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NTR人間、自身の末路を知る  作者: オーメル


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高校生22 対話

 夜も深く、深夜と呼べる時間。


 母親は俺を抱き締めて号泣し始め、落ち着けてから何とか寝かせた。


 残った俺と父親は、眠気も無くリビングで向かい合う。手元には互いにお茶の入ったペットボトルが置かれ、何とも気まずい雰囲気が辺りに漂っている。


 自然とリビングに足を運んだのは、俺も父親も揃って話をしなければならないと考えたから。


 明日は二人共休みだ。存分に眠ることが出来るなら、今此処で話し込んでも問題は無い。


「一体どうして、と聞くのは野暮だったか?」


 向き合っての父親の第一声は、苦笑と共にだった。


 俺が咲の浮気の件を黙っていたのは、偏に後回しにしていたからだ。何やら父親は妙な勘違いを起こしているが、俺は敢えて指摘せずに首肯するに留めた。


「男だったら皆そんなもんだ。 意地や見栄を張って、自分は凄い奴だと周囲に見せたがる。 悲劇があっても何でもないさと笑えてしまえば、強い奴だとも思われるだろうさ」


 男のプライド。そんなものを語る父の様子は、まるで懐かしき過去を思い出すが如く。


 中空に向けられる視線は俺に向けられている筈なのに、違う場所を見ていると明らかに解ってしまった。


 父親にも青い時分がある。そんなことは当然であり、人は恥ずかしい行いや悲しい出来事を経験することから避けられない。


 俺もそうだ。馬鹿みたいな正義感、砂糖めいた甘さの恋愛、楽観的な未来展望。


 不安定な精神性だったからこそ現実に目をそれほど強く向けず、寧ろ無意識に逸らしてしまったのかもしれない。


 俺は幸せになれる。紛れも無い平和を掴むことが出来ると。


「翔は凄いよ、これは世辞でも何でもない。 抱え込む事の苦しさは俺も仕事の関係で経験しているが、流石に浮気されて黙っているってのは難しいかもしれないな」


 柔らかな微笑に、罪悪感が宿る。


 本当に参ってしまっている訳ではない。それを言ってしまった方が俺達は真に通じ合えるだろうが、言えば過去の自分と今の自分との差異に父親は驚くだろう。


 俺はもう嘗ての自分通りにはいられない。守るべき者を守る為に切り捨てる、正に合理を第一とする自分になってしまった。


 現実を見たのだ。ダンジョンが発生した後とはいえ、未来の社会人達の姿を見てしまった。


 そんな自分に楽観なんて出来ない。恋愛なんて出来ない。助けようなんて、そもそも傍から浮かばない。


 けれど、そんな自分を見せては両親は悲しむ。だから俺は、この父親の前で過去の自分が浮気を知っても前を向いていられる姿を投影した。


「……悪い、父さん。 誰にも心配は掛けたくなかった」


「お前の気持ちは解ってる。 その上で、やっぱり相談してほしかったよ」


 微笑の中に悲しみが混ざる。


 そんな顔をさせてしまうことは想像の範囲内だ。申し訳ない気持ちが増していくのを無視して、俺は嘘の心情を吐露していく。


 最初に聞いた時、絶望した。


 二回目に聞いた時、怒りを抱いた。


 三回目に聞いた時、怒るよりも悲しさが勝った。


 四回目で彼女への恋愛感情が乾いて、最後では実際に姿を見て二人の組み合わせの良さに奇妙な納得を覚えた。


「傍目から見ても良いカップルだと思ったよ。 共通点も多かったし、俺が入り込める余地は無いんだろうなって確信もした」


「そうか……」


「別れる時も静かに終わらさせた。 高校入学をしてもお互いに全部隠して他人として過ごそうって。 ……まさかまだあんなに来るだなんて予想外だよ」


 不思議なのは咲のあの執着だ。


 未来の映像では咲は俺と話をしなかった。何かを言いたそうな顔をしていたことは解っていても、実際に行動に移しはしなかったのである。


