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NTR人間、自身の末路を知る  作者: オーメル


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高校生28 時よ止まれ

「キャンプに行くなんて何年ぶりだ?」


「そもそも私達ってキャンプになんて行ったことあったかしら?」


 高校三年。学業は依然として順調そのもの。


 進学や就職にもっと熱を入れるべき年ではあるが、同時に高校で出来た仲間達と最後の思い出作りに励む年でもある。


 家族に伝えた俺の進路は就職。進学は最初から考慮に入れておらず、就職を第一と伝えたところで父親は難しい表情をしていた。


 中国の件があってから昨今、会議の合間に予算に関する話題がよく出ている。


 父親の会社も中国に支社を持つそれなりに大きな会社だ。具体的な業務内容まで知っている訳ではないが、輸入品の販売を主に行っているらしい。


 しかし今回、中国との輸出入が不可能になった。同様の品を用意するには別の国か、あるいは自国の工場で生産してもらうしかない。


 予算の増加は避けられず、増えた分をどうするかと会議では話し合われていた。


 調整に走るのは勿論、最悪は人件費削減を行わねばならない。


 クビに繋がるのは主に成績不振の社員になるとのこと。それが合理的であるとは思うものの、人事部の精神的負担は大きくなるだろう。


 会社によっては同じ事態になる所も間違いなくある。他の国でも穴が生まれれば就職や進学に影響を与え、氷河期時代に突入してしまう。


 父親としてはなるべく早い段階で就職を済ませてしまった方が良いとは思っているそうだが、同時に大学を卒業して大卒の学歴を持つことも悪くないと考えている。


 こればかりは時期によるものの、俺の意見は変わらず就職の道のみ。――力強く宣言した俺に父親は、困ったらウチを頼れと言われた。


「会社の社長とは仲良くしている。 あまり良い手段ではないと解ってはいるが、息子の人生が悪くなるくらいならマシだ」


 縁故採用は嫌われやすいと俺も父親も理解している。


 それでも何処も決まらなかった場合、父親は泥を被ってでも俺を助ける気でいた。


 有難いと思う反面、そればかりは非常に気まずい。仮に入れたとして、ミスをすれば俺ばかりか父親にまで迷惑が及ぶ。


 こればかりは俺も選ぶ気は無かった。


 となれば、そもそもの就職を遅らせる他ない。学校から提供される就職案内を蹴る形となるが、穴が出来ると解っていれば受ける方が無駄だ。


 遅らせる方法もある。予言を使えば日本を混乱に陥れることが可能となり、就職難易度は震災が目じゃないレベルで高くなるだろう。


 こんなことで予言を利用するのは酷いと思うものの、それ以外に良い道が見つからない。


 事前に東京近くの場所を就職エリアに設定しておき、予言と同時に就職は中止にすることでタイムラグを生み出す。


 その間に日本に穴が生まれ、国内は混沌としていく。


 これは発表する時期が鍵になる。早過ぎては対策が出来てしまうし、遅過ぎても会社に俺の情報が送られて連絡周りで面倒になる。


 夏休み終盤くらいが良いだろうか。そう思いつつ、春の長期休みを利用して俺達家族は森の多いキャンプ地へと車を走らせた。


 父親と母親が若い頃は知らないが、俺が知っている限りキャンプに行った記憶は無い。


 新鮮な自然の中で俺達は通常のキャンプ道具を用意しつつ、可能な限りそれを使用しない形で生活する練習を始めた。


 事前に知識だけは詰め込みながらの初キャンプ。最初は三人揃って楽しみにしていたのだが、まぁ初心者が道具に頼らないと決めた時点で困難は多かった。


 取り敢えず車を止めて最初に始めたのは二つ分のテントを張ること。寝る場所だけはいきなり出来ると思っていなかったので道具に頼ることになったが、それからは家で自作した木製の机や椅子を小さな広場で設置した。


