高校生24 大予言の始まり
――――皆、明らかに浮かれていた。
最初の配信は零時を回って何も起きないことに安堵して閉じられた。代わりに別の人間の配信を開き、その喜びようを眺める。
まだ当日が過ぎた訳でもないのに、大多数の現地の人間は周りの誰かとハグを交わす。初対面である筈の人間と軽口で言葉を送り合い、あるいはコンビニで買って来た酒やツマミで今日この日が無事に終わることを祝った。
コメントも喜びの方が多い。日本語や英語で書かれたモノにはまだその日が過ぎた訳じゃないだろと呆れた内容が目立つも、それが現地の人間に読まれることはないだろう。
世紀の大予言は外れた。もしくは、始めからあれは単なる嘘でしかなかった。
彼等の表情はそう思って疑わず、しかしそう考えてしまう現状を俺は否定しない。
怖かった筈だ。不安もあった筈だ。
自分の住んでいる場所が無くなってしまうかもしれない。黒い穴が全てを飲み込み、大多数の人間の将来を一気に奪い去っていく。
嘗ての大地震や津波でも多くの人間が死んだ。中国とてそれは例外ではなく、故に多くが死んでいく環境に居る事実は強いストレスを齎す。
だから望んだ。予言は外れる。零時を回ればきっと終わる。
誰もそんなことを言った覚えはないのに。俺のアカウントがそんな確信を与えてもいないのに。
「……だから死ぬんだ」
携帯に映る時刻が変わる。
午前二時が、午前三時に。たった六十秒を刻んだだけで二は三に変わり、いよいよ俺が恐れていた本物の地獄がこの世に顕現する。
現在配信を行っている地は先と変わらない。見つけるのにあちこち移動したものの、見つけてしまえば後は静かに待つだけだ。
画面には人々が明るく過ごす様が風景として映し出されている。
だがその足元。コンクリートで埋められた地面が――――一瞬の内に黒に染め上げられた。
音は無い。静かに、かつ猶予を与えず。
無慈悲に拡大した黒円に最初、人々は気付けなかった。
気付けたのは配信を見ていた人間だけ。遠く離れていたからこそ冷静に見ることが出来た。
だけれども、配信主を含めてコメントを見る人間は居ない。街一つのサイズにまで広がった黒は暫くは土地を染めるだけに留まり、そしてついに進撃を開始した。
『おい見ろ!!』
男の大声が辺りに響く。
発生先を見れば私服姿の男が何処かへと指を差し、誰もがそちらに顔を向ける。
配信を見ていた俺達もその方向を見たかったが、残念なことに配信主が機材を動かすことはない。
ただ轟音が機材を通して俺達に届いた。最初は遠くに聞こえていた音はゆっくりと、けれど徐々に速度を増して彼等に迫る。
やがて配信内に映る景色も変化を始めた。
立ち並ぶビルが、人々が安心して住める家が、自動車が、バイクが、人間が、揃って黒い空間に飲み込まれていく。
悲鳴が止まらない。動物の吠える音も消えてくれない。
底なしの沼に嵌まって抜け出せぬが如く、彼等は確かに予言の的中を体感している。
範囲内に収まった存在に区別は無い。揃って全てを平等に飲み込み、消えた後には何も残らない。
完全に全てが沈むにはまだ時間が掛かるだろう。高い場所に上って何とか救助が来ることを待つ人間が本当に遠く見えるも、その人物が今居る地点も範囲内だ。
やがて高所は高所にならず、脱出出来ずに穴に落とされる。
携帯も黒穴に沈んだ。画面内には何も映されておらず、配信そのものが終わってしまったかのような無音が広がるばかり。
コメント内も阿鼻叫喚だ。様々な言葉があっても当人達の胸中は驚愕に占有され、俺自身の背にも冷たい感覚が襲い掛かっている。
あの穴は、確かに記憶で見た通り。未来のネットで見ることが出来る衛星写真では綺麗な黒円が街一つを範囲内に収め、全てを無に帰した。
