冒険者14 新生活の始まり
「此処だな」
暫く歩いた先で待ち構えていたのは、一人が住むには無駄に大きな家だ。
灰色の長方形に白い玄関。屋根は黒く、台形となっているので雪が降れば積もったままになりそうだ。
塀や庭は見受けられず、あくまでもこの家だけで完成している。
父親がインターホンを鳴らすと、中から勢いよく玄関が開かれた。
飛び出した人物は中肉中背な父親よりも線が細く、黒縁メガネを付けていた白シャツの男性だ。
父親の兄と呼ぶには若々しい相貌の人物は黒ズボンを穿いた足で此方に寄り、父と真正面から向かい合った。
「よく来てくれた。 子供は……ちゃんと合流出来たんだね」
「ああ、今回は悪いな」
「止してくれ。 僕は大丈夫だから。 このままずっと此処で暮らしてくれても良いくらいさ」
「流石にそれは迷惑になるから落ち着いたら別の家を借りるとするよ」
二人は兄弟で話している様子を見る限りでは仲は悪くなさそうだ。
母親も今回の件に礼を言い、父の兄はやはり止めてくださいと苦笑していた。
「最後にお会いしたのは……確かお子さんが生まれる前でしたよね。 どうぞ此処を自分の家のように使ってください。 使っていない部屋が漸く陽の目を見ることになって、僕としては買って良かったと思っているんです」
「そう言ってくださると有難い限りです。 では、暫くお世話になります」
「はい――で、そちらの子が?」
父の兄の視線が此方に向けられる。
なので俺は背筋を正して緩やかに頭を下げ、軽い自己紹介を行う。
親戚の挨拶ともなれば、最初が肝心だ。
父は親戚と密に連絡を取り合っている訳ではなかったようだが、此方はそうではないかもしれない。
俺が失礼な人間であったなら、親はどんな躾をしていたのかと親戚は思うだろう。
家族の評価を下げる真似はしたくない。
もうじき二十代になるのであれば余計に丁寧であることは大事になってくる筈だ。
勿論、馬鹿な真似をする奴に遠慮はしない。
それが誰であれ、生活の邪魔になる存在は悉く俺の敵だ。
「初めまして、翔と言います。 今回は本当にありがとうございました。 私で手伝えることがあったら手伝いますので、どうぞこれからよろしくお願いします」
「か、固いなぁ……。 そんなに畏まる必要は無いとも。 僕の名前は瞬。 名字は一緒で、コイツの兄だ。 弟の子供なら是非僕を頼ってくれて構わないよ。 これからよろしくね」
俺の対応に伯父は頬を引き攣らせながらも気さくに返してくれた。
この人の感覚的にはもっと緩い言葉で良かったのかもしれないが、初めてなのでこればっかりは許してほしい。
時間を掛ければこんな関係も崩れて、緩くなっていくだろう。
俺としても堅苦しいのは勘弁だ。
互いに言うべきことを言って笑い合える関係こそ、家族として最良だろう。
伯父が玄関を開けて俺達を招き入れる。
玄関はやはり元々の家が大きい所為で広く作られ、横壁に木製の靴箱が設置されていた。
二階は無く、一階のみの平屋造り。
廊下の幅は広く設けられ、両親と俺が過ごす予定の部屋は前に住んでいた場所よりも明らかに広くなっていた。
荷物は全て分けてあるのか、各室内に段ボールが積まれている。
大きな荷物は殆ど処分しているので、今あるのは最低限度の物ばかり。
両親のは数が多いものの、俺については大体を売ったり捨てたりしたお蔭で大した物はない。
学生服も処分したのだ。
残ったのは私服が数着と、小物やキャンプグッズに擬態させたダンジョン用器具ばかりである。
到着してから数時間は物が揃っているかを出しながら確認。
終われば全員が居間に集まり、伯父が出前で取った寿司を食べながら今後の話になる。
「いやぁ、こんなに人が多いのは久し振りだ。 やっぱりこんなに人が居ないとこの家を買った意味がないよね」
