冒険者6 階層突破
一階から二階に続く道は、基本的に階段になっている。
これはどんなダンジョンでも共通しており、違和感がどれだけ強くあっても、石の階段が下に向かって伸びていく。
チュートリアルに設定されているダンジョンの一階で、下に続く階段は未来通りに見つかり、駆け足で俺は降りていった。
ここは出入口のように長く待たされることはない。通常の階段と同じく、直ぐに地下二階に到着し、そこには鬱蒼と茂る森が広がっている。
此処は草原と異なり隠れる場所が多い。必然的に奇襲を受けやすく、逆に隠れられるなら逃げるのも難しくない。
敵の種類は此処で増える。小鬼と小動物に加え、俺が殺したウッドフェアリーや、他の植物系のモンスターが冒険者を殺しに襲ってくる。特に植物系のモンスターはサイズが様々であり、大木程の大きさになる個体も、未来では発見されていた。
加えて、植物の中で花が主体の個体は、毒を持つ可能性が極めて高い。対面で戦うのは注意しなければならないだろう。
毒自体は、ダンジョン全体ではかなり軽い。
受けた直後にいきなり体調が崩れることもなく、耐性があれば薬が無くても勝手に抜けていく。
量が増せば薬も必要になるが、そうなる前に戦いが終わるのが殆どだ。
今回は俺は無視するが、この手の毒物を扱うモンスターは、何かと薬の原材料になりやすい。特に冒険者で必須のアイテムである回復薬の原料として指定されているモンスターが、此処にも出る。
チュートリアルではあるものの、此処には冒険者の生活を支える基礎的なアイテムの材料が多く存在するので、来訪者は未来でも多かった。
特にサポーターの副業先として、材料集めはマストな選択だ。一つ一つは安くても、数が集まればある程度の金になるとして、やっている人間は多く居た。
「っと、出たな」
森を駆け抜けていくと、木に擬態していたモンスターが枝部分を振って襲い掛かる。
胴体を狙う一撃を一歩下がることで避け、振り切った後の枝を掴んで、無理の反対方向に圧し折った。
声帯の無い個体であるからか、痛みに呻く声は無い。とはいえ痛覚はあるのか、今度は周囲に乱雑に振り回し始め、折れた枝から白い体液が大量に流れ出て来る。
この騒ぎで敵は近寄ってくる筈だ。既に周辺には無数の敵意が立ち昇り、遠くからは狼の遠吠えも聞こえている。
暴れる木を相手にする必要は無い。
どうせ気にする余裕も無いのだから素通りしていき、三層へと一直線に向かう。
やはり最初のダンジョン故に障害物が無い。罠も邪魔するだけの建物も存在せず、脅威がモンスターだけの状況は、冒険者にとって簡単も簡単だ。
小鬼が石を投げる姿を視認する。
一息で接近して胸を貫いて核を砕き、茂みに隠れていたもう一体の小鬼が飛び出した瞬間に、顔面に拳を叩き込む。
顔が拉げた個体は呻きながら起き上がろうとしていたので、右腕を踏み砕く。
力の抜けた手から小鬼の通常武器である動物の角を奪い、その角で胸を突き刺した。
耳が動物の走る音を捉える。後方に顔を動かすと、灰色の毛を持つ狼が群れで此方に迫り、口を開けて今にも噛み付かんとしていた。
角を引き抜いて、開いた口に投げ込む。口内から胴体を貫かれた狼は、絶叫を上げることも出来ずに死亡し、他の個体が足を止めた隙に接近して、真上からナイフを突き刺した。
犬のような悲鳴を狼が上げる。ただ、そこで何が出来る訳でもなく、狼は死体になって経験値を吐き出した。
ナイフを引き抜いて生き残りの狼に構える。相手は二体の死を間近で見て後退りし、その後踵を返して逃走した。
未来での映像を頼りに動きを練習していたが、今回でそれは役に立ったと言える。
少なくとも動作にぎこちなさはない。スムーズな行動に鍛錬の結実を感じ、内心で頑張った自分を褒め称えた。