当日の死者は、街に滞在するほぼ全員。数少ない生き残りは僅か数十人程度であり、彼等は揃って穴の先にあるダンジョンでサバイバル生活を余儀なくされた。
ダンジョン内で長時間生活するには、化物の討伐は避けられない。
最初に溢れ出る化物達から姿を隠した後、彼等は必死に獲物を狩って疑似的な冒険者のような生活を送ることになる。
当時の人間のコメント曰く、共食いも日常茶飯事だった。
食料も水も満足に入手出来ないのであれば、生き残る為に口減らしを選択するのは残酷だが現実的だ。
「SNSも酷い有様だな……」
配信画面が変わらないのでSNSを開くと、此方も此方で荒れ放題だ。
何が起きたのかを尋ねるコメントが一番多く、画面右下にある俺のDMには今も多数のメールが送り込まれている。
この調子であればSNSのサーバーがダウンするのも近い。
完全に停止する前に現状の把握に努めてみるが、玉石混交なSNSの海を泳ぐのは極めて困難だ。
最終的には約十分でSNSのサーバーはダウンしたのか、一切の更新が不可能になった。その段階で他の情報を得ようとするなら、掲示板や他の配信を見に行くしかないだろう。
致し方無し。
溜息を吐いて闇の中の配信に戻る。
まだ配信そのものが切れておらず、コメントは怒涛の勢いで出て来ては消えていた。
「――――!?」
と、ここで携帯のアラームが鳴り響く。
音量設定を無視して盛大に鳴るアラームは、国家に対して甚大な被害が出る予兆を知らせていた。
飛び起きる。私服に着替え、リビングへと一目散に向かった。
照明を付けてテレビを点ける。最早深夜であるなど関係無しに音量を上げ、緊急速報を知らせるニュース番組に視線を集中させた。
「何があった!?」
リビングに飛び込んでくる父親の声も今は無視だ。
ニュースキャスターは突然の情報に服や髪を整える暇もなく、送られてきた情報を全国民に伝えていく。
とはいえ現時点で日本側が把握することが可能な情報は少ない。
精々が黒い空間が建物や人を飲み込んでいることを述べるくらいだ。緊急アラームを鳴らしたのも万が一の事態を想定したからであり、直ぐに俺達に危機が訪れることはない。
だが、それを知るのは俺だけ。故に周りが慌てるのは承知している。
予言の件も間違いなく今日にでも絡ませてくるだろう。いよいよもってあのアカウントの価値は計り知れないものになり、誰もが縋っていくに違いない。
中国には今回、甚大な被害が出る。だがそれは最初の一歩目に過ぎず、世界各地で被害は発生していくだろう。
この出来事を知り、彼等が予言について前向きに対策を考えてくれるのであれば。
その時こそ現在が未来を超え、あの日の被害を減らすことに繋がる。俺も全力で被害を抑える方向で動き、少なくとも日本だけはマシな状態にしていきたい。
ある程度の情報が流れ終わり、繰り返しに入った段階で俺の目は自然と父親と母親に向けられた。
彼等二人は唖然している。こんなことが起きるなんてと、無言でテレビを見るだけだ。
「父さん、母さん」
俺の呼び声に、彼等は瞳だけを此方に向ける。
「これを、見てくれない?」
携帯は今も握っていた。
それを操作してあの予言のアカウントを出す。自分のだと思わせない為に見せたいページに移動し、そっと彼等に携帯を渡した。
二人はその画面を見る。いつからか膨大となったフォロワーを獲得した俺のアカウントは、一番上に表示されている画像を常に強調表示にさせていた。
その意味を、彼等は今回大いに理解しただろう。地獄の大予言は、たった今成就したのだと。
二人は震えていた。身に見える程に。全身から不安と恐怖を露にして、互いが互いの身体を掴んでいる。
「予言のアカウントは本物だったんだ」
――――ファンタジーが釜の蓋を開けに来た。




