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NTR人間、自身の末路を知る  作者: オーメル


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3/12

始まり3 既視感的別れに対して

 俺の住んでいる場所から学校までには電車が必要になる。

 徒歩では数時間も掛かるし、自転車で多少は時間を縮めることは出来ても負担は大きい。車やバイクの免許を取得するには年齢も金も足りず、両親が用意したICカードで俺は日々通っている。

 普段であれば、そんなことに意識を向けることはなかった。ただ普通に乗って、学校に行って――それだけだ。

 でも今は、こうして電車に乗っている事実に少し嫌な思いを感じている。

 理由は、咲もまた駅は異なれど同じ電車に乗るからだ。学友も多くいれば気にすることもなかっただろうが、残念なことに俺の友人は方向が違う。

 今日は早い時間に電車に乗ったお蔭で咲に遭遇することはないものの、普段であれば朝の電車の中で明るく挨拶を交わしていた。


「くそ、もう少し早く未来が解っていればな……」


 今朝の一件を考えるに、気絶した後に見た映像の数々が未来予知の線は強い。

 断定する気はないが、これで今日を終えるまでの過程すら一緒の結末になれば信じるより他にないだろう。

 揺れる電車は普段よりも薄暗い。朝早いのだから当然だが、この普段との違いが何もかも変わってしまったことを妙に強調させる。

 俺は別段、早起きは三文の徳になるだとか日進月歩を信じる質ではない。物事が大きく変わる瞬間はある日唐突に訪れ、誠実さを守っても何か良い結果がやってくるだなんて思っていなかった。

 浮気の瞬間を目撃したのも、物事が急速に変わる出来事だ。だから、真面目や勤勉であることが必ずしも最良だと考えてはいない。

 