戦える。俺はこのダンジョンで、十分以上に成果を出せる。
これから先、経済の中心になるのはダンジョンだ。如何にダンジョンで需要の高い品を持ち帰れるかが、俺の生活の質を決定付けることになる。
家族を養っていくのも考えると、最終的な収入は未来の自分の三倍は必要だ。
中規模なダンジョンの素材なら、相場によっては月に百万は稼げる。大規模なダンジョンであれば希少な品も出て来るので、金持ち生活をするのも難しくない。
そも、未来では冒険者は有名になるのを何より大事にする。高名な冒険者となれば必然的に依頼される仕事が増え、複数の企業から契約をお願いされるので選り取り見取りだ。
わざわざ自分で素材の回収なんてする必要もない。企業が契約した回収業者と一緒にダンジョンに潜り、一定の素材を回収して戻れば、その一度で一ヶ月分は何もせずに済む。
依頼だって、難度によっては三ヶ月も四か月も楽が出来る報酬が出ることもある。社会人であることを嫌う人間からすれば、そっちの方が楽に感じられるだろう。
ただ、その分だけ様々な危険があった。依頼が難しくなるなんてのは序の口で、暗殺を仕掛けられたり、同業者に足を引っ張られたりと厄介極まりない。
有名になることだけが幸福に通じているのではない。細々とした生活こそが、幸せに通じるのもまた事実。
俺が目指すのは後者だ。だからこそ、素材が何処のダンジョンの何階層にあるのかを知っておくのは、強力な手札になる。
三層への階段を見つけて降りる。
フィールドに変化は無い。四階まではこの森が続き、出て来るモンスターも変わらない。
ボスが居るのは五層の最奥。出て来る敵は小鬼の頂点、ゴブリンキング。
よく聞く名前であるが、初心者は対面した際に酷く恐怖したらしい。強さもこれまでの個体の中で最強であり、更に配下として、魔法が使用可能なゴブリンキャスターが現れる。
この配下が居るからこそ、ソロ攻略は難易度が高くなった。ボス単独ばかりであれば、ソロ討伐者はもう少し数が増えていただろう。
「――――ふぅ」
三層で洞窟を見つけた俺は、中の熊に似たモンスターを殺して、その場で腰を下ろす。
四層くらいまでは走り切りたかったが、その前に疲労感が襲い掛かってきた。このまま突撃することも出来るが、無理をせず休憩に入ろう。
熊の臭いが濃い洞窟には、大小様々なモンスターの骨がある。縄張り争いの勝利の証か、捕食した残りか、それは俺には解らない。
リュックを降ろして、中から栄養補助食品を幾つかとスポドリを取り出す。
全身には何時の間にか汗が流れていた。自覚すると不快な気持ちになり、頭だけでもリュックに仕舞っていたタオルで拭う。
食事を手軽に行いつつ、革製の鞘に入ったナイフを引き抜く。
一本目は既に捨てたが、此方ももう罅が入っている。五層に到達するまでは壊れないと思うが、次に変えておいた方が間違いなく良い。
リュックには、まだ同じナイフが五本は入っている。質の良い分、厚くて丈夫な物を選択した結果として、予算は予想以上に削られ、当初の予定の十本には届かなかった。
「角は……十本か」
足りない分は現地調達だ。
敵が使う武器で、ナイフ代わりになりそうなのは、小鬼の持つ角のみ。
先端が鋭く、黄土色のそれは切ることは出来ない。出来るのは突きのみで、核を破壊する点では最良の武器である。
とはいえチュートリアルで取れる武器だ。鑑定をすれば具体的な性能や名前が出て来るであろうが、品質は最低クラスと出るだろう。
それでも俺の持ち込んだナイフよりも耐久は上だ。砕けるのも遥かに遅くなる。
一本一万円を超える品が、未来では一山数円くらいの物に負けるのだ。それは何というか、理不尽というか、後悔を感じさせる現実だった。