 現時点で自分が感じる執着と同一であるならば、未来の彼女はその時点の俺に声を掛けても不思議ではなかった。


 その違いは、一体なんだろうか。無気力であることか、他に女性の影があったからか。


 詳しい部分は解らない。だが、解らないなら解らないで離れるのも有りだと俺は思っている。


「咲ちゃんの考えていることは俺にも解らない。 唯一解るのは、まだ翔と寄りを戻したがっている点だ」


「……」


「翔は別れることを選択した。 そして、俺も母さんもその選択が正しいと思う。 残酷な言い方だが、一度裏切った人間は再度裏切ることもある」


 父親も咲のあの訴えを正確に理解しているだろう。


 その上で別れる事を最善だとしているなら、俺の要求ももしかすれば呑んでくれるかもしれない。


 現状、咲と俺が顔を合わせるのは両家の関係を悪化させる要因になる。それで折角決めた此方側の要求が更に増えてしまうし、向こうが家庭崩壊を起こしては最悪だ。


 咲は優秀な僧侶になれる。それがダンジョン攻略の役に立つのを俺は知っている。


 なればこそ、未来の時と同じ状況を作らねばならない。咲と俺の関係を断つ、その未来を。


「……実は、さ。 考えていたことがあるんだ」


「ん?」


 躊躇う素振りの後に零した言葉に父親は釣られた。その瞳の奥の優しさを感じながら、本題の前の嘘の提案を口にする。


「俺はもう咲と会いたいとは思わない。 高校の件はもう手遅れだったから仕方なかったけど、本当は高校だって一緒に通う気は無かった。 だから次、進学にせよ就職にせよ咲とは違う道を行きたい。 もっと言えば此処から離れて別の場所で一人暮らしをしたい」


「――――」


 父親は瞠目する。


 次の瞬間には表情を歪め、そうかと短く告げた。


「親として子供の意見に反対をする気は無い。 何よりお前も成長して、ここ一年じゃ多少帰りが遅くなっても落ち着いている。 高校卒業に合わせて一人暮らしを経験するのは良い筈だ」


 父親は肯定的だ。俺が中学の頃よりも迷惑を掛けないよう振る舞ったお蔭で、一人暮らしをする分には容易く許可が出る。


 しかし、それは父親だけ。今も寝ている母親からも許可は必要であり、同時に父親はその部分で何やら懸念を持っているようだ。


「だがこんな事が起こった後じゃ母さんが認めてくれないだろうな。 母さんも昔、恋愛関係で同じ目に遭ったから」


「母さんも?」


 これは驚きだ。母さんは誰が見ても美人で、手元から離したがる男が居るとも思えない。


 しかし、あの玄関での一幕。玄関の鍵を勢いよく閉めて大量の塩を玄関にぶちまける様は父親の話を真実だと告げている。


 本当にあの母親が浮気されていたのだとしたら、していた男はあまりに馬鹿だ。愚か過ぎて一周回って羨望さえ抱く。


「ああ、だが今はその話はいい。 問題は母さんが頷かないだろうことだ。 今回の件でお前の傍に居たがるだろうし、一人暮らしをすると言えば付いて行くと言い出しかねん」


「じゃあ止めておいた方が良いかな。 別に父さん達を悩ませる程したい訳じゃないし」


「だが相手は此方の家を知っている。 あの謝罪をした上でなお此処に来るようなら、お前の精神的ストレスも増える一方だ」


 予想外の方向だが、一人暮らしを阻止してくれるのは良い流れだ。


 父親も母親の影響で渋ってくれるなら、勝手に妥協案も考えてくれる。特に咲がこの家に来る可能性がある限り、俺を想って現状を変えようとするだろう。


 なら後は背を押すだけ。感動的な行動を起こせば、父親も母親の説得に乗り出す。どんな意味で説得するかはちょっとした賭けになるが。


「父さん。 俺にとってこの話はもう過去なんだ。 だから深く気にしないで」


 席を立ち、肩に一度手を置いて直ぐに離れた。


 自室に向かう俺の背中に視線が向けられる。


 気丈な振舞いは、それだけ無理をしていると思わせる力があった。同情がある種の有利に働くのは、世間一般の常識だ。

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