの身内に傷が入れば、その時点でこの契約は無効になる。
俺は護衛の必要は無いのだが、ミヤ様としては此方のことも気になるのだろう。
時折視線を感じ、客の中に護衛が紛れ込んでいるのを目視でも確認していた。それで怪しい動きをしたら契約を変えるのかもしれない。
それがもっと理不尽になるのは簡単に想像出来た。だから、俺は仕事と休日のどちらも突発的に動いてはいけない。
流石に四六時中気にしていた訳ではないが、周りに此方を見ている人間が居るのは少しストレスだ。
それが家族を守る為であろうとも、完全な味方ではない人間を長く置いておきたくはない。じゃあ他にあるのかと聞かれれば、あるにはあるとしか今は言えない。
「じゃ、今日も奢りゴチでした」
言うべきは言った。老人も考えることはあるだろう。
短い間だったが、彼はコーヒーを一口も付けていなかった。きっとここから一人になった段階で悩み、予定を決めていくのだろう。
老人は首肯し、此方を見ずにコーヒーを啜る。
その姿を一瞥した俺は入り口に向かい、電車に乗って家を目指すのだった。




