第一歩 モンスターの宴
ダンジョンが発生して、もうじき一時間が経過しようとしている。
普通なら短く感じる筈の時間を、自衛隊員達は一日よりも長く感じていた。
溢れ出るモンスター達は一直線に外を目指す。彼等の表情は皆必死で、まるで何かから逃げて来ているようにも見える。
それが少々の不可思議さを覚えるものの、だとしてここで止めなければ周辺に被害が出るのは確実。
中国の件は誰にも忘れられない悪夢だ。それが日本の全てに広まるなら、彼等は何としてでもこの大軍勢を抑え込まなければならない。
最初の攻撃は自衛隊側の一斉射だった。大量の銃がモンスターに向けられ、合図と共に引き金を押される。
吐き出される弾丸はモンスターの一団に飲み込まれ、その場で倒れる敵の姿を確認することが出来た。
だが、想定された被害よりは圧倒的に少ない。
四肢を撃ち抜かれても走る姿は変わらず、頭を吹き飛ばされて見えない筈なのに真っ直ぐに敵に向かってきている。
一般的な生物の急所を破壊したのなら、生きていける通常の個体は居ない。
モンスターは普通とは言えない姿をしている。出て来た場所も場所だけに、どこが生命線なのかが解っていないのが実状である。
中国の情報を探っても明確に弱点は出てこない。
故に本番時に一斉射をすることで相手の弱点を明確にしようとしたが、倒れた個体とそうでない個体の差異があまりない。
強いて言えば胸を撃たれた個体が倒れている場合が多いものの、そもそもの銃弾の量が多過ぎて命中箇所も過剰な程に多かった。
解っていたことではある。弱点を見つけようにも、そもそも集団戦になっているのなら判別を付けている暇はない。
空中からの観測でも情報収集に精を出しているが、やはり明確にこれだと言える傷は決められなかった。
核は破壊されると魔力になって外に消えていく。その出て行く穴が一つだけなら判別も容易だったものの、出口が増えれば魔力も分散して出て行ってしまう。
司令部は直ぐに決めた。
これは弱点を探るのではなく、当初の予定通りに殲滅に切り替えた方が良いと。
元より人類の危機。検証なんてしている暇はそもそもない。
街の被害も欠片も考慮せず、対象の撃破にのみ全戦力を集中させるべきだ。
敵はまだ銃で殺せるラインに居る。
ならばその時点で倒しながら前に行き、最終的には出口そのものに火力を集中させる。
一点集中が一番相手にダメージを刻みやすいのは世の常だ。
攻撃の勢いが増す。
銃砲の音が平和だった街に轟き、ピンの弾ける音と爆音が閉鎖された区画の中で耳を揺らす。
小鬼が吹き飛び、小動物は弾け、ぶちまけた血液は建物を赤く染めていく。
モンスターであろうとも人間と同じ血をしている。
その事実に気味の悪さを覚えつつ、重度の火傷や四肢欠損を負いながらも突っ込んでくる小鬼を殲滅し続けた。
この分なら前に出るのも時間の問題だ。
そう思った彼等は、次の瞬間に飛び込んできた動物の角に頭や胸を貫かれた。
弾丸の雨を弾き飛ばし、角は一人を殺した程度では足りないのか更に多くの人間を殺していく。
掠っただけでも服ごと皮膚が抉られた。
命中すれば着弾点を中心に周りの肉や内臓が残らず破壊され、最早元の機能を取り戻すことはない。
防具など関係無かった。攻撃を受ければその時点で彼等の死は確定する。
爆炎の中、銃雨の中、敵は無数の傷を付けられながらも確かに前進した。
それが死への行進だとしても、彼等は戦いの中に生を掴み取る気でついに眼前に迫る。
現代戦において、近接戦における解決策は彼等にも備わってはいた。
他国が相手でも負ける気の無い体術の類は人類を相手にするのであれば確かに適当で、しかし対モンスターを想定するのであれば根本から不足している。
小鬼は確かに低級のモンスターだ。
基本的に他の中型から大型のモンスターに蹂躙される存在であり、現代ファンタジーの本を読むような層からは明確に雑魚と認識される。
