冒険者12 ダンジョンを出て
未来の映像で見ていたとはいえ、実際の素材を見るのは心躍った。
初期の武器製作に使う鉱石。電気的エネルギーと並行して使用されるようになる魔力の結晶体。肉体増強の材料となる木の実や、偶々殺した小動物から出現した装飾品になる爪や牙。
ダンジョンから誕生したこれらはモンスターとは異なり消えることはなく、また通常の物質よりも耐久性が極めて高い。
これらを破壊、もしくは加工するには冒険者として職業を獲得するしかない。
生産職も大事な職業だ。前線で戦う人間ではないものの、武器やアイテムを作れる人間は世間でも重宝される。
特に高位の職人は引く手数多であり、大企業が大金を使って契約を結ぶ程なのだから、生産職を自身の進路にするのも十分にありだ。
レベルを上げる方法も戦闘ではなく生産で、わざわざダンジョンに赴く必要もない。戦いが嫌いな人間にとっては理想の職たちだろう。
ただ、その職を出すには事前に物作りに励んでいなければならない。更に特殊な職になると、賞や注目を集めている事実が求められる。
まぁ、今はどうでもいい話だ。
携帯が夜の二十一時を表示しているのを確認して、足早に上を目指す。
四層から一層までは大した時間は掛からない。元々のダンジョンの広さが他よりも小さいお蔭で、雑魚を潰しながらでも一時間も掛からず、今全力で走れば十数分で一番上に到達するだろう。
一層にあった石段から落ちたモンスターたちの姿はない。血の一滴も見えないあたり、完全にダンジョンに全てを回収された。
俺に付着した返り血も気付けばなくなっている。洗う必要がないのは嬉しいが、ボスやダンジョンそのものを復活させる為には、どんな物でも材料になることを示していた。
ここで人間が死んでもダンジョンの栄養になる。逃げて探しに戻っても肉体は消失し、二度と遺族の下へは帰って来ない。
未来の俺もダンジョンで殺された。その肉体はモンスターたちに捕食されただろうが、僅かに飛び散った肉片もダンジョンに回収されただろう。
「…………」
石段を上って頂点に辿り着く。
頭上には不自然な黒い穴が存在し、空中に無理に作ったような不自然さを感じる。
脱出したいなら後はここを通るだけ。一度穴に入れば自動的に上に向かっていき、外へと俺は無事に出られる。
外部では今も自衛隊がいるだろう。
モンスターの進撃が既に止まっている筈。凄惨な現場になっていると思うが、それでも未来の被害よりはマシな状況になっている。
足に力を入れ、一息で跳ねた。空中で穴に吸い込まれ、黒い道をゆっくり進んでいく。
出て来た瞬間に速攻で移動する為、速度を上げる付与を脳内で浮かべておく。
やがて白い光が見えた。ゆっくりとそこを目指して落ちていき――――外部の風景が見えた瞬間に付与を自身に施した。
穴から出た一歩に全力を傾ける。
地面が砕ける程の脚力で一気に道路を駆け抜け、フェンスを飛び越えて無数のセンサーから逃れる。
既に相手は穴から何かが出たと気付いた筈だ。様子を確認する隊員が現れる前に消えなければ追われてしまうだろう。
魔力の光が全身を駆け巡る。
ステータス任せの全力の移動はどんな絶叫マシンよりも速く、建物が一瞬で過ぎ去っていく。
フェンスを抜けた一瞬しか穴の周囲は見られなかったが、やはり建物は見事に破壊されていた。大量の血痕も見えたので死傷者も少なくはないだろう。
申し訳ないと思うものの、どうしたとて被害は発生していた。如何なる事前準備をしたところで冒険者になれなければ倒し切れないのだから、彼らの死は不可避なのかもしれない。
「……ここら辺で大丈夫か?」
何キロ移動したのかも既に分からない。
電車を超えた速度で移動したのでヘリでも追っては来られない筈だが、どこでどんな風に見つかるかは不明だ。
まだ人のいる範囲には入っていない。なるべく急いで、南へと俺は進路を取った。
現代の街並みは、俺が入った直後と変わりはない。被害はあそこで止まり、きっと社会が崩壊することもこれでないだろう。
俺は未来を変えたのだ。望んだ通りのもしもを手に入れ、これで日本はより早くダンジョンの対策に乗り出してくれる。