 世の中、総じて運が絡む。顔の良さだとか、才能の有無だとか、金持ちであるかどうかとか、生まれた直後に人生の過酷さは勝手に選択されるのだ。

 だから、まぁ、俺はその辺については半ば諦めていた。そして、諦観を覚えていたから咲もあの付き合いに退屈を覚えたのかもしれない。

 学校までの道を進めば進む程、俺は彼女が離れていく理由を深めていった。

 それは感情を爆発させたくなかった理性の行動の結果かもしれないし、実は別の部分に意識を割きたかったからどうでもいい末路を処理したかったかもしれない。

 どちらにせよ、まだ朝練の生徒ばかりの中で教室に辿り着いた俺は、その時点でなんというかある種の納得を胸に抱いていた。


「朝、俺はHRまで寝ていて……」


 彼女とは同じクラスで、寝ている俺を優しく起こし、そして起きたばかりの頭を回して放課後の時間をもらう約束をする。

 未来の出来事を思い出しつつ、俺は窓際の一番前の席に座って鞄を机の脇のフックに引っ掛けた。

 両腕を枕にして頭を何時もしていた通りに乗せる。

 後はこのまま寝てしまうべきなのだが、覚醒した意識に眠気の類は一切無かった。目は冴えてばかりで、当たり前であるが何もない学校では暇を潰すことも出来ない。

 せめて漫画の一つでもあればと思うも、残念ながらそういった物は今日は持ち込んでいない。鞄の中は普段の俺であれば考えられない程に空白が目立った。


「何時も通りの午前授業に、卒業式の練習をして、放課後で空き教室に向かって……」


 思い出そうとすると、鮮明に脳裏に映像が映る。

 曖昧な箇所も一つも無く、普段の生活と関係の無い風景ですらやけに解像度の高い写真かの如く見えていた。

 これもおかしななことだ。俺がそんなに記憶力が良かったことなどない。妄想で作り上げるにしても小物一つにまで意識を割くことは無い筈だ。

 この不自然な感覚に気持ち悪さを覚えつつ、それから俺は未来なのかもしれない映像を見ることに意識の殆どを費やした。

 だから――――自分が軽く肩を叩かれる感触に気付くのに若干のラグが出た。

 は、と顔を上げる。耳に入るクラスメイト達の挨拶の声を他所に、俺は静かに首を横に動かして起こしてくれた相手を見た。


「おはよう。 夜更かしでもしたの?」


 流れる艶やかな黒い長髪。黒い瞳には明るい白星が見え、緩く口角を曲げた表情は可愛らしさを前面に押し出している。

 アイドルの始まりの時。正にそのサブタイトルが似合う微笑を浮かべる女性は、俺が少し前まで熱中していた品野・咲本人で間違いない。

 俺は今目覚めたばかりだと言わんばかりに腕を上に伸ばし、彼女におはようと端的に返す。

 時計を見ればHRが始まるまであまり時間は無かった。普段であればギリギリまで彼女と世間話をするところだが、映像の中と同じように首を左右に振って真面目な顔を作り上げる。


「悪いな、起こしてもらっちゃって」


「なんでよ、何時もしているじゃない」


「……そう、だな」


 俺の前に居る彼女はふんわりとした何時もの顔を浮かべている。

 昨日浮気していたとは思えない出で立ちは実に見事で、女は女優の意味をよくよく理解させられた。

 ドラマでとある役者が語った女は怖いとは、即ちこのこと。男とて隠すことはするが、やはり女性程に巧妙に隠すのは難しい。

 あまりに自然体。あまりに普通。まるで浮気など一欠片も考えていませんといった様は、俺にはまったく見抜ける気がしなかった。

 

「咲、今日時間あるか?」


 震えそうな唇を意識的に抑え込み、映像通りの言葉を紡ぐ。

 彼女はその言葉を聞いて僅かに目を見開くが、されど次の瞬間には元の表情に戻った。


「大丈夫だけど、どこかに行くの?」


「ああいや、放課後にちょっとな」


「んー、なんだかよく解らないけど……構わないよ?」


「そっか、それなら前に俺が告った場所に一緒に来てくれないか」


 会話を重ねる度、薄ら寒い感覚を胸に抱いた。

 彼女は告白した場所だと言われて頬を静かに染めたが、それが演技かどうか定かではない。

 周りでは俺達の会話に聞き耳を立てている人間ばかりが居た。告白した場所と語ったことで正確な位置を知らせないようにしていたが、そうでなければ野次馬とばかりに来ていただろう。

 これから彼女の友達が話しを聞きにいく。しかし周りに人が居なかったことを知っているだけに、彼女はその場所を言いはしなかった筈だ。

 予定通り、彼女は俺の指定場所へと行くことを首肯で承諾してくれた。

 HRが始まるチャイムの音で咲は離れていき、俺は周りの男子からなんだよなんだよと絡まれる。

 それらを映像通りに躱しつつ――――背後から注がれる視線を無視した。

 

 解っている。お前は絶対にこの件を無視することは出来ない。

 好きだったんだろ。俺が彼氏になることに納得なんて出来なかったんだろ。半ばあれが未来の映像だと解ってしまったから、もう彼の気持ちを無視することも不可能だ。

 このクラスに二人居る美男子。その片方。我妻あがつまれいは品野・咲の幼稚園時代からの幼馴染だ。

 未来では二人はパーティを組んでとある会社に所属し、一軍としてダンジョンの攻略をしていた。

 彼等がやがて結婚をしたことを未来の俺は雑誌の特集で知る。その時の俺には既に金以外に大した関心は無かったみたいだが、だからこそ無感動にゆっくり捲られたページを読むことが出来た。


「……」


 浮気の時期は中学一年の最後。始まりは情熱的な告白からだったらしい。

 咲はその頃にどちらを選ぶかで心を揺らし、結局熱烈なアプローチによって俺よりも彼を優先するようになった。

 その頃となれば比較的安定し始めた時分である。学生であれば刺激的な体験をしたいと考えるのは、俺でも否定出来ない。

 だが、それでやってしまったのであれば終わりだ。彼女との関係は残念な記憶となり、未来の俺はそれ以降に女性と共同で何かをすることを極端に避けるようになった。

 トラウマか、憎悪か、その心の内を俺は知らない。――――今の俺には、奇妙なまでの冷静さしかないのだから。

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