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NTR人間、自身の末路を知る  作者: オーメル


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高校生17 会社の御令嬢

 サンライフ側の希望を断った報復に身構えながらの学校生活は精神の消耗を招いた。


 集中が乱れる回数が増え、自分でも解る程に何回も携帯を確認している。昼食はこれまで以上に一人を心掛け、見知らぬ電話番号から着信が来れば出る前に調べることも当たり前。


 用心することは大事であるとはいえ、俺の行動は幾らかは不審だ。前から一人であることを徹底していなければ話しかけられても不思議ではなかった。


 次の土曜を迎え、日曜が過ぎ、月曜になっても何も変化は無い。


 このまま時間が過ぎ去ることを願いつつ、でもそうはならないんだろうと確信していた。


 予言のアカウントは今も稼働している。


 人々は最早俺の情報を常識の一部に当て嵌めてきたようで、流す警鐘に即座に対応に乗り出していた。


 とあるニュース番組では俺の情報を一コーナーにまでしてお茶の間に発信し続け、なるべく視聴者数を稼ごうとしている。


 普通に無断転載なのだが、まぁ文句を言う気は此方にはない。ダンジョン発生に備えることが出来るのなら、俺にとってこんなことは些事の一つだ。


 オカルト界隈も俺の情報を多く扱っている。最近のトレンドは中国で起きるとされる異常現象についてであり、虚実の混じる動画には様々な考察が入り乱れていた。


 それらは決して間違いだらけという訳ではない。一部には正しい情報も混ざり、特に日本人は小説の設定を引用して中々鋭い意見をコメントしていた。


 これから世の中は漫画やアニメの世界みたいになる。それが和やかな作風なら良かったのだが、実際はやたら厳しいハードコアな作風だ。


 死にゲーに慣れている人間の方がこれから起こる出来事に納得し易い。逆にグロやら難しいゲームを避けていた人間には飲み込むのは難しいかもしれない。


 一つの命で、ゲームクリアを目指す。簡単な成長方法は存在せず、日々の積み重ねが自分の未来を切り開くのだ。


「……?」


 平日最後の放課後。


 学校に通っている間に面倒な事は起こらないでくれよと願っていた俺の耳に、周囲の喧騒が届いた。


 声の大きさは大したことはない。だが数が多く、正門近くまで行くと足を止めている生徒も見える。


 彼等の視線の先には一台の高級車がある。黒光りする凝った印象の車は横に長く、運転するのも一苦労に思えた。


 正門の前には横幅の広い歩道を挟んで車道がある。


 一時的に車を止めておけるスペース自体はあるものの、長い車体はどうにも目立つ。そもそも、見るからに普通とかけ離れた車が此処に止まった事は俺が憶えている限り無かった筈だ。


 嫌な予感が脳裏に過る。続けて危機を知らせる鐘が鳴り、本能はさっさと離れるべきだと告げていた。


 足を動かす速度を上げる。正門から出て直ぐに曲がれば車と向かい合うこともない。すたこらさっさと姿を消せば、後で何が起こったとしても知らぬ存ぜぬを貫ける。


 しかして、それは相手も想定していた。正門を抜けようとする俺の前で車の窓は下りていき、中に居る人物が顔を出す。


 三つ編みお下げの、丸メガネの少女。


 まだ幼さのある女が真っ直ぐに俺の前でにこやかな笑みを形作っていた。


「先輩! お待ちしていました!!」


 大きな少女の声は俺は勿論、周囲にも広がった。


 生徒達の視線が俺に集まり、近くで誰だアイツと声が聞こえる。


 頬が引き攣ったのが解った。絶対に起きてほしくなかったことが、今目の前で起きている。


「今からお帰りですよね? 丁度通りがかったので是非乗っていってください」


 車の扉が開かれる。


 少女は手で自身の隣の席を叩き、こっちに来いと目で語り掛けていた。


 その表情を拒否するのは、彼女の嫌に明るい声で難しい。間違いなく作った声でありながらも奇妙なまでに自然で、断れば大きな声で何故と駄々を捏ねる筈だ。


 お互い、相手との接触はこれが初めて。俺達は先ず自己紹介をするところから始めるべきで、間違ってもいきなりこんなにこやかにはならない。


 強引な手法だ。相手が自分を知っている前提でなければ意味が解らない。


 なればこそ、俺は息を吐いて思考を切り替えた。そして引き攣る頬を抑え、仲の良い女子に語り掛けるように笑みを形作って口を動かす。


「お、悪いな」


 慣れ親しんだ間柄が如く、スルリと車内に入り込む。


 扉を閉じた瞬間に車は発進し、多くの生徒の視線を集めながら俺達は去っていった。


 窓にはスモークが張られ、内部の状態を確認することは出来ない。走り出した直後から隣同士で座る俺達は無表情に戻し、桜にいたっては腕を組んでいた。


「用件は以前のですか」


「ああ、そりゃ勿論」


 中学生にしては低い声。彼女の目が此方に向けられる。


「親父の奴はお前の予言で日和ったよ。あんな真似までしといて温いと思うが、駄目で元々だったらしい。ちなみにあの件を直で流していたらこっちも黙って流す気だったぜ。……まぁ、悪かった」


