高校生14 黒い車
告白など、自分の人生においては大したイベントではない。
中学の頃であれば緊張の一つも覚えていたが、人間の醜悪を幾度となく目にすれば期待はもうできなかった。
恋も愛も、決してお綺麗なものではない。友情や信頼は脆く、漫画やアニメで登場するような仲間同士で結束して大事を成すなど幻想の類でしかなかった。
綺麗なキスに何故人は憧れるのか。子供の時分では解らなかった感覚だが、今なら解る。
あれは現実的ではなかったから憧れるのだ。ロマンチストが求める理想の一つであり、ならば逆に世の中に綺麗なキスは殆ど存在しない。
男が女に処女性を求めるのは、やはり自分だけであることに特別さを感じていたからだろう。
自分だけを見て、自分だけと話して、自分だけとピンク色の感情を育んで、やがて愛の結晶を一緒に育てながら老後を迎えて共に死ぬ。
それが人生の幸福の一つとして、彼等は確信していた。確信していたから、中々どうして現実との折り合いをつけることが難しかった。
ユニコーンの思考なんてのが特にそうだろう。自分以外に恋人が居ることを許容出来ないのは、彼等がお綺麗なモノを求め過ぎた結果だ。
だからそれを捨てれば、どうしても冷たい感情になる。
より現実的な、等価交換を基本にしたやり取りや他者を搾取する理不尽性を有し、それらが今の社会を回していることは想像に難くない。
平和から遠ざかれば遠ざかる程にそれは顕著になっていき、ならばダンジョン発生直後は一番人の本性が表に出てきやすくなる。特に悪性が表に出て来るのであれば、周りの秩序の破壊に繋がるだろう。
それは俺の許容するところではない。
自分に関係無いのであれば目を逸らすだけで済むが、自身や家族にも降り掛かるのであれば俺は行動をしなければならないのだ。
相手を殺すにせよ、司法の力で裁くにせよ、その行為には多大な労が掛けられる。
だから何もないのを願うも――――世の中はやっぱり上手く回っている。
「…………」
登下校する道は何か予定が入らない限り常に一緒だった。
根岸の告白イベントが終わって距離を取られるようになっても、咲と小森が話をしたそうな表情をしていても、俺は一切を無視して機械のように同じ日常を過ごしていた。
同じ風景、同じ臭い、同じ人間。何度も何度も同じルートを歩いていれば意外に人の顔も覚えていくもので、建物や車といった物体も何となくで頭に入る。
この近辺に極端に金がありそうな見た目をした人間は居なかった。中層の人間と下層の人間が混じり合うように地域を形成し、見た目も各々の経済状況に合わせている。
だから、ルート上にある駐車場に置かれていた黒い車が嫌に目立った。
「外車……だよな」
車体の前面に付けられたシンボルマークは俺の知る限り外国の会社だ。
確か高級車を多く作り、主に富裕層向けに販売をしていた筈である。俺自身は車に興味なんて無かったから詳しく知らないが、ニュースで金持ちのインタビュー時に同じシンボルマークの入った車を何台もテレビに映していた。
日本にも輸入していたから此処にソレがあるのは不思議ではない。不思議ではないが、この地域の雰囲気とはあまりにもミスマッチだ。
周りが気にしていないのは、そもそも興味なんか無いからだろう。
自分に関りがあれば驚くであろうが、駐車場に止まっている程度の高級車を態々気にするなんて真似はしない。
これは俺がただ他とは違うと思っただけの話であり、気にするだけ意味が無かった。
それで終われば話はこれで終わりだった。けれど、その車は一日一日で位置を変えていたのである。
駅前、道の途中、コンビニの前、コインパーキング。どれも車が止まる位置としては定番ではあるものの、不自然なまでに誰かの視界に入るようにしている。
それが不気味で道を変えてみたのだが、暫く歩いた先でやはり黒い外車が姿を現した。
間違いない。あの車は、何かを目的として此処に来ている。
考えられる可能性は何だろうか。誘拐をするには車体が目立ち、隠れるのにも適していると思えない。
寧ろ積極的に姿を見せたがっているようで、じゃあ誰にと考えた段階で俺の脳に嫌な予感が到来した。
「相手の狙いは――まさか俺か?」
自意識過剰なのは百も承知。
他の人間を狙っている可能性は大きく、俺はそこに巻き込まれているだけだと思う方が普通だ。
けれど、今の俺には普通ではない理由がある。あのアカウントの持ち主を探したがる人間なんてごまんと居て、あの車の持ち主はそこまで見つけたのだ。
でも、俺は一切の風景をあのアカントに投稿していない。画像もダンジョンについての一枚のみであり、文面に住所が記載されているなんて事は万が一にも有り得ない。
考えられるとすればIPアドレスから辿って来たくらい。でもそれは一般の人間には難しい。
これが相手に迷惑を齎していたのであれば可能ではある。弁護士を通じて開示請求を行い、住所を見つけて慰謝料を請求する行為はネットでは日常だ。
だがあの予言は人を助けていた。犯罪者には多大な迷惑を与えてはいたものの、そちらは寧ろ悪党側が責められる筈だ。
なれば、残るは権力者同士の取引だろう。
未来を見る能力を占有したがるのは誰であれ必然だ。知ることの力は現代では特に強力で、単純な金稼ぎだけでも短期間で億万長者になることが出来る。
俺が自身を磨くことを第一にしている所為で能力の全貌が小さく思えるだろうが、拾い上げる情報の質次第でいくらでも幸福を追求可能なこの力は反則だ。
犯人は一つの組織だけか、それとも複数の組織か。どちらであるかは定かではないも、一応の警告はしておくべきなのかもしれない。
「注意喚起っと……」
帰りでも外車の姿を見る中、俺は家でSNSに文章を書く。
この外車が複数現れている状況で注意文を出すのは失敗かもしれないが、俺の気持ちを伝えることで僅かにせよ退いてくれるもしももある。
ついでにペナルティも設定して、その間に起きる被害は全て向こう側に押し付けることにした。
お前達がこんな事をするから被害を受ける人間が出るのだと教え、周りの連中で相互監視をしてもらおうという話である。
出来ればこれで過激になってくれるなと祈りつつ、俺は長文を送った。
俺のアカウントの知名度は今では有名人にも負けはしない。文章を消そうとしてもその前に情報は周囲に拡散していき、様々な意見が噴出する。
一日放置してから確認すれば、もうネットニュースでも取り上げられる程に俺の言葉は広まっていった。
大部分は俺の注意を肯定し、身元を隠す具体的な方法を教えてきている。
数少ない意見としては予言そのものを止めるべきだと語り、更には積極的に前に出て来てはどうかとも告げていた。
有名になる気の無い俺としては後者の意見は須らく無視だ。
兎に角、これで状況が落ち着いてくれることを静かに待ちながら俺は暫くを過ごした。
注意した翌日からは外車の姿は消え、以後もその存在は僅かたりとも伺えない。効果があったのだと内心でガッツポーズをしつつ、これで邪魔は消えたと口を緩ませていた。
けれど、俺の平穏はたった一週間しか保てなかった。
僅かな平和。少しの安穏。家族と仲良く夕食を楽しんでいた時間に、不意に来客を知らせるチャイムの音が鳴る。
俺が出るよと玄関を開けると、眼前に立っていたのは黒服姿の男。
頭髪の無い日焼けた肌の男はグラサン越しに俺を見つめ、そして静かに口を開けた。
「夜分遅くに申し訳ございません。 此方は立花・翔様の御宅でしょうか?」




