冒険者11 ダンジョンの暇潰し
「朝、か」
携帯の時間を見る。
石だらけの空間は昼も夜も関係無しに同じ光景を目に映し、時間の感覚は既に狂い始めている。
携帯で今の時間を知らなければ外が夜か昼かは分からず、出るつもりのない時間に元の空間に戻ってしまったかもしれない。
身体を起き上がらせると、疲労感は大分抜けていた。
人体の各所から骨が鳴るも、それは寝ている場所が場所だからだろう。ある程度解しながら眠気を覚まし、朝食代わりの凹んだ焼き鳥の缶詰を開けて食べれば気分は想像よりも楽になっていた。
とはいえ完全に気が抜けている訳でもない。ダンジョン探索をする上で動くのに問題が無いだけで、戦闘をするとなればもっと休んだ方が良いだろう。
ダンジョンからの脱出は、本日の夜を予定している。昼間では周囲は明るく、目視だけで簡単に俺の存在が露見するからだ。
きっと今正にダンジョンには無数のセンサーが巡らせている筈。その全てを掻い潜るのは不可能であり、そこに人が居た事実だけは周知の事実になってしまう。
それでも夜に出るのは、センサーの網を強引に突破して夜の闇に紛れる為だ。
ではその間にするのは何なのかと言われれば、答えは素材採取である。
上に昇って四層に出ると森が出迎えるが、その中を歩き回ると徐々に徐々にと敵の気配が漂い始める。
ボスを撃破し続けたことでダンジョンそのものの魔力量は少ない。ボスしかいないダンジョンはダンジョンではなく、少量の魔力でモンスターがゆっくりと現れ始めていた。
今なら大量のモンスターに襲われる心配はない。毒を散布する動く花とも言える見た目のモンスターを発見すると同時に全力で駆けて一気に花そのものを握り潰す。
モンスターは悲鳴すら上げず力が抜けた完全な脱力状態になった。握り締めた花の部分を開くと中心部分にある丸い穴から小さな泡が出て来ていて、茎を千切れば花の経験値が俺に流れ込んだ。
量は微々たるものだが、目的はレベリングではないので問題ない。
重要なのは花だ。この植物モンスターは回復薬の原料となり、今後多くの冒険者に乱獲されることになる。
この花と日光に水があるだけで初心者向けの回復薬が完成するが、職業が薬師でなければ十割の性能を引き出せない。
当然、薬師の手で作られた訳でもない薬の商品価値は低く、殆どは素材を売って薬を買うのが日常だった。
俺は今回、その薬を実際に作るつもりだ。
ボスとの予想外の連戦を経験して痛感したが、回復手段は是が非でもほしい。
それも現代的なゆっくり治るような代物ではなく、ファンタジー的な瞬時に回復する手段をだ。
それがあるだけでもっと身体はスムーズに動けただろう。肉体の損傷を可能な限り少なくすることが出来たなら、戦闘後の回復時間も間違いなく短くなる。
花を見つけては狩って、道中で現れる別の雑魚には拳で黙らせた。
小鬼から角を回収して木のモンスターに投げ付けてみるが、ぶつかった瞬間に相手の身体は爆散して沈黙した。
経験値が流れ込んだことで死んだと理解したものの、昨日とは全然違う結果だ。
昨日ならもっと倒すのに苦労していただろう。少なくとも同様に角を投げた程度では殺し切るのは不可能だった。
純粋な筋力が伸びている。レベルがこのダンジョンの適性値より上になってしまったことで、もうここに住んでいる何者よりも俺は強くなったのだ。
だから簡単な動作一つでもモンスターを殺せる。もうこのダンジョンで俺より強い個体は現れないだろう。
「こんだけありゃ十分かな」
花を十体程狩って、俺は四階に流れる小川の傍に並べた。
形は不揃い。個体ごとで大きさは異なり、一番大きいサイズは海外のラフレシアくらいはある。
十体分もあれば試すのには十分だろう。
