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NTR人間、自身の末路を知る  作者: オーメル


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高校生15 対等に非ず

「……立花・翔は私のことですが、どちら様ですか?」


 低く、見た目相応の声で質問を投げる黒服の男に俺は答えを返す。

 僅かな逡巡は相手を警戒してこそだが、明らかに普通ではない人物が尋ねる質問が本当のものの筈が無い。

 相手は俺が此処に住んでいると確信している。そして、眼前の人物が当人であることも解っている。

 男は落ち着いた素振りを崩さない。手を前に揃えた状態を維持し、彼の背後には見知った外車が静かに佇んでいる。

 徐に男は懐に手を伸ばし、そっと一枚の紙を取り出す。

 緩慢な動作で差し出された紙は、社会人であれば御馴染みの名刺。佐久間(さくま)(ゆう)の名前と株式会社アイギスの社名が書かれた簡素な白い名刺を俺は受け取りつつ、警戒を更に強めた。

 

「ボディガードさんですか。 ……仕事の依頼をした覚えはありませんが」


「この度訪問させていただきましたのは、私共が護衛するある御方がお会いしたいことを希望したからです」


「私は会うつもりはありません。 ……少々お待ちを」


 この話は長くなる。

 そして誰にも聞かせたくない類のモノにもなると判断して、俺は母親と父親にちょっと出かけてくることを伝えた。

 幸いにも俺は食事を既に終えている。父親と母親は不思議そうな顔をしていたが、友達が突然話したいことがあるってとごり押しすることでまた外に出た。

 

「別の場所で話をしましょう。 近くにファミレスがあります」


 夜分に金持ちの人間が乗っているとしか思えないような車が家の前にある時点で近所に変な噂が広まる。

 接近するのであればもう少し普通の車で来てもらいたかったが、彼等からすれば俺側の事情をさして重要視していないのかもしれない。

 ファーストコンタクトの失敗は尾を引くものだと思うがなと内心で呟きつつ、俺と佐久間は車に乗り込んで近くのファミレスに向かった。

 車内はやはり高級路線を真っ直ぐに走っている。革張りの座席に、やたら多機能なカーナビや空調設備。足場にはカーペットめいた物が敷かれ、運転席にはもう一人の黒服の男が居た。

 彼等はグラサンを掛け、無表情を張り付け、何も目的を告げる気がないように思える。


 後ろの席に座ることになった俺は彼等の一挙手一投足を見つめた。

 車の運転なんて未来の映像でもしたことはない。免許を取ることもせずに近場のダンジョンに潜ることから始めた所為で、彼等がレバーを操作していてもそれが車の何に影響するのかが解らない。

 彼等が俺を攫う気なら、もうこの時点で成功している。大人二人の体格はボディガードを自称するだけあって逞しく、屈強な見た目から繰り出される攻撃は防御をしても俺の身体を痛めつけるだろう。

 俺も鍛えているし実戦をしていない訳ではない。時間さえあれば奇襲で無力化をしていたので、実際に戦闘になれば無力で終わるとは考えてはいなかった。

 けれども、やはり本職は本職。肉体が完成しきっていない俺では彼等の肉体と技術に遠からず敗北するのは目に見えている。

 

 俺は自分の足で詰みの状況まで進んでいた。

 ちょっと考えれば解る悪手を敢えて選択し、彼等の行動を観察することを選んだのだ。

 二人が誘拐犯だったなら降りた先で暴れよう。仲間が居る可能性は高いが、ダンジョンの化物と比較すればまったく怖くない。

 自分が冒険者になっていないとしても、網膜に焼き付けられた絶望はあらゆる悪意を凌駕してくれていた。

 故に心は落ち着いている。何なら笑みすら浮かべている。別に相手に不安を覚えさせることを目的としていないのに、ミラー越しに黒服の片方は俺の顔を見つめていた。

 

「二名でお願いします」


 結局彼等は誘拐せずにファミレスの駐車場で止まり、佐久間と俺の二名で店内に入った。

 店員は黒服姿の男とシャツとズボンだけの俺の姿に困惑していたが、気にせずに案内された四人掛けの席に座り込む。

 水が置かれ、周りに客の姿があまりないのを確認してから俺は脇のメニュー表を手に取った。


「それで、お会いしたがっている方とは一体誰でしょうか? 生憎、私は貴方達を雇えるような裕福な人物と繋がりが無いので見当が付きません」


「当然でしょう。 依頼主も直接の面識はありません。 貴方を一方的に知っているだけですから」


「それはどの程度まで?」


 佐久間もメニュー表を手に取って眺め、俺達は言葉を交わす。

 並ぶ料理は頭に入らず、捲っても一文字も覚えていない。別にやらなくても構わないのだが、ミスマッチに過ぎる二人がただ難しい顔で顔を合わせている光景は怪しさに満ちている。

