冒険者15 就職の傍らで
いずれ伯父の家からは離れるにせよ、俺達は俺達の生活の質を維持しなければならない。
幸い、日本経済は今回の件で崩壊することはなかった。
あの地帯には多大なダメージが刻まれてしまったものの、あそこはダンジョンのお蔭で勝手に持ち直していく。
ダンジョン経済とも言われるその時代は、およそ殆どの業種にダンジョンが関わる形になる。
到来が早まると人死にの数は増えるが、しかし今の日本よりは恵まれるだろう。
不足資源の代替品や目玉となる日本限定の素材、そして質の高い冒険者。
誰もが日本を無視することは出来ず、必然的に輸入相手国は格段に増加した。
ダンジョン素材は魔力がある限り無限に取れる。
調整そのものは必須だが、それさえ出来るならほぼほぼ資源の枯渇は有り得ない。
素材は、その全てを個人が覚え切るのは難しい。
純粋に素材の種類が多く、仮に全部覚え切れるならその人間は図書館を名乗れるだろう。
基本的には事前に入る前のダンジョンで採れる素材をネットで調べ、それをメモ等で纏めて道具を購入して入る。
残念ながら、ダンジョン時代が到来しても物の運び入れについては便利にならなかった。
インベントリのような便利機能は一般人では使用出来ず、異空間を作れる特殊な人間や道具でなければ重い荷物を上げたステータスで地道に運んでいくしかない。
そして、特殊な空間を作れる存在は攻略で主に活用された。
長期間入っている為に食料品や寝袋等の必需品が主に突っ込まれ、余裕があれば予備の武器も入れられる。
純粋に資源を運ぶ為には使われず、もしもそんな人間が素材採取を主に扱う組織に所属していればブラックも真っ青な程酷使されただろう。
だが、同時に素材の買取値段は総じて高い。
何処でも需要のある品は常に在庫不足状態であり、数多く持ってきてくれればボーナスが付いてくれる店も多かった。
未来の俺がサポーターで生きていけたのは高ランクのダンジョンで素材を集めていたからだ。
需要の高い品だけを狙って集めたお蔭で他の普通のサポーターよりはマシな生活が望めて、きっとそれに優越を覚えてしまったのだろう。
未来の俺は結局、立ち直る選択をしなかった。
生きる明確な理由が存在せず、かといって死ぬのは両親に申し訳なくて、宙ぶらりんのまま動き続けたのである。
その過程で心が安らいだのは、自分よりも下の人間を見つけた時。
そして、自分の方が良い暮らしをしていると思いながらちょっとだけ食い物や使わなくなった装備をあげて感謝に悦を覚えるのだ。
良い性格とは言えない。
捻じ曲がった性根は、およそ今の俺では関わりたいとは思えない。
だがだ。
あの姿が自分の未来であったのは事実。
彼の失敗を見ることがあったからこそ、自分は今この瞬間に両親達と暮らすことが出来る。
忌避してはいけない。
彼に対してすべきなのは、未来を見せてくれることへの感謝である。
「いらっしゃいませー」
変わった未来で出会った伯父は、俺の世話を非常に焼きたがった。
それは職場にまで及び、伯父の紹介で俺は喫茶店の店員として今は働いている。
店のオーナーとは学生時代の友人であり、飲みに行った際に人手不足をよく愚痴られていた。
だから親族である俺を使ってもらおうと考え、俺も俺で面接もスキップしてくれたお蔭で一気にバイト開始と相成った。
従業員は驚異の七人。
朝の九時から夕方十七時までが営業時間であり、終了二時間前までは従業員一人とオーナー一人で回す形となる。
客の数は少なく、値段は俺の知る喫茶店よりも高かった。
立地は良いものの、ではこれで店を維持出来る程の収益を稼げるかは非常に不安だ。
オーナーはのんびりとした性格をしている。
同時に、訪れる客も大部分が常連客だ。
皆決まってオーナーと話すことが多く、入ったばかりの俺にも優しく話し掛けてくれた。
従業員は大学生と二十代で構成されている。
俺が高校卒業した直後の人間ということで一番年齢では下になるが、従業員達が年で見下す態度を取らなかったのは少し驚いた。
だが、その反面に実力が求められてしまったので実力主義の側面があるのだろう。
料理にせよ、接客にせよ、皆に怒られない程度には一定の技量が無ければ睨まれるのは雰囲気で解った。
オーナーはのんびりとしているが、その下は少し注意が必要だ。
まぁ、解ってしまえば合わせるのは問題無い。
冒険者時代を見ていた身からすれば、実力が最も重要なのは理解している。
肉体性能は冒険者になったお蔭で高い。
接客の流れは先輩達から行動をコピーして、料理は家でも勉強すればそんなに時間は掛からなかった。
周りからは出来る奴だと認識されているのは強化された聴覚で聞こえている。
後はこれを維持していけば、ひとまずは給料は確り貰えるだろう。
俺の休みは金、土、日の三日。
元の時給が高いお蔭で四日間でも問題無く、まさにコネ様様である。
そして――――世の中は穴の問題に注目していた。
その陰で就職先の減少や土地価格の変動などの別の問題が発生していたが、誰もがそこからは目を逸らして穴の進捗にどこか浮き浮きしている。
喉元過ぎれば熱さ忘れる。
危機を一度乗り越えた日本人は穴から始まる一連の出来事を現代ファンタジーとして捉え始め、SNSではこの後の流れを予測していた。
これは未来よりも速い展開だ。
やはり平和がまだあるからこそ、直近の問題解決ではなく事態の全容把握に意識を向けている。
何故、このような穴が発生したのか。
何故、穴からモンスターが出現したのか。
何故、この瞬間が俺の予言アカウントの終了になったのか。
最後に、どうしてモンスターが姿を消したのか。
解らない部分は多くあるも、中二病マインドはこんな時こそ力を発揮する。
穴は別空間とを繋げるゲートであり、穴の先には此処とは異なる世界に繋がっているのだ。
モンスターはその世界で生活していた生き物であり、つまり穴の先にはオタクの夢である異世界がある。
予言アカウントの持ち主はその世界から此方に来た転生者であり、異世界からの侵略に備えろと彼は言ってくれていたのだ。
そして、転生者の数は一人ではない。
他にも予言のような力を持ったまま転生した異世界人が居て、そいつがモンスターを倒してくれたんだ――――そんな予想が声を大に叫ばれている。
痛々しいと見られがちな予想だが、実際にダンジョンの存在を知る身では中二病乙と断じることは出来ない。
何より、実際に中二病めいた力はある。
魔法使いが魔法陣を展開し、闇と光が混ざって最強になり、身体の一部にデメリットを負うことで能力を発動させられる。
だから笑うことは出来ない。
寧ろ見事な想像力だと拍手したくなった。
その想像力があれば、どんな能力でも応用を利かせることが出来るだろう。
今、政府では自衛隊突入の予定日が告げられている。
一次調査として決められた兵士の数はおよそ五百人であり、周辺の環境が整っていればヘリや戦車を持ち込む算段になっていた。
ちなみに装備は完全フルだ。
他国が見れば侵略する気まんまんだろと指摘される程に充実させ、モンスターの死体も積極的に集めるのだろう。
そこで、恐らく彼等は冒険者になる。
ダンジョンの存在を知り、職業を獲得し、この力がモンスターを倒す上で必要だと理解するのだ。
何年も前倒しの時間の流れに俺は自室で口角を歪めた。
この分なら俺がお役御免になる日も近いだろう。
自衛隊の活躍に光あれ。
俺の生活に光あれ。
騒動など、誰も求めてはいないのだから。