「なんかガタついてるな……」


「家だと十分だと思ってたけど、色々物乗っけるなら小さいね」


 車のサイズも考慮して決めた机と椅子だが、板のサイズは大丈夫でも加工していく段階でズレが生じたのか安定性はあまりない。


 広場の小石が間に挟まったから安定していないのかと地面も見たものの、特にそんなことはなかったので自分達のミスだろう。


 所詮は初心者の製作物。最初が変になるのは仕方がない。寧ろこれを糧に精進しようと俺達は笑い合い、穏やかな川でタコ糸と木の枝で出来た釣り竿で魚釣りを開始した。


 その成果は見るも無残。あまりの酷さに三人揃って溜息を吐き、改めて文明の利器の素晴らしさを感じる結果に終わった。


 夜になればテントの中で寝袋に包まれて寝るのだが、自然は俺の想像以上に音に溢れている。


 風、川、虫、砂利。無音の環境を好む人間では寝るのは難しいかもしれないが、俺達にそんな心配はいらなかった。


 それはきっと慣れない事をしてばかりだったから体力が削られていたのだろう。


 夕飯の料理を行う前段階で火起こしをしていた際は、まず種火を作る段階で難航した。一時間は格闘して最終的に母親にライターを勧められた段階でやっと成功し、俺の全身は見事に汗まみれになっている。


「上手くいかないことばっかだったな……」


 なんにもスムーズには進まなかった。


 遅れに遅れ、けれど夕飯を食べた感動は普段よりも遥かに強くなった。バーベキューと白飯の組み合わせに俺達は歓喜の声を放ち、両親もその時ばかりは童心に帰ってガタつく机の上で夕飯の味を楽しんだ。


 これは練習であったが、同時に家族の思い出にもなった。


 きっとこの瞬間を忘れることはなく、嘗てを思い返した時にこの失敗を互いに笑うだろう。


 あの時の自分達はこんなに下手で、でも楽しかったよなと。


 自分の口角が緩く弧を描いているのが解る。充足感が心を満たし、今後の活力にもなった。


 それはきっと父親も母親も一緒だろう。日々不安を覚える中で何もかもを忘れる瞬間があったことは、二人にとって癒しにも感じていた筈だ。


「頑張れよ」


 全ての内情を知るのは俺だけ。


 俺は俺にエールを送り、瞼を閉じて夢の世界に落ちていく。


 未来の情報を確認したりはしない。この時間だけはただの楽しい思い出として、何も考えることのない時間として過ごしたかった。


 やがて夜が過ぎ、朝がやってくる。太陽が顔を出し、普段よりも強く感じる明るさに眠気を覚えながら這い出て――同様に這い出てきた父親と広場で伸びをした。


「……なんか、もっと前から行ってれば良かったと思うよ」


「うん。 俺も」


「準備は大変だけどさ。 定期的に自然を楽しむっていうのも、良いリフレッシュになるもんだな」


「母さんも楽しんでたよ。 普段は節約に苦心してたから」


 そうだな、と父親の言葉を聞いて俺は今も寝てる母親の居るテントに目を向ける。


 物音がしないあたり、未だ母親は寝ているままなのだろう。それなら朝食は俺達で準備しようと早速火起こしを開始して、今度は父親の方が先に成功していた。


 此方にドヤ顔をする父親に苦笑しつつ、焚火にしてその上に土台を組んで網を置く。


 買っておいた食品の残りを火で焼いていき、出来上がったキャンプ飯の匂いに釣られてか母親がテントの外に出て来る。


「おはよう……」


「ああ、おはよう。 朝食は出来てるぞ」


「野菜を多めにしてたから母さんでも大丈夫な筈だけど、一応駄目なら言って」


「ううん、ありがとね」


 穏やかな朝食は、まるで別世界のようだった。


 穴のことも、仕事も、学業も、未来も、全てが切り離された無関係で安らかな一瞬だった。


 この時間が永遠に続けば良い。苦しみも悩みも無い場所は、俺が求める家族が暮らせる楽園だ。


 だが車に乗った瞬間、楽園の終わりを実感させられた。


 此処から家に戻ったら何時もの生活が再開される。色々考えなければならない時間がやってきて、これから先で会いたくもないような人間にも会うだろう。


 高校生活は残り僅かだった。いよいよ間近に迫ったダンジョン生活に、楽しい気分が抜けていく。


 絶望する気は無い。無気力になる気も無い。やらねばならないのなら――やってやるさ。

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