高校生8 流れ行く一年を振り返って
高校一年の冬。
流れる時間は矢の如く過ぎ去り、その間にも未来への準備は進んでいた。
日々の鍛錬は当然として、経験値を積む為の不審者や犯罪者との戦闘。未来情報を使った予言アカウントの知名度上げ。
犯罪者や不審者はなるべく道端で仕留めることで警察との関りを回避した。
具体的には夜や夕方の時間といった人気の少ない時間に限定し、誰かが襲われた際に介入して無力化させている。
マスクを付けることで顔の大部分を相手に視認させず、被害者にも認識される前にさっさと姿を消した。
コンビニでの一件で恩を感じさせるのがどれだけ面倒なのかを理解したのだ。そうなるくらいならさっと制圧してさっと居なくなった方が面倒も少ない。
なんだかやっていることが暗殺者めいているものの、迅速に敵を倒す練習としては十分だ。
ただ奇襲が基本となるので正面戦闘の経験は足りていない。こればかりは本番で積んでいく他にないだろう。
最近では学校や家の近所で噂が流れている。
警察が来る前に犯罪者達を捕縛する善意の人間。動画投稿サイトやSNSにそれらしき情報が無いことで知名度目的ではないと判断され、世間で言うところの正義の味方のように扱われている。
やっていることは私刑に近いので警察としては飲み込めるものではないが、世間的にはやはり助けてくれる誰かが居ることは歓迎しているのだろう。
そして、誰かを助ける点で言えば予言アカウントもそうだ。
既にフォロワー数は三十五万。SNSの予言関連を軽く調べてみると、誰もが俺のアカウントについて個人的な意見を述べている。
爆発的な増加の原因は、やはり動画投稿サイトだ。
他のオカルト系投稿者達が俺のアカウントを紹介し、それが切っ掛けとなって多くの人間の注目を集めることになった。
的中率は現時点で十割。詳細な情報ばかりが記されている所為でこれは違うと言い張ることが出来ず、ついには信者めいたものまで出現していた。
何かしらカラクリがある筈だと俺のアカウントを否定する発言も多いが、そんなもので現在のこの流れが変わる訳もない。
海外の人間も多数参加し、翻訳して読む限りでは外国の投稿者も俺のアカウントを紹介していた。
『このアカウントの持ち主がもしも本物だったら、今直ぐに政府はこの人物を雇うべきだろうね』
その言葉は多くの賛同者を集めている。反対に俺は勘弁してくれといった気持ちの方が強く、バレてしまえばもう安息とは程遠い生活を送ることになるだろう。
ダイレクトメールにも数限りない予言依頼や感謝の文も届けられている。
そのどれもに返信することはないものの、事前情報によって難を逃れることができた者達からの感謝には胸の内が暖かくなった。
俺のやったことに意味はある。そう確信することは、未来に不安を覚える身として有難かった。
同時、これで俺の発言でダンジョンに備えさせることも可能な範囲に一気に近付いた。まだ荒唐無稽な部分はあるも、中国でのダンジョン発生の流れで伝えれば皆備えてくれるだろう。
主目標までの道は今のところ順調だ。
妙な介入も現時点では見つからず、俺にも大きなストレスを齎すことはない。
けれど、じゃあ私生活で何も問題が無いかと問われれば答えは否。寧ろそちらの方がストレスを溜め込む原因が集中していた。
「おっはよう!」
学校に向かって歩いていると、突然背後から明るい声が響いた。
肩を優しく叩き、その人物――――根岸は俺を追い越して振り返る。その表情は日常的に見る笑顔であり、この高校一年目の中で一番関りが増えるようになってしまった。
そして、彼女が俺のようなぼっちに挨拶をすることで自然と他の男子の注目も集めてしまう。
大多数が嫉妬に塗れた目で睨み、仲間の居ない俺はそれを気にしない風で無視するしかない。
「おはようございます」
「もう、何時も硬いよ! もっと軽くて良いからさぁ!!」
「あはは、まぁ、そのうちで」
