高校生1 拝啓、三年後の誰かへ
「行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい。 昼前までには戻るのよ?」
「解ってるって」
スポーツウェアを着て、玄関で母親と言葉を交わす。
玄関の扉を開けて飛び出して直ぐに足は駆け出し、何時もの道を進み始める。
未来の映像を見た所為か、自分の精神はどんどんとあの俺に近付いていた。顔から感情は抜け落ちていき、折角入学した高校も勉学する場以外に意義を見出せない。
殆どが知らない面子ばかりなので無口で不愛想な自分でいけば、かなり早い段階でぼっちになる道を進むことになった。
それは別に構わない。一人になればなる程に鍛錬の時間が増え、あの瞬間に備えることが出来る。
走って、走って、走り続けて。今日も公園に到着しては小休憩を挟み、最近になって重量の増したポーチから一本の太い棒を取り出した。
基礎的な持久力はダンジョンを潜っていく上で重要だ。他に単純な筋トレも家で進め、だがそれだけでは武器の技量が上がらない。
現状、誰かに師事する選択肢は俺の中に無かった。己が求めているのは殺人術であり、今の世の中の護身や制圧を主軸とした技術は求めていない。
なので参考にしたのは未来の自分自身。武器の選択が一つに絞られてしまうものの、そもそも片腕で大した成果を出すことも出来ない自分には様々な選択肢など有る筈もない。
一つを決め、一つを伸ばす。明瞭な未来のお蔭で道筋は定まり、棒をナイフ代わりに振り回して殺害を目的とした戦闘スタイルを確立させていく。
棒の重量は多い。素人が振るうことを目的とした軽い得物で戦う気が無かったので当然だ。
「ふッ! ふッ! ふッ!」
未来の自分が振るう軌跡をなぞる形で素振りを繰り返す。身体に馴染ませる目的で同じ動作を繰り返し、その間に考えるのはやはりこの先の問題だった。
戦力が足りない。装備や食料などを揃える金が足りない。
この二つの内、戦力にかかる比重は非常に大きかった。何せ俺自身には仲間を作る気が無く、可能であればずっとソロを貫く気だったからである。
俺の目的はあくまでも平穏無事に過ごすこと。大層な肩書を欲しているだとか、誰もが羨む程の力が欲しい訳ではない。
必要なのは、家族を一人で守り通せる程度の実力を身に付けることだ。それさえあれば低難度のダンジョンに潜って必要最低限の金銭を稼いで生活するつもりだった。
冒険者の範囲でいえば、中級に位置する程だろう。
周りからちょっと驚かれるかもしれないが、さりとて注目を受けるくらいのものではない。
それが今後を生きていく上で一番最適な状態だ。これ以上を求めてしまうと、必然的に命をチップとした賭けに発展してしまう。
とはいえ、そうなれるまでの間に街が滅茶苦茶苦になるのは確定だ。
映像通りであれば政府の支援も機能するまでに長い時間が掛かっていた。その間はモラルなんて考える訳もなく、必然的に周辺の治安なんて劣悪も劣悪である。
故に、街の状態はあの映像より無事にしておきたい。人数を揃え、溢れるモンスターを皆殺しにすることが可能な戦力を整えて最速でダンジョンを制覇するのだ。
金の問題なんて節約をして、要らない物を全部売れば時間は掛かれどある程度整う。家族の貯金もまったくの皆無ではないと知っているので、引っ越しが可能となれば直ぐに行動に移せるだろう。
ちなみに揃える物の最優先は武器、食料、医療品、服の順番だ。ダンジョン出現後の装備と比べれば現時点での服の性能は大して変わらない。
一発でも直撃を受ければ破れてしまいかねない物に大した金はかけられないのだ。
「……はぁ」
息を吐く。公園に設置されていた背の高い時計に目を向けると、時間は昼を指そうとしていた。
そろそろ家に戻らねば母親から連絡が飛んできてしまう。
帰りも駆け足で進み、全身から汗を流した状態のまま俺は家の玄関を開けた。
