冒険者8 無限湧き
二体目の小鬼を殺す。
ナイフは真っ直ぐに胸を貫き、相手は己の現状を理解する前に核を破壊されて絶命した。
残るは雑魚二体に本命一体。経験値が俺の身体を駆け巡り、勝負の途中であろうと関係無しに青い画面が出現する。
『レベルが上昇しました』
『挑戦者は範囲拡大(十)を獲得しました』
――怖気が走る。
今居る場所から横に転げた刹那、巨大な青い拳が地面に叩き付けられる。
轟音と風圧に身体は更に転がり、腕に力を入れて強引に跳ね起きた。
転げていたゴブリンキングは何時の間にか立ち上がり、潰れた片目を閉じてもう一つの目で俺を睨んでいる。
肉体の回復が起きていない時点でゴブリンキング自体に回復手段はない。時間を掛けていけばゴブリンキング単体であれば討伐は難しくなく、されど現時点では悠長な真似は選択不可能。
走る。付与が働いている間に敵の懐に飛び込み、ダメージを刻んでいく。
無作為に攻撃を当てても意味は薄い。狙うは急所、関節、核の三点。
ナイフで一度傷付けた足首には既に切傷がある。そこを深めていくように連続で肉を削り取り、ある程度深くなると激痛がゴブリンキングを襲った。
絶叫が上がる。
傷の入った足を持ち上げて俺を踏み潰さんと迫り、しかし今度は大振りではなく最低限の動きだけで殺しにきている。
回避してもう片方の足首を攻撃。幾度か切り付けるとナイフが割れ、腰に装着しているもう一本を抜き出して付与を施す。
攻撃上昇、全能力上昇。
赤い血が服や肌を汚すのを気にせず、身体を抉って足を潰すことに精を出した。
ゴブリンキングは決して無抵抗ではない。足払いや踏み付け、一度距離が開けば棍棒や拳での攻撃を何度も行ってきている。
今は愉悦も無い。正真正銘全力で殺す意思で此方を見据え、それでも此方の攻撃を許してしまったのは体格差が原因だ。
的が小さく、狙いを付けようにも次々位置が変わる。
予測しようにも予想外な動きをされて行動が遅れ、その遅れが小さい側には大きな隙に見えてしまう。
魔法攻撃をする雑魚はゴブリンキングに攻撃することはない。これは逆に言えば、ゴブリンキングの傍に居れば俺も魔法攻撃を受ける心配がないことになる。
だから相手が魔法を撃ってくるのは俺とゴブリンキングに距離が出来た時のみ。
そして、それが解っていれば次の選択肢も当然見えてくる。
「これで三……ッ」
「――!?」
距離を詰めるのに魔法によって妨害されるなら、離れる際に雑魚に接近して不意を打つ。
最初に殺したのは火と風を使っていた小鬼達で、今殺したのは水の小鬼。経験値を吸収しつつ残り二体の位置を見ると露骨に地の小鬼がゴブリンキングの背後に隠れている。
ボスを壁にしているのだ。配下としてそれはどうなんだと思わないでもないが、ゴブリンキングが棍棒を投げ飛ばしてきたので余計な思考を打ち切る。
壁に突き刺さった棍棒を見もせずに駆け出したゴブリンキングは巨体を揺らして両腕を広げた。
突進に見える動作だ。俺も駆け出し、相手の腕が射程内に入った瞬間に最大速度で地面すれすれに薙ぎ払われる。
ジャンプで交差する両腕を回避。俺に接触する瞬間に広げていた掌を握ったので、捕まえるのが目的だったのだろう。
跳ねた俺は通り過ぎようとする腕を掴み、自身が投げ飛ばされそうになりながらも歯を食い縛って耐える。
チャンスは可動域の限界まで腕が動いた後だ。交差した状態で停止した直後に腕に上って走る。
気付かれるのは一瞬だろう。
だからその一瞬で移動するだけ移動して、暴れ始めた段階で残りの距離を縮める為に全力で腕を蹴って飛んでいく。
狙いは胴体。ゴブリンキングは他とは質が異なる個体だが、種類としては小鬼と一緒だ。
故に核がある場所も決まっている。相手が俺を振り落とすことに意識を傾けた瞬間にみぞおちにナイフを突き立て、運良く覚えたばかりの有用な範囲拡大をナイフに付与した。