彼女が友好を温めようとしていることは解っている。
そこに多分に吊り橋効果めいた法則が働いていることも。助けられた恩は、若ければ若い程に案外深いものとして捉えがちなのである。
助けてくれた人は普段の何倍も魅力的に見え、恐怖や緊張で五月蠅い鼓動を恋の到来と勘違いしてしまう。それを指摘してもあまり信じてくれず、故に日常的に距離を置いて元に戻していくしかない。
未来から齎された知識を利用した処世術。それは主目標を果たす上では都合が良かったが、相手が普通ではないと一気に難しくなってくる。
根岸もまた他とは違う性質を有していた。彼女の場合、どうにも距離を置かれていると思っていないようなのだ。
それが未経験故のものか生来の鈍感さからくるものなのかは定かではなく、俺は最後にして最悪の手を切らずに今日までそのままにしている。
「そのうちでって、何時もそれじゃない。 今日こそは飯の一つでも一緒に食べようよー」
「根岸さんは何時も呼ばれているじゃないですか。 そちらの方を優先すべきだと思いますよ?」
「そりゃそうかもしれないけどさ。 でも別に、君も混ざって食べれば良いじゃない」
「ああいう雰囲気は苦手ですので。 それに知らない人が入っては困ってしまいますよ。 特に自分、友達とかいない奴なんで」
根岸の誘いは、基本的に複数人になりやすい。
仲の良い女友達だとか、好意を持っている男子達だとか、あるいはその両方。
どれも彼女を中心とした集まりであり、先輩ばかりの集団は俺には少々難度が高い。それに向こうも明らかに陰キャめいた風貌の男が現れれば困惑する筈だ。
現時点でも違和感が強いのに更に状況を悪化させたくはない。そんな思いでの断りだが、彼女としては納得出来ないのか頬を膨らませた。
「私の友達にそんなの気にする奴はいないと思うけどな。 そりゃ、ちょっと揶揄われるかもしれないけど、別に悪意がある訳じゃないし」
彼女は本当に、良い付き合いをしているのだろう。
周りも彼女の雰囲気に当てられて光属性に覚醒しているのか、積極的に輪を乱す気は無さそうだ。
だが、男子連中からは間違いなく俺は睨まれる。何度も他より仲の良い雰囲気を作られれば、放課後あたりに呼び出されて調子に乗るなと闇に覚醒しそうだ。
大人としての自分の映像を見たからか、若々しい人間の感情がどうにも俺には過剰に見える。
恋愛なんて所詮は一過性のものに過ぎず、維持するには互いの努力が必須だ。何時までも熱に浮かされた状態になんて絶対になれず、故に倦怠期の間こそが最も別れる危険を孕む。
友情も同じく、協力や同盟も同じ。
誰かと誰かが関係を構築していくなら、互いがそれを続けていこうと思わねばならない。
それが俺には面倒に感じている。愛情や友情を否定する気はないが、俺の肌には合いそうにない。
こうなったのは浮気が原因か、はたまた未来で一人の自分がある意味好きなように選択することが出来ていたからか。
どんな真似をしても、最終的には自己責任。
知らずに誰かのやらかしが自分に降り掛かるくらいなら。
ミスをすれば全て自分で解決せねばならないが、自己管理だけで生活を安定させることが出来るならその方が良い。
俺は彼女の誘いの言葉を何とか躱しつつ、その日も無事に一日が過ぎた。
一年も終盤。二年になればいよいよファンタジーめいた事件が始まる。いきなり溢れ出したモンスターの軍勢は殺戮を繰り返し、僅か数日で戦争時並の死者が生み出されていくだろう。
それを未然に止める術は無い。これからはモンスター対人類の構図となり、日本人は特に逃げることを第一として行動していくようになる。
それが間違いだったと気付くのは、日本にダンジョンが出現してから。
俺のネット活動もかなり重要になる。遊ぶ時間なんて最初から無かったが、もっとシビアな活動を求められていくだろう。
――運命の日は、確かに俺の前に現れようとしていた。