息が切れるまで走って、その場で移動を止めた。人目を気にせずに走れたお蔭で距離は随分と伸び、電波が繋がった携帯でマップを確認すると県境にいることが分かる。
自衛隊が追ってくる音や姿はない。
そりゃ全力で移動したのだから当然だが、慌てる必要はないと思える結果は大事だ。
橋の下の小さなトンネルでネットを起動。SNSはどうやら復活したらしく、今では自衛隊とモンスターの戦闘で盛り上がっている。
電波が入ったお蔭で無数の通知もやってきた。
その中には父親と母親の分の着信があって、更には咲の着信も来ている。
両親が気付いたのだ。着信の数はあまりに多く、咲の分だけで三十は超えている。
家族を守る為に行動したが、今回は逆に不安にさせてしまった。致し方ないとはいえ、俺の心の罪悪感は過去最高だ。
大急ぎで通話を起動させる。携帯をダンジョンでは時計代わりにしていたので、まだ暫くは充電切れにはならない。
『翔!?』
電話は即座に母親に繋がった。
通話先では母の驚きの声が聞こえ、俺は本人であることを証明する為にうんと答える。
「母さん、電話に気付かなくてごめん」
『そんなことはいいの! 今どこにいるの!? 教えてくれたら直ぐに行くから場所を教えて!』
「今は――」
マップアプリを使いながら現在地を伝えると、母はなんでそんなところにと掠れた声を漏らす。
確かに、言いたいことは尤もだ。とはいえ言い訳は事前に準備してある。
「電車に乗ってた時、俺だけ弾かれたんだ。 それからも別の電車でそっちに行こうと思ってたんだけど、どれも全部乗れなくてさ。 仕方がないから別の移動手段を探してたんだけど、今度は物盗りに襲われたんだ」
『物盗り!? 大丈夫なの!!』
「鍛えてたお蔭で大丈夫。 ……そっちは問題なさそう?」
もっとダンジョン内のモンスターが日本に広まっていれば、経済活動そのものが停止していた。
停止した国土ではまともな生産活動も難しく、人は飢えや欲に任せて動くようになる。俺は今回、物盗りを挙げたが、未来では強盗が日常茶飯事だった。
荒れたせいで殺しに躊躇がなくなる人間も生まれ、きっとあの時点で今の時分の感性を持っていた人間は大体死んだのだろう。
両親たちは俺がいないことを除けば、目的地の最寄り駅には辿り着けた。
あの場では手を繋ぐ以外で互いがいることを確認し辛かったし、乗り降りでごちゃ混ぜにされては繋ぎ続けることも不可能に近い。
故にいつまでも俺の姿が見つからなかったことに両親たちは焦って、特に母親は狂ったように何度も俺に電話をしていた。
結局それはあの時の混雑のせいで繋がらなかったのだが、そのせいで母親は半狂乱になったそうだ。
父親は一家の大黒柱として何とか理性を保っていた。それでも内心は相当に荒れ狂っていたようで、母親の存在がなかったら一番取り乱していたかもしれない。
「そっちは駅に着いたんだね。 じゃあ、悪いんだけどそこで待っててほしい。 何とかそっちに向かうから」
『私たちも向かうわ。 落ち合う場所を決めておきましょう』
「いや、折角到着したんだ。 わざわざそこから離れる必要はないよ。 ――――大丈夫。 ちょっと時間は掛かるけどちゃんと行くから」
両親はまだ駅にいた。
電話が繋がらない状況、更にネットも上手く接続できない。探しに行こうにも行き違いになった場合を考慮して、父親が母親をこれまで静止させていた。
グッジョブだ。おかげで合流も難しくなくなった。
母親はまだ何か話したがっていたが、俺がバッテリー残量がまずいと言って通話を切る。
足は自然と歩き出していた。これから先でも苦労することはあるだろうが、それでもダンジョンで敵と戦う大変さと比べれば問題ない。
咲には連絡を飛ばさないことにした。彼女も心配して行動したのだと思うが、もう俺のことは忘れてほしい。
顔を合わせることも、連絡することもなくなれば、自然と過去の俺は薄れていくはずだ。
その果てに俺以外の幸せを希求してくれたなら、それで良い。
夜の街を静かに、かつ急いで進む。未来とはまったく異なる街並みは、未来が変わることを如実に表していた。