この範囲拡大の利用用途は広い。特に武器に用いた場合、本人が魔力を流した瞬間に刃の長さを伸ばすことが出来る。
今回は一割分しか伸びないので短いものの、それでも餓鬼に近い見た目のお蔭で腹以外は全て細い。
加えて言えば、ボスの核は体格に合わせてサイズも巨大化している。
この二つの要素が合わさり、伸びた刃は確かに核に届いた。
「――――――――――――」
ゴブリンキングにも自分の核にダメージが入ったことに気付いたのだろう。
暴れることそのものを止め、みぞおちに居る俺に勢いよく手を伸ばす。
その前にナイフを引き抜いてさっさと逃げる。空を通るだけの腕は俺を捕まえることは出来ず、それは間違いなくゴブリンキングには業腹だったろう。
傷口から魔力が漏れ出していた。これは核に蓄えられていたゴブリンキングを維持する為の魔力で、即ちこれが抜けていけば相手はどんどん何も出来なくなる。
もうこうなれば死は避けられない。明確に肉の身体を持っていない以上、存在維持の源に支障が出た時点で詰みだ。
ナイフを投げる。過度に付与を追加した所為で罅が入っていたので、最後の使い道として隠れていた小鬼の胴体にナイフを投げて当てた。
倒れて起き上がる気配もない様子から死んだのだろう。無事に核が壊れてくれて安堵しつつ、残りのゴブリンキングに目を向ける。
青い光が蛇口から出て来る水の如く洞窟に広がっていく。
膨大な魔力はそれだけゴブリンキングの質の高さを明らかにしている。だが、相手が必死になって塞ごうとしている素振りを見ていると眼前の存在が生物であると実感させられた。
とはいえ手心を加える気は無い。そんな余裕を、今の俺は持っちゃいない。
リュックサックを降ろして、中から二本の小動物の角を取り出す。両手で握り締めたまま敵に近付き、ゴブリンキングは必死に手で穴を塞いで死から遠ざかろうとしている。
お蔭で相手は此方に気付かない。背後から跳ね、攻撃上昇と範囲拡大で角を伸ばして一気に核まで突き刺した。
甲高い悲鳴が室内を揺らす。
二本分の角によるダメージで核はますます傷付き、前で抑える程度ではまったく意味がない。
二つの穴から命の源が流れ出る。衝撃と合わせて核にはもう罅が走り、一部は割れてしまっているのではないだろうか。
ゴブリンキングの足が崩れ落ちる。力を入れられず、四つん這いになったゴブリンキングは最早俺を睨むことしか出来ない。
憎悪の目は小心者には恐ろしく見えるに違いない。最後の悪足搔きを警戒して俺も距離を取っているが、ゴブリンキングにそんな余裕は無かった。
腕に入れていた分の力も無くなる。身体は前に倒れ、顔面を地面に叩き付けた。
魔力が胸から流れ出る。どんどん抜けて行き、一定の割合を過ぎた瞬間に相手の肉体は砂となって崩れ落ちていった。
これがボスが負けた場合の末路。
核を破壊される、あるいは抜き取られると維持が出来なくなって砂になる。
その中に稀に素材となるアイテムが出て来るが、基本的にボスのアイテムを入手する機会は少ない。
よっぽどボスを殺していなければ遭遇することはなく、未来の俺もボスからアイテムを入手した経験は無かった。
「これで――」
終わり。
そう思う俺の前で膨大な経験値が肉体に流れ込む。
青い画面が幾度も出現した。同じ文面を俺に伝え、自身のレベルが一気に上がるのを認識することが出来る。
だが、その青い画面の向こう側。
透けて見える砂の山が不自然に動き始める。
砂は巨大な粘土のように動き、徐々に徐々にと形を作り上げた。
それは腕。
それは足。
それは腰。
それは胸。
それは顔。
白い砂のまま肉体は再構築され、最後に一気に青白い光がソレに広がった。
「――――っは、冗談」
思わず自身の正気を疑った。何せ完成したその姿は、今殺したばかりのゴブリンキングだったのだから。




