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NTR人間、自身の末路を知る  作者: オーメル


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高校生29 奇跡に縋っても

 三年になることで高校内の学生は全て年下になる。


 四月を迎えることで新入生が入学し、彼等を歓迎する行事を俺達は執り行った。既に慣れてしまった行事に緊張は少なく、特に新入生と関わるだろう部活動にも参加していない俺に興味はない。


 気になる部分があるとすれば、未来でも知っている名前があるかどうか。


 学生の身で冒険者に覚醒していない彼等を気にするのは無駄かもしれないが、冒険者になる前の性格を知ることが出来れば差異が生まれても直ぐに解る。


 尤も、積極的に探すのでは不審者も同然。こういう行為は偶然である方が怪しさが生まれない。


 何も無ければそれで良し。それが俺の本音である――だが。


「……」


 昼休みに入った直後、携帯が激しく振動していた。


 画面に映るのは伊月・桜。それが通話であるのは明らかであり、出るかどうかに迷いがでた。


 彼女が此方に電話をする時、基本的には厄介な話がやってくる。関わり合いを回避する為に電話をするなと言ったものの、そこに何の契約も絡まっていないのは間違いない。


 故に俺の意思を無視して電話を掛けてきている。開幕怒鳴られても文句は言えないだろう。


 廊下に出て、人通りの少ない場所を目指しながらボタンを押す。耳に当てて言うべき第一声はもう決まっていた。


「一体何のつもり――」


『あ、おはようございます先輩!』


 文句の言葉は、しかし彼女の作った声で遮られた。


 思わずは?と言葉が漏れる。それは相手にも伝わってしまい、小さな笑い声が聞こえてきた。


『今お時間ってありますか?』


「……昼休みですから、多少時間はあります」


『良かった! それじゃあ校舎の一階に降りてきてもらえませんか?』


「校舎の一階?」


 桜の頼みは意味の解らないものだった。


 この学校に居ない彼女がウチの校舎に一体何の用があるのだろう。俺の疑問に彼女はいいからいいからとゴリ押し、俺も仕方ないかと一階に降りる。


 此処の高校は学年が上がる毎に階層が上がり、三年は三階の教室が割り当てられていた。


 一階層変わるだけで学生達の雰囲気はがらりと変わり、二年生は一番学生らしい明るさに満ちている。


 その下に更に降りていくと、今度は僅かに緊張した雰囲気が漂い始めた。


 一年はまだ入学して大した時間は経過していない。友人を作るにもまだ時間が必要な中では警戒を第一とするのも当然だろう。


「着きましたけど、一階に何かあるんですか?」


「――ええ、勿論」


 桜の声は、通話越しではなかった。


 目が自然と開かれる。静かに声の方向に顔を向けると、そこには赤茶の三つ編み少女が車椅子に座った状態でにこやかに手を振っている。


 片手には携帯。彼女は通話を切り、自身の手で車椅子を動かして此方に向かってくる。


 服はこの学校の制服だった。紺のセーラー服は今時古臭いとも言われているそうだが、そちらを見ることは俺に衝撃を与えた。


 彼女の存在は未来の中では此処に無い。俺が見ていなかったなんて事実は、万に一つも有り得ない。


 此処は普通の人間が通う学校だ。決して彼女のような特別な人間が通う学校ではない。


 裕福な人間は、それ相応の場所で勉学に励む。趣味も、友人も、職場だって彼女が進む道が順当なら此処と激突する筈が無かった。


 なのに、そこに彼女が居る。車椅子で生活するには難しいだろうに、桜は自身の苦労を一切見せずに此方の前に進み出た。


「どうして、と聞いても?」


「それは勿論、先輩に会う為に決まっているからじゃないですか」


 言葉は友好的だ。だがその目には、確かな決意が宿っている。


 目的があって接近したのは間違いない。その目的も、今でははっきりしている。


 俺が終わりだと告げた用件は彼女の中ではまだ終わっていない。使えるモノを何でも使い、意地でも情報を手に入れる気だろう。


「……何処か二人でお話することが出来る場所はありませんか?」


「――――此方に」


 此処はまだ一年の廊下。他の生徒の視線も多く存在し、そんな場で本音で会話なんて出来る訳もない。


 彼女の提案を拒絶するのは俺には不可能だ。溜息を吐いて、彼女の車椅子を押して校舎の裏にまで連れて行った。