「やはりそうなりましたか」


 個人情報を違法な手段で集めたにしては後の行動が遅いと思っていたが、そもそもあの社長は何かをするつもりなど無かったらしい。


 強気でいられないのは俺の最後の意味深な予言があったからか。相手よりも自分達の身のまわりに注意を割いていたと考えれば、動く選択を避けるのも頷ける。


 とはいえ、彼等が死ぬのはまだ先の話。一先ず自分は何でも知っていますという風で静かに言葉にすれば、桜はふんと荒く息を吐いた。


 社長令嬢にしては口が悪いな。


「親父は手を引いた。私にも関与するなと言われたが、最低限の説明は必要だろうよ。……それに私はまだ諦める気はさらさらねぇ」


「というと?」


「親父は何も情報を渡さなかったみたいだから私が言うぜ。今回こんな真似をしたのは、偏に私の所為だ」


 確かに護衛の佐久間からは何も話を聞いていない。


 そもそも話をする場に向かうことも了承しなかったのだから知らなくて当然だが、娘である桜の口から出て来たワードで納得した。


「親父は、私の足を治したかった。何人も医者に見せて、あるいは科学者を頼って、動かなくなった足を元に戻そうとしていた。でも全員に返された答えは不可能の言葉だけ。どいつもこいつも現代の技術じゃ生身の足を元に戻すのは無理なんだってさ」


「具体的な理由は?」


「足の神経を事故で断裂した。しかも両足に複数だ」


 俺は医者ではないので彼女の語る症状で大丈夫かどうかを判別することは出来ない。


 だが医者も科学者も匙を投げている現状、元通りにするのは不可能なのだろう。少なくとも現行の技術では無理だと彼女が直に言っている。


 普通の方法では回復は見込めない。事故の背景は不明であれど、彼女が車椅子で生活していたことは未来の映像で解っている。


 そして、彼女がサンライフの新社長になった時に二本の足で立っていた。なれば、彼女の足はダンジョンのアイテムか魔法で回復することが出来るということだ。


 俺も彼女の足を回復する方法が幾つか頭に浮かんでいる。今現在では全て用意出来るものではないが、時間さえあればまた歩けるようになるだろう。


「……話は理解しました。ですが、それで未来の情報をお渡しすることは出来ません」


「理由は?」


「貴方達にとっては不幸なのでしょうが、世の中にはその程度の不幸は有り触れている。……それに、貴方は別に絶望などしていないでしょう?」


「…………」


 内容そのものは理解した。


 少なくとも悪意を持っての行動ではないことは、未来で知った事実と合わせて信じることはできる。


 だが、それで治す術を教える気は無い。彼女には悪いが、そんなものは巷で溢れ返っているからだ。


 表に出ないだけで今の彼女よりも苦しい環境の者達が居る。更に言えば、未来ではこれまでの絶望を鼻で笑ってしまいたくなるような出来事が山程訪れる。


 俺が咲の浮気を大した出来事に感じないのは、ダンジョン発生がそれだけ絶望的になるからだ。


 個人で生きるだけでも精一杯の状況で家族を守るなら、他人なんて気にしている余裕は無い。


 生きて生きて、少なくとも父と母が老衰で世を去れるくらいの時間を稼ぐ。その後の事なんて最初から頭に入ってはいない。


 桜は足が動かない。それ自体は不幸でも、未来で死ぬことはない。


 なら大丈夫だ。俺が死ぬ不幸と比べればマシな人生を送れる。彼女自身が絶望していないのも合わせて、このままを歩めば苦しくても次に踏み出せるだろう。


「私には時間がありません。一日一日を大切にして、今日この日が平穏であることを噛み締めていたいのです。ですから、その時間を誰かの為に犠牲にしたくはないのです」


「時間がない?……未来を知っている奴が言うと気味が悪いな」


「――中国の件ですよ」


 強気な笑みを浮かべる彼女。


 絶望の素振りは見せず、あったとしても俺の話に理解は示していた。できれば嫌悪の一つでも見せてくれればやり易かったのだが、中学生の時点からどうやら彼女の精神性は強い。


 だがこの強さは、少々の不自然さを俺に与える。一歩間違えたら別の方向に思い切ってしまいそうな、危うい強さだ。


 何も言わずに全てシャットダウンすることは可能だ。無視して、互いに何も無かったとすることは不可能ではない。


 だが、彼女が思い切ってしまった時。我慢の限界を迎えて爆発した瞬間、巻き込まれるのは俺だ。


 そして彼女が事を起こした時、事態の収拾に俺は乗り出さなくてはならなくなる。


 そうなるくらいなら、彼女の望みとは別の餌を与えておこう。彼女の爆発を少しでも遅らせる為に。


「私が流した中国の予言。日本ではアレを嘘だと見る方が多いのですが、貴方も嘘だとお考えになりますか?」


「いんや?私は別にオカルトに理解がある訳じゃないが、アンタが嘘を流す質じゃないのは何となく解るよ」


「であれば、貴方の御父上にお伝えください。――――次は日本に来ると」


「……ッ、マジかよ!?」

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