だが、それはその世界で弱いだけだ。
この世界でモンスターと戦うには、どうしたって基礎的な能力値が足りない。
仮に本に登場する冒険者の膂力が百であれば、自衛隊員の膂力は三十程度。
そして小鬼の膂力が六十であれば、純粋な力勝負で勝ちは拾えない。
「――――ッ!」
「っく、クソ!!」
数体の小鬼が最前の隊員に角を振るう。
その速度は隊員には見えず、しかし相手の純粋な殺意で武器を振るわれたことだけは理解した。
咄嗟に回避を選択するも、己の耳は一瞬の風音を拾った後に何も聞こえなくなる。
更に片目の視界も無くなり、それが一体何故なのかを解る前に無視出来ない激痛が脳に伝わった。
その隊員の耳は角に貫かれて肉片になっている。
更に余波で目玉まで抉られ、内側の骨や口内の一部が見えてしまっていた。
最後に小鬼は角で逃げた隊員の頭を貫く。
一気に命まで持っていき、舌なめずりをする様は正しくモンスターだった。
「こ、殺せ! 早く殺せ!!」
「いそげェ!! 出せる攻撃全部出させろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
銃で何とかなるラインは実際のところ、既に超えていた。
この場に彼等が居る時点で銃程度で押し返すことは出来ず、自衛隊が最初にすべき攻撃は複数の戦車や対地装備をした戦闘機による強力な面攻撃だった。
初動で崩れれば後は小鬼達の独壇場。
小柄な体躯を用いて隊員の中に紛れ込み、角を使って軽やかに命を奪っていく。
隊員達も負けじと近接戦闘に切り替えるも、速さも力強さもまったく敵わない。
銃砲の数が減れば戦場には穴が出来る。
その穴を通る形でウッドフェアリーが無数に隊員の上空を飛び、子供の姿になって抱き着きに来た。
モンスターらしい姿と異なり、ウッドフェアリーの姿は幼い人間の女だ。
思わず隊員は攻撃の手が緩み、その瞬間を彼女達は見逃さない。
「あああああああ! やめろ! やめろ! やめてくれぇ!!」
抱き着いた先からウッドフェアリーによる捕食が始まる。
足にしがみ付いた小さな子供は不安な相貌のまま、手の先から木の根を伸ばして隊員の服を貫いて肌に突き刺す。
根自体は小さいので傷は浅いものの、まるで木が水や土の栄養を吸い取るように隊員の全てを吸い尽くす。
急速に栄養という栄養を奪い取られた隊員は一気に皮と骨だけになり、その場で立てずに枯木の如く砕け散った。
これが周囲で広まっていき、部隊維持をするのも不可能になっていく。
ウッドフェアリー自体は弱い。
だが弱くとも、殺せる手段は確かにあるのだ。
完全に崩壊する前線を前に司令部では緊張が恐怖に変わっている。
相手は動物のような存在だと予測していたが、動物は動物でも神話や伝説に登場する動物だった。
戦車の砲が、戦闘機による対地ミサイルがここで漸く大地を焼く。
吹き飛んだ怪物の身体は残らず、ウッドフェアリーは軽い身体の所為で風に吹き飛ばされる。
隊員達にも身体が飛んで行きそうな衝撃と風が襲い掛かるも、これで死なないで済むなら文句はない。
火力を高めれば如何に単体で優秀でも倒せる。
お蔭で完全に士気が折れることはないと更に砲撃や爆撃を続けさせ――――いよいよ彼等は深層から湧き出る中型クラスのモンスターを視界に捉えた。
サイズはまちまちであれど、揃って人間の身の丈を軽々と越える木々。
表情は無く、根の部分を足として向かってくる様子は森が歩いてくるかのようだ。
そちらに銃を向けるも、木が硬過ぎて中にめり込むこともない。
手榴弾といった爆発物を投げ込んでも木の端が僅かに地面に零れ落ちるだけで本体にはノーダメージだ。
ならばと戦車が木々に狙いを定めて引き金を押す。
吐き出された弾は真っ直ぐに木々に直撃し、しかし対象は仰け反るだけに終わった。