 秘密の会話をするなら屋上付近が一番良かったが、車椅子の彼女に階段はキツい。


 抱えて運ぶこと自体は難しくはないものの、やはり抱えなければならないだろうから彼女は拒否するだろう。


 周りの目が無いことを確認して、俺は裏のちょっと広めの場で改めて向かい合った。


 彼女も猫を被る必要もないことを確信し、表情を真剣なものに変える。


「あの電話で話すべきことは話したと思いますが」


「そうだな。アンタの否定で話は終わっている」


 互いに意思は一致している。


 この話は終わった。終わっておかなければならない。


 予言を利用して未来を変えるのは、きっと本来はしてはいけないことだ。既にかなりの影響を出してしまった身だからこそ、変えることが出来てしまう者として偏りがあってはならない。


 誰かの味方は誰かの敵。それがダンジョン相手であれば兎も角、人間同士で敵対しても一銭の価値もない。


 家族以外には公平であること。それが予言者としての俺だ。


 この決定を覆したいのなら、理由が必要になる。それこそ、俺がそうせねばならないと納得する程の理由を。


「……毎日連絡が来てる。支社の状況、周りの状況、化物達の状況」


「…………」


「何度も助けてくれと言われた。それも自分だけじゃない、仲間全員を助けてくれと言われたんだ」


 此処とは別に向こうは今も地獄が広がっている。


 頼みの綱は常に日本の本社のみ。他に支社はあるものの、何処も拒絶したのであれば最後に頼れるのは総本部だけだ。


 そこが駄目なら、もう後はない。


 化物の脅威は今も彼等に迫っている。明日にでも命を失いかねない状況は神経を削り、まともな思考能力も奪っていることだろう。


 そんな状況で彼等は力を合わせている。誰かが誰かを蹴落とすのではなく、協力してこの難事を生き残ろうと結集していた。


 並大抵の勇気では足りない。未来で覚悟の決まった人々の顔を思い出し、口を閉じる。


「あの人達の中には家族が居るッ。それに、中国の状況が日本でも起きるんだろ!?」


 誰かに聞かれない為だろう。


 声を潜めて、されど必死になって俺に叩き付けてくる。顔は歪み、拳を固め、上半身を此方に傾かせ、今もなお俺を動かせると信じて止まない。


「お前の家族だって同じ目に遭うぞ。父親が、母親が、化物に食い荒らされることになるぞ!それで良いのかよ、お前は!!」


「――――黙れ」


 無意識に声が出た。


 声音は低く、心が赫怒で染め上がる。


 彼女の怯んだ表情を見ても止まる気がしない。いいや、そもそも止める気がなかった。


 誰にも、そう、誰にも。二度と家族の幸福を奪わせはしない。


 如何なる難敵、如何なる巨悪が相手でも折れる道は皆無だ。誰にもそうなるかもしれないなんて言わせはしない。


 手が伸びる。


 一瞬で彼女の首を掴み、力を入れずに顔を近づけた。


 怯える眼の少女は、やはり未来の彼女程の胆力はない。仮に俺がこの怒気を更に強めたところで、未来の彼女は鼻で笑って流しただろう。


「未来を知る。それがお前には随分な魔法に見えるみたいだな」


 ダンジョンなんて関係無い未来が見えたなら、俺はそこまで危惧は抱かなかった。


 だが穴が現れ、夥しい死体が街を埋め尽くし、家族が死んで、右腕が食い千切られ、化物が跳躍跋扈する世界を見せ付けられ、当の俺本人は絶望で膝を丸めて震えていた。


 慰めてくれる人はいない。寧ろ自分だけでも生き残ろうと必死になっている人間ばかりが見えていた。


 良い事なんて暫くやってくることはない。それが解って、個人で何とかなる範疇も超えてしまえば、もう俺は決断するしかなかったのだ。


「下半身の無い内臓垂れ流しの死体を見たか。モンスターが愉悦目的で女や男を犯している姿を見たか。モンスターから逃げる為に子供が餌にさせられ、なんなら人間が人間を食う姿を見たか」


 R-18のグロ映画なんて目じゃない。本物の邪知暴虐を知った身として、俺は誰かを信じることが破滅に繋がると結論を出した。


「何も、何もお前は見ていない。だからお前には奇跡に見えるんだろ、何でも対処出来るって」


 お笑い種だ。何にでもメリットとデメリットがあるのは当然。


 首から手を離した。最後に今出せる最大の殺意を叩き付けて、彼女が何かを言う前に教室に戻っていった。

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