帰った俺の状態を見て、母親の表情が呆れたものに変わる。その様子に俺も苦笑してしまい、誤魔化すように後頭部を掻いて目を逸らした。
「またそんなに汗だくになって……」
「洗濯は自分でするから!」
「別に泥だらけって訳じゃないから纏めて洗っちゃうわよ。 早く着替えてね」
「感謝ッ」
母親には身体を鍛える理由を将来の為だと濁しておいた。
まだ別れたことも伝えていないので母親は咲の為だと勘違いしている。身体を鍛えて彼女が頼ってくれる恋人になるのだと考えてくれれば、理由を探すのにも苦労はしなかった。
内心で悪いと思いつつ私服に着替えてリビングに行くと、点けっぱなしのテレビが目に入る。
内容は今時珍しいオカルトもの。心霊だとか都市伝説だとかを扱う番組は主に動画投稿サイトのネタにされがちだが、だからこそ大手もちょっとした話題作りにテレビに流しているかもしれない。
今回の番組のネタは超能力関係。なんでも予言者が行方不明者を捜索するようで、VTRには過去の出来事が語られている。
「はいお昼」
母親が作ってくれた昼食を食べつつ、テレビに視線を固定する。
少し前であれば気にもしなかった番組だが、今の俺も限定的だが未来を見ることが可能だ。
更にダンジョンが出現することも解っている以上、オカルトなんて無いと否定することは出来ない。
だが老人が本当の予言者である保証は無い。そもテレビ番組なんて製作の過程でいくらでも嘘を混ぜ込むことが可能だ。
こんなものには何の意味も無い。そう思おうとして――――脳裏に電流が駆け巡った。
はっとする。今日の昼食である大盛の炒飯を勢いよく食べながら、目は番組を見つつ考えを纏めていく。
オカルトは常に一定の需要がある。
その大部分が嘘で、視聴者が求めているのは真実ではなく不気味さだ。
恐怖そのものを楽しむ感覚はレジャー施設のお化け屋敷に行くものに近いが、中にはオカルトが本当に存在していると信じている者達も存在している。
宗教系は特にそうだ。信じる者は救われると思う人間は、やはり世界に不思議な存在が居ると考えて縋っている。
俺も動画投稿サイトで幾つか友人と見た覚えがあった。結局下らない話ばかりだったが、それでも多くの再生回数を稼いでいたのを微かに記憶に残していたのだ。
なら、仮に俺がそれをしたとすればどうなる。
最初の内は見向きもされないだろうが、命中率が極端に高くなれば無視をするのも難しくなっていくのではないか。
特にオカルト界隈は不思議な情報に飢えている。俺の齎す予言に食い付かないなんて、そんなことはない筈だ。
昼食を食べきり、番組を最後まで見終わってから頭はずっとコレについて回り続ける。
個性は必要無い。不思議なものとする為にも変に自我を出しては親近感を与えてしまう。
動画も正直作り方が解らない。調べて作ることも出来るかもしれないが、文字だけの情報にした方が気味の悪さも増してくれる筈だ。
その上で発信するのは、やはり大多数の人間が使うSNSか。
そうと決めれば指は自然と携帯を握った。自身のアカウントとは別のアカウントを作り出し、アイコンは無個性感を出す為に初期のものをそのまま採用。
派手さはないものの、何の特徴もないアカウントにはどこか無機質な印象を与えている気がした。
名前は、と携帯を見つめて考える。
そんなところも適当にすれば良いかもしれないが、他者と被り易いワードでは簡単に情報の波に流される。
多少は個性を出して、けれど変に厨二チックな名前を使うのも違う気がした。
じゃあダンジョン発生後に生まれた単語で作るかとも思うが、知らない奴が見れば結局は一緒だ。
所詮、俺にネームセンスは無い。どんな風にしたってダサいと言われてしまうかもしれない。
「……それなら」
母親が家事をしている音を聞きながら、ネーム部分に文字を打ち込む。
出来上がったのは、名前というよりは文章だった。何の飾り気も無い普通の文面は、まるで相手との文通を待ち侘びているかのようである。
『拝啓、三年後の誰かへ』




