高校生10 歓迎しない昼食会
俺が映像で見た未来の一部。
ダンジョンが当たり前のように傍に居る現実を少しだけSNSで語れば、それだけで俺の周りの人々は喧騒の渦を巻き起こした。
連日連夜に渡ってニュースが流れている。
SNSのトレンドには必ず五位以内に俺の予言に関係するワードが並んでいる。
学校でも騒ぐ生徒が後を絶たず、誰かのパニックが誰かのパニックを誘発させていた。
だが一番に騒がれているのは、やはり発生地として指定された中国だ。向こうでは国を揺るがす事態としてニュースのトップを飾り、まさかの中国政府の国家主席がこの予言を公共の電波に乗せて否定している。
それらしき痕跡は一つも無いのだ。否定するのも当然である。
されど、昔から中国に関しては悪い話が後を絶たない。実際に何の証拠も無いと言われたとはいえ、ネットの人間は中国政府の発言を素直に信じないだろう。
ましてや予言自体は殆ど外れたことはない俺の発言だ。
結果によって信頼を手にした今のこのアカウントに、迂闊な否定の二字は燃料を投下するだけ。
中国国民もネットの話の方を信じているのか、国外脱出を開始して連日空港には多くの人間が詰めかけていた。
彼等の行く場所は世界全体であるが、実際に外に出られる人間は然程多くはないだろう。
遠からずどの国からも規制が入るであろうし、そもそも中国側が脱出を阻止するに決まっている。表だっては中国も出国に条件を提示すると思うが、その条件を殆ど満たせる人間はきっと出てこない。
必然的に中国国民は秘密裏に外部に脱出する他ない。捕まれば最後であるが、今のこの段階で挑戦するのは個人的に意味が無いとは言えなかった。
さて、そんな周りの状況をニュースやSNSで知った俺の活動圏内の騒がしさは、やはり近いが故にどうにも騒々しい。
思わず百円ショップで耳栓を購入して毎日付けているくらいだ。学校では穴からモンスターが出て来る現象からローファンタジー物じゃないかと早くもオタクが騒ぎ、そんなことに興味の無かった連中の関心を逆に集め始めている。
実際、現実にダンジョンが出現する状況はローファンタジー要素に満ちていた。
そのまま対処法についてまで自力で辿り着いてほしいが、絵空事が現実になるギャップに対応することは時間が掛かる。徐々に馴染んでいければ良いと思うものの、敵側がそこまでの猶予を与えてくれるとも考えられない。
「……行くか」
特に騒がしくなる昼休みの時間。
俺は最近になって上達してきた弁当を手に人気の無い屋上近くの階段に向かう。
屋上に出れれば良いのだが、残念なことに屋上は確りと施錠されて鍵は職員室だ。誰かが合鍵を持っているなんて展開も無く、近くに教室も無いお蔭で隠れて何かをするにはぴったりである。
最近では俺が昼休みに使うことが多く、喧騒が遠くなるのは個人的に有難い限り。
だから、今日も普通に過ごせるだろうと思っていた。しかし実際に階段の近くまで来た時、耳栓を抜いた俺の耳は二人の女生徒の声を拾ってしまった。
「――でさー。 ずっと信じてなかったお父さんが最近はなんでか一番信じてるみたいでね。 この前なんか防犯グッズ入りのリュックを四つも買ってきたの。 ウチの家三人なのに」
「余った分はどうするの?」
「わっかんない。 しかもリュックを買ったのも二回や三回じゃなくてさー」
二人の声の雰囲気は険悪そうではない。
秘密の会話でも無さそうだし、単純に俺と同様に喧騒から離れたくて此処を見つけたのだろう。
こんな場所からは離れた方が良い。足は当然の動作として踵を返すが、そんな俺の思いも無視して誰かの駆け寄る足音がした。
「おーい! 一緒に御飯食べなーい!?」
声の持ち主は根岸だ。俺に向かって手を振りながら駆け、もう片方の手にはレジ袋がぶら下がっている。
顔面が引き攣った。この状況でそんな大声をかけられるのは状況的に最悪過ぎる。
だが現実は無情だ。根岸の声に階段に居た連中も確認の為に動き出し、此方へと顔を出してしまった。
「ん? ……あれ?」
「あ……」
二人居た女生徒の片方は知らない人物だった。
だがもう一人は、俺の顔を見た瞬間に大きく目を見開く。俺としても胸中の驚きは強く、何とか表情を抑えるのに全力を傾けた。
そして根岸も俺以外の人間を見つけたのだろう。あれ、と言葉を漏らして不思議な顔で俺と彼女達に目を行き来させていた。
「あれ、もしかしてもう予定あった感じ?」
「……いえ、偶然ですよ。 ええ、勿論」