 万一警察に通報されるのも面倒なので話を早く終わらせるべく俺は疑問を口にし、そして相手も隠し事をせずに相手の情報を話していった。


「貴方に関する情報は可能な限り収集しております。 名前、年齢といった詳細なプロフィール。 日々のルーチンワークや恋人と別れたこと。 ――――そしてとあるアカウントの持ち主であること」


「成程」


「我々の依頼主からは情報の開示を許可されております。 此方の資料を見れば、依頼主が誰であるかを御理解いただけるかと」


 佐久間はまたも懐に手を伸ばし、折り畳まれた一枚の紙を取り出した。

 サイズはA4。画像の一つも存在せず、書かれているのは依頼主達の端的な情報についてのみ。

 依頼相手は伊月(いづき)直史(なおふみ)。株式会社サンライフを経営する社長であり、家族構成は病死した妻と中学生の娘が居る。

 具体的な経歴まで書かれてはいるがそこに興味は無い。家を出る前に持って来た携帯で調べてみるが、表向きの情報に齟齬は見受けられなかった。

 サンライフと聞いて思い浮かべるのはテレビのCMだろうか。

 複数の病院や病人が登場する映像の最後に同じスーツ姿の男性が穏やかな顔で立ち、自身の製品である薬品を胸を張って紹介していた。

 

 製薬系の会社としては大手に属しているようで、携帯で調べた限りでは海外の製薬会社とも多数取引しているニュースがあった。

 それほどの会社規模を有しているのであれば、当然強引な手法だって取れる。

 俺は情報開示を受ける理由が無い筈なのに開示され、住所から咲の部分まで調べられた。プライバシーの侵害著しく、表に出れば騒ぎの一つにはなるかもしれない。

 だが、俺はあくまで庶民。相手と比べれば吹けば飛ぶような身分と価値しか保持しておらず、その気になれば目前の相手はもっと高圧的に迫れる。

 不利なのは紛れもなく俺だ。その点に一切の疑問は含まない。

 

 疑問があるとして、相手は丁寧な口調を崩さなかったことか。見る限りにおいて佐久間は此方を侮る気も無く、寧ろ対等であろうとしている。

 それが依頼者からの命令なのか、彼本人の意思なのか、中核を知らねば解らない。

 

「相手は解りました。 それで?」


「依頼者は直接お会いすることを望んでおります。 可能であれば、次週の土曜午前九時に我々が指定する場所に訪れていただきたいのです」


「何も知らされずに行けと。 都合の良い話ですね」


「……貴方であれば如何なる予定であるかを知ることも可能でしょう。 それが本物であれば」


「…………」


 相手の付け足した言葉に、初めて彼の意思を感じた。

 疑っているだろうとは思っていたが、佐久間本人はこの接触を本意には感じていない。

 オカルトなんて真面目な人間程疑ってかかる。これだけ様々な出来事を的中させたとしても、刷り込まれた常識が疑問と拒絶を抱いてしまう。

 ましてや相手は新人には見えない。ボディガードとして経験が長いのであれば、よりシビアに物事を考えて当然だ。

 そして、だからこそ解る。――――これは拒否することが可能だと。


「あちらの私を見せる気はありません。 このお話は無かったことに」


「それは自信が無いからですか? それとも対価を求めて?」


「どうとでも受け取ってください。 ……一つ言えるのは、私は私の都合で動いているのです。 それを邪魔する人間は、皆全て殺すまでだ」


 殺意の放出の仕方は未来映像で学んだ。

 同時に不審者達を相手に実践し、今この場で指向性を伴って佐久間に放つ。

 彼の眉が一瞬跳ねた。手は無意識に数mm腰に向かい、直ぐに周りの状況を理解して静かに息を吐く。

 俺がこの場で佐久間を殺すだなんて有り得ない。有り得ないが、佐久間からすれば相手はオカルトかもしれない存在。

 如何なる手法で襲われているのかが気付けなければ、先手を譲る形になるのは明白。

 相手の見た目が平凡だったからこそ、本当に人を殺してきたような殺意に過剰な反応を示した。

 これでもう本能の域で油断すべき人間ではないと解るだろう。この件を踏まえた上で依頼者とどのように動くのかを改めて協議するに違いない。


 相手は未来の情報を求めている。その札は人間にとってはあまりにも強過ぎた。

 とはいえ正体が割れてしまったのは俺にとってデメリットだ。相手が今回の件で俺のプロフィールを拡散するようになれば、家族を巻き込んでの大騒動に発展する。

 そうなればアカウントの運営どころではない。予言はその時点で終了だ。


「どうか賢明な判断をお願いします。 まぁ、でも」


 俺が何かしなくとも、誰かは死ぬかもしれませんけどね。

 最後の締め括りに、佐久間の目は僅かに開かれた。

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