「こっちも助かったよ、いや本当に。 まさかネット回線の数まで増やしているとは思わなかったが」
「金はあるからね。 万全な状態にしておきたかったんだ」
「俺達からも金は出させてくれよ。 何も貰わないなんて言われちゃ肩身が狭くなる」
「僕としてはそれでも良いんだけどね。 でもまぁ、お前がそうしてほしいならそうするよ」
「ああ、そうしてくれ」
会話は主に兄弟で行われた。
やはりここは一度は同じ家で育った仲だ。
俺や母親では遠慮して言えないような部分も、父親なら言い放つことは出来る。
特に金銭面の問題は早めに解決しておきたい。
俺達は此処に居候となる。
当然、住むにも飯を食うにも金が掛かるのでその分は絶対に払うつもりだ。
俺も早めに職を見つけておきたい。
今の社会保険ではダンジョン向けに調整されていないので、第一ステップはバイトからだろうか。
徐々にダンジョン産の資源を買い取ってくれるようになれば、そこ経由で資金を稼げる。
最初では使い道の無かった素材は既に頭にリストアップしてある。
ダンジョンをクリアする為に急に必要になる素材や、特殊な武器を強化する素材は高騰前であれば捨て値で集められるだろう。
家では料理も継続だ。
キャンプは暫くは出来ないだろうが、家族がやろうと言い出すまではそもそも俺に興味はない。
「ああ、圭さん。 一応、貴方は女性ですので部屋の鍵も用意しました。 お風呂場に繋がる扉にも鍵を付けましたので、入室時は取り敢えず鍵をかけてください」
「ありがとうございます。 まさかそこまでご配慮いただけるとは思いませんでした」
「変な勘違いがこの家で蔓延するのは万が一にもよろしくありません。 事前に対策を立てて解決出来るならその方が間違いなく良いでしょう」
この家で女性は母親だけ。
既婚者の身である母は、しかしそうであることを忘れてしまうくらいには美人だ。
俺達家族には鍵を付けずとも、伯父に対しては鍵は必要になる。
けどそれは、伯父が母親を襲う可能性があるからではない。
僅かでも疑ってほしくないから、事前に境界線を作るのだ。
そこに踏み込む気はないと告げることで、この家で不和を起こさないよう取り組んだのである。
親戚であることを除いても、この配慮は正直届き過ぎだ。
どうしてこんなに俺達に配慮をしてくれるのかが、正直不思議にも感じている。
それが俺の視線で解ったのか、此方を見た伯父が苦笑した。
「なんでこんなにするのか疑問に感じたかい? ……理由は君だよ」
「俺、ですか?」
「そう。 恋愛絡みで厄介なことがあったと弟からは聞いているからね。 今回は中学生の時分だったからまだマシだけど、成人を超えた親族間で同様の出来事があれば一瞬で地獄だ。 子供に自分の醜い姿を見せるなんて真似はしたくない。 いいや、そもそも想像させたくもない」
伯父は真面目な表情で静かに語る。
俺と咲のあれこれを父親が話していたのは予想外だが、同時にそこまで考えてくれた理由にも理解した。
多分だが、相手は俺が心の傷を持っていると想定したのだろう。
恋愛絡みは今の俺にはトラウマで、だからそこを刺激させないように準備した。
伯父が人の良い人間であるのは明らかだ。
金を持っているからって、わざわざそこまで準備するのは普通ではないだろう。
ちょっと悪い気がするものの、そう考えてくれるのは有難い話だ。
深く頭を下げ、俺は再度感謝の言葉を述べた。
伯父はそんな俺に気にしないでくれと優しく返し、母親は何度も何度も頭を下げて感謝する。
顔を上げると、伯父は微笑を浮かばせてさてそれじゃあと次の話題に移行させた。
「この話はここまで。 次は翔君の就職先についての相談なんだけど――」
いや、どこまで世話を焼く気なんだこの人。