「……なんか怒ってない?」
タイミングが悪い。思わず言いそうになった言葉を飲み下し、小さく溜息を吐いた。
「先輩。 ご友人から誘われてはいないんですか?」
「誘われてたけど今日は断ったよ。 今日こそ君と昼御飯ッ、って気持ちだったし」
「いや、そっちを優先してくださいよ。 俺は一人で飯を食べたいんで」
相変わらずと言うべきか。根岸はまだ俺に関わろうとする。
三年になってからはますます告白される回数が増えたそうで、しかし彼女はその悉くを興味無いの一言でばっさり切り捨てている。
そうなれば敵も増えそうなものだが、彼女に気にした素振りは一切無い。仮に敵対したとしても返り討ちにしてやると言わんばかりに、その表情は自然そのものだ。
彼女の最優先事項は、何故か未だに俺である。俺と仲良くなることをえらく望んでいて、そんな彼女を振るのには苦労させられた。
最早、彼女が離れるには俺は最悪の選択をしなければならないのだろうか。未来を思えばメンタルブレイクされる人間は一人でも少ない方が良いのだが。
「あ、あの!」
そんな俺達のやり取りに、今一番関与してほしくない人間が声を発した。
元カノである咲は俺と根岸を交互に見やり、一度顔を伏せてから何かを決めたように上げる。
「良かったら、皆で食べませんか。 目的は一緒みたいですし」
その提案に俺の眉が無意識で顰められた。反対に根岸は目を丸くして、そして直ぐに笑みに変わる。
この流れはまずいと声を発そうとしたが、根岸にとっては渡りに船。この機会を奪われてはならぬと早口で言葉を紡いだ。
「いいね! 私は三年の根岸・小夜って言うの、皆は?」
「二年の品野・咲です。 此方は友達の小森・盛です」
「どうも! ……で、そっちの男子は立花だよね?」
「そうだが、なんで知ってるんだ?」
「クラスメイトでしょ……」
俺の疑問は呆れ声で返された。
あー、と俺は誤魔化すように後頭部を掻いたが、向こうからの心証は少し悪くなったようだ。そりゃ同じ教室の奴の名前も碌に覚えていないなんて流石に非常識である。
しかし残りの二人が動いたことでこの四人で階段での昼食をすることになった。
四人の内、弁当なのは俺と咲だけ。他は売店で購入したのかパンとお菓子が目立ち、とてもではないがあれで十分には思えない。
小森と呼ばれたおさげ髪の少女は快活で、初対面である筈の根岸ともぽんぽんと会話が進んだ。
時折咲も混ざることで三人だけの輪が出来上がり、俺は完全に除外された形になる。会話をしなくて良いのは助かるも、この状況を他の男子に見られたらきっとただでは済まないだろうな。
「先輩はあのアカウントのことはどう思ってるんです?」
「予言のでしょ? ……うーむ、正直よく解らないんだよねぇ」
元から二人は今時の女子だ。
話題も流行に寄り、こうなった元々の元凶である予言を小森は根岸に訊ねた。
咲も気にはなっているのか目はそちらに向けられ、俺としても突き放してばかりだから少しは気になる。
「自分でもちょっとアカウント見てみたんだけど、あんまりにも正確でさ。 周りは凄い凄いって言うし私も凄いとは思うけど、同時にちょっと怖いって思ってもいるの」
「怖い、ですか?」
「そ。 そもそもの話、あれってなんで皆に教えてるんだろうね?」
真顔となった根岸の問いに、小森は首を傾げる。
話題のアカウント。誰かの不幸を知らせ、そこから逃げる術を教えてくれる有難い存在。
基本的にあのアカウントは良い存在だと思われているが、深く考えている奴には異質で不気味な印象を与えているのかもしれない。
何せ行動理由が開示されていないのだ。それっぽい理由も俺は敢えて提示してはいなくて、けれどもこんな身近でその疑問を口にする存在に出会うとは思っていなかった。
「予言が出来るんなら自分で独占すれば良いじゃん。 誰にも知られなければ金持ちになるのも簡単だし、人前で助けたりすれば周りからちやほやもされるっしょ。 実は裏で金儲けはしているかもしれないけど、少なくとも自分は予言者ですってアピールをするにはこのアカウントはちょっと機械的だよ」
これまで、身近な第三者の意見を俺は聞いたことがなかった。
正体を明かす訳にはいかず、何より他人が知ることによるデメリットの方が遥かに高かったからだ。
故に彼女の言葉は参考になる。このまま無言で話を聞いてみるのも良いかもしれない。
そう思って更にだんまりを決め込んだ俺に、不意に根岸は視線を向けた。




