高校生12 進路希望
ストレスが溜まる時、解消する方法は二通りあった。
一つは純粋に鍛えている時。何も考えず、あるいは未来映像を思い出しながら肉体を磨いている間は最終的に疲労が最大限まで高まるので変なことは考えられない。
加えて言えばゆっくりと自分の身体に筋肉が表出していくと達成感も覚え、その快感がストレスの殆どを吹き飛ばしてくれた。
もう一つは、未来について考える時だ。
未来の出来事が現実に起きる前に自分に何が出来るのか、何を備えておくことが出来るのか。
これを携帯のメモ帳で纏めている間は奇妙な安心を感じることがある。自分は確りと前に進めていると実感しているのか、はたまた無情な未来と向き合っていける強さがあると再認識することが出来ているからなのか。
その答えは解らないけれども、変えることが出来ると確信している俺の意識は常に前を向けれていた。
未来の絶望し切った自分とは違う。ただ俺はあの映像の自分を否定する気は無いし、もし実際に話をすることが出来るならきっと休めと言っていただろう。
金は確かに無かった。冒険者の付属品として活動していなければ生きていくのは難しかったろう。
馬鹿にされてメンタルがズタズタになって、時には肉体的暴力を振るわれて、飯もまともに食べられていない環境じゃ長くは持たない。
そして結局、彼は呆気無く見捨てられて死んだ。あんまりにも哀れな末路は、それだけに同情を覚えずにはいられない。
この感情をきっと彼は向けられたくなかった筈だ。だから、俺は動く。
彼の為にも、俺の為にも。幸福な結末を求めて、一日一日を明確に踏み締める。
故に、高校二年の半ばまで来た段階で学校の教員が話し始めた将来の進路にも本気になった。
俺の最終的な職は冒険者。未来では公務員や正社員ではなくフリーターの枠組みに入ったソレは、ダンジョンの存在で最も多い職になった。
「今の内に自己分析や希望の大学、職種も決めておけよー。 三年になってからだとこういうのは意外と間に合わないもんだからなッ」
HRで配られた進路に関する資料は、他の高校と変わらない真っ当なことばかりが書かれている。
まだ中国でのダンジョン発生は起きていない。世間の騒がしさも段々と落ち着いていき、何も無ければ元に戻ることだろう。
担任の男子教師の言葉は未来を見据えた普通の言葉だが、まだ二年の生徒に数年先の自分の姿を想像するのは難しい。
この言葉の殆どが右から左に流されることはきっと教師も解っていて、もうその時点で優先すべき生徒の選別もしている筈だ。
教師は生徒に公平であるべきだとされているが、そんなものは幻想である。教師も一人間である以上、好悪によって対応を変えるのは往々にしてよくある話だ。
さて、進路についてだが。
俺の着地点が冒険者であるのなら、この資料には大した価値は無い。
在り来たりな社会システムの一部が記載されているのでまったくの無意味ではないものの、冒険者関係の道については勿論書かれてはいなかった。
冒険者になる方法は、未来の時点では複数の方法がある。
まず全員が通る部分としては登録作業だ。政府の用意した登録サイトで冒険者登録を行い、各県の市役所で本人確認を行った上で証明書を受け取る。
その時点ではモンスターを倒す前の状態でもOKだ。
道が変わるのはこの後。冒険者専門の学校に入学するか、身内の冒険者に直接教えてもらうかのニパターンに別れる。
冒険者学校では冒険に役立つ知識を学び、実際に複数の生徒でパーティを組んでダンジョンの上層で実戦を経験することになる。
最初は冒険者としての覚醒を行わなければならず、それが様々な理由で出来なかった場合は学校側から退学を勧められてしまう。
冒険者にとって覚醒は前提だ。出来なければ話にならない。
弾き出された者はそのまま普通の社会人になるか、或いは未来の俺よりも無謀な底辺サポーターとして暮らしていくことになる。
覚醒が出来ずに飛び込んだ冒険者の末路は、覚醒したサポーターよりも悲惨だ。
セーフティネットの類も無く、ただ無慈悲に搾取されるだけの存在として急速に死んでいく。
ちなみに身内の冒険者に教えてもらう方法だが、此方は運の要素が多分にある。
相手が寛容な人間なら根気強く教えてくれるものの、そうでないなら学校で弾かれるよりも早くに見捨てられてしまう。――けど、見捨てられるくらいならマシだ。
女であれば性的被害を受ける傾向が強くなる。冒険者にモラルなんて期待しない方が良い。外国の治安の悪い場所に居るくらいの感覚が正常だ。
男ならサンドバッグになるか、囮にされるかのどちらか。
事実が世間に露見すれば流石に捕縛されるものの、実力が飛び抜けていればなんだかんだ抜け穴が用意されている。
「てなると、俺は身内に教えてもらっている形になるのか」
放課後の教室で資料を眺めながら呟く。
未来の自分という随分反則的な方法だが、教師とするには参考になることばかり。俺が諦めない限りは何度だって教材を見ることは出来るし、大人としてのやり取りも直に見ることも可能だ。
人目の無い冒険者達の醜いプライドのぶつけ合いや、報酬の取引も幾度となく見ている。
これを一度でも見れば嫌でも子供らしさは捨ててしまう。青春なんて御伽噺の中の話で、しかしそれが現実だと俺は解らされた。
女と男の金銭目的の肉体関係なんてのも有り触れている。なんなら高位冒険者がダンジョンの中で行為に励むこともあった。
真っ当な冒険者なんて全体の二割か三割程度。それでも社会は彼等を受容し、何とか平常通りに動いていた。
就職先とするには最悪も最悪だ。この職の中で良いのは稼げる金額が高いことと、一軍や二軍の枠内に入れれば周りに尊敬されることくらいか。
権力も手に入るとのことだが、具体的にどんな権利が手に入るかは解らない。まぁ、創作通りであれば多少の犯罪行為を無視されるとかだろうか。
「まぁ取り敢えず」
長々と見ていた資料から顔を上げ、机の中に放り込む。
兎にも角にも、俺の知る冒険者のシステムが現実になるまで長い時間が掛かる。
あれらが実際に形になる前に中堅になっておけば、そんなに喧嘩を吹っ掛けられることもないだろう。
なんだかんだ冒険者は上下関係に厳しい。力で解決することが出来るなら、俺としてもそっちの方が気楽だ。
「進学はやっぱ無しだな」
「――どうして?」
「ッ!?」
本音を口にすると直ぐ後ろから声がした。
咄嗟に振り返ると、そこには鞄を手にしている根岸の姿がある。
今日も綺麗な亜麻色の髪を靡かせ、ブラウンの瞳に不思議を込めた眼差しで俺に声を掛けていた。
周囲を見渡す。長い間考えていた所為か、既に生徒の姿は無い。普段であれば俺も直ぐに帰っていたから彼女に会うことは無かったが、進路で変に長考してしまった。
「い、きなり声を掛けないでくださいよ。 吃驚したじゃないですか」
「あはは、ごめんごめん。 今日は居るかなーって顔を出してみたら、資料片手に何か悩んでたみたいだからさ」
傍目から見れば俺は進路に悩んでいるように見えていたのか。
変な言葉を口走らなくて良かったと内心で安堵しつつ、鞄を手に取って下駄箱を目指す。
だが、通り過ぎる前に根岸に右腕を掴まれた。振りほどこうとすれば簡単に振りほどける強さだったが、彼女の顔を見ると妙に真剣な表情をしている。
何か用がある。そう思わせる顔に、俺は溜息を吐いた。
「何か用があるんですか? 俺は帰りたいんですが……」
「ちょっと付き合ってよ」