飲食をした際に空になったペットボトルのキャップ付近を切り落とし、入り口を広くして花を詰めていく。
そしてペットボトルを満たすくらいに水を入れ、後は花を潰しながら混ぜる。
この全工程で常に日光に当て続けなければならず、もしも十秒でも当てる時間が短ければ、ただでさえ効果が悪い素人回復薬の質が余計に悪くなる。
花を潰し始めると直ぐに液体全体が薄い緑色に染まっていった。
これが透明感の無い濃い緑になれば完成であり、出来上がったのは古典的御伽噺に出て来るような飲み物だった。
泡が出ているのではない。だが色が忌避感を抱かせる。
薬師の作った代物だとエメラルド色をしていた筈なのに、どうして作成手順が一緒でも質がまったく異なるのだろう。
こればっかりは職業の神秘だが、しかし一応は映像で見た通りの姿にはなった。
未来の俺の作業工程と出来る限り同じにしたので失敗したとは思えない。であれば、後は試してみるのみ。
「…………」
嫌な臭いは無い。寧ろ花の香りは色とは異なって甘やかで、幾らか不快感を抑えてくれている。
暫く見つめ続け、意を決して口に入れた。
液体にとろみは無い。普通の飲み物と同じくスムーズに喉を通り、味としては不味くない。
三分の一を飲んだ段階で口を離して様子を伺うと――――自身の内にある残った倦怠感や疲労感が一気に抜けて行く。
怪我をしていないので傷口の治り具合は分からないが、明らかに引き摺っていた嫌な感覚が無くなっている。
自覚する程にそれが分かるというのは、効果としては凄いものだ。
思わず全力で跳ねたりあちらこちらに全力疾走をしてみるが、ダンジョンに入る前の状態よりも今は調子が良い。
「こいつはいい! 最高だ!!」
思わず声を大にして喜んでしまう。
服の汚れや破れはどうしようもないが、肉体はこれで完璧に治った。
今ならボスとの連戦も問題無い。これは正しく、現代ではあり得ない奇跡だろう。
小川まで戻って花を集めていく。大き過ぎる物は折って小さくして、リュックに全てを詰め込む。
可能なら鉱石や皮も回収したいが、花だけで今は限界だ。
九体分の花を詰めた段階でリュックサックは満杯になった。一番上に残しておいた携帯食料や水に予備のマスクが入っているものの、何も問題が無いならこれらはもう不要だろう。
回復薬は作っておいて損は無い。素人でもこれだけ良くなるなら、作れるだけ作って冷蔵庫で保管すべきだろう。
こういった回復系のアイテムは普通の病気にも効果を発揮する。
中でも最上級の回復薬は難病系のほぼ全ての病気を解決してくれ、これがあったからこそ健常になれた人間も多く居た。
人々はこの薬を大量に求め、一部では養殖を実験されたものの失敗している。
花は外では枯れ、他のモンスターの素材はそもそもどうやって生み出せるのかも分かっていない。
全てはダンジョンの機能によって誕生し、人々はそれを利用するしかなかった。
ダンジョンを脱出した後、俺がこれを再度入手するのは難しくなる。
流石に監視が大量にあるだろうこのダンジョンにもう一度潜るのは至難であり、そもそもする気がない。
ここから先は彼らの努力で全てを解明するべきだ。
多くの謎は多大なる時間を労して判明していき、人々が使いやすい形で利用されていく。
それを俺は遠くで知るだけだ。
流言飛語の広まる環境の中で家族だけは守っていき、頑張って冒険者が始まるまでの職探しをするとしよう。
ダンジョン内の風景は何時間が経過しても変わらない。
陽は沈まず、携帯で時間を確認しない限り、何時までも今が夜だと知ることもないだろう。
残りの時間は上を目指しつつ、暇つぶしに序盤で使えそうな素材を見てみることにした。
持って帰れはしないので見るだけになってしまうが、実物を知るのは勉強になる筈だ。




