冒険者76 異世界の常識
オッジとの出会いから早二日が経過した。
俺自身の状況は訓練生から患者に変わり、教官のような立ち位置の男性からも長期は無理でも短期の休みをもらうことに成功している。
医師の方は厳しい言葉が多かったが、教官は訳を話せばそれなりに理解も示してくれた。
訓練で怪我を負うのは当然といった態度を取りつつも、実際に怪我や病気になれば即座に休みを入れて早期の回復を命令したのである。
戦闘を主軸とした組織である以上、肉体が資本となるのは道理。その資本に傷が入ることは本人の進路に影響が出るのは勿論、組織そのものにも影響が出る。
俺の場合は休んで何とかなるような話ではないが、一応は負傷による記憶喪失だ。休んでいればもしかすればと考え、教官が休みを入れるのも頷ける話だった。
この部分はまるで冒険者のような考え方だ。
お陰で俺はオッジの案内で自分の部屋で休むことが出来て、更に常識を学び直す為の手段も手に入れた。
それはオッジが暇潰しにと教えてくれた本屋の存在だ。図書館のような建物はやはり国が運営しており、使える人間は騎士団や貴族に王族に限定されている。
戦士団は先のオッジとの会話で平民を中心に組織されていて、残念ながら図書館を使う許諾が下りることはない。
その代わり、戦士団には市井の中にある本屋で立ち読みをする権利がある。
持ち出して外で読むのは出来ないものの、本屋の内部にある休憩スペースのような場所で座って読む分には何の咎めも受けない。
戦士団に所属していることを証明する銅のカードを店員に見せることで使用可能になり、追加で金を払えば飲み物や食べ物も出してくれる。イートインエリアを想像すれば、本屋の内部構造も解り易いだろう。
本屋にある本は、基本的には整理もされていないし状態も悪い。
今にも破れてしまいそうな紙をゆっくり捲り、インクが薄くなっている文字を何とか読んでいた。
その結果解ったのは――この国がマリーザが語る黄金国家であったことだ。
この国の歴史本が真実であれば、この国は金属や宝石類が眠る鉱山地帯を多く保有していた。それは近隣諸国が喉から手が出る程であり、これを巡っての争いが幾度もあったらしい。
だがその全てをエル=ラクムは跳ね除け、逆に相手の国土を自身の国土に変えて大きくした。
中世どころか近代でもあるあるな話だが、黄金国家自体の始まりはあまり大きくないようだ。それを戦によって拡大することに成功したのは、ひとえにリソースの割り振りを徹底していたからなのだろう。
莫大な資金源を娯楽に浪費せず、蓄えながらも戦力増強に使った。その果てに現在のエル=ラクムが誇る黄金騎士団が生まれ、武闘派の貴族も数多く生まれている。
そして、戦士団も国が税金を投じて作られた騎士団の下部組織だ。主な役割は治安維持と、国家内のモンスター討伐を主に行っている。
基本的に警察に近いシステムを備えているものの、上からは軽視されがちだ。
実力的に騎士団の方が強く、平民ばかりなので身分的に弱い。騎士団所属の騎士達は幼少から鍛えられているようで、最初から土台を作れるならそれは向こうの方が強くなりやすいだろう。
更にこれは確定情報ではないが、貴族が平民に知らせていない能力の存在があるらしい。これによって一発逆転も狙えるようで、それもまた戦士団の弱さに繋がっていた。
同じ国を守る為に作られた組織であるにも関わらず、妙な階級差別が組織同士の溝を深くしている。
これを解決するには意識改革をしなければならないのだが、中世基準の人間ではそれは望むべくもない。だって上の人間からすればこれで順当になると思っているのだから。
上の命令を下は当然の如く従わなければならない。もしも無視するなら、それを理由に殺すことも上は厭わない。
ハラスメントにしては過激に過ぎる。まともな貴族は探せば居るのかもしれないが、探さなければ見つからないのであれば居ないも同然だ。
唯一の救いはお膝元がまともな部類であることか。
貴族階級として平民と対等にはなれないが、だからといって無為に戦士団を非難する真似もしていないらしい。
著者が見聞きした情報では、冤罪になった平民を助けて真犯人側の貴族の家族を全員処刑にしたそうだ。
処罰にしてはこれまた過激だが、この時代で冤罪を掛けられるのは死も同然。それなら平民の名誉回復を狙う為、確りと処分をした方が良いのだろう。国としても不祥事を起こす人間が居てほしくはない。
下手に生き残らせて新たな火種を生むくらいなら、最初の段階で切り捨ててしまった方がずっと楽になるのだろう。
悪は芽の内に根絶する。その姿勢は俺も賛成だ。犯罪者に温情なんて与えるべきではない。
「ってもなぁ」
部屋の中、狭い狭い一人部屋に寝転びながら考える。
木製のベッドは本当に最低限の機能しかなく、この身体の持ち主はあまり室内の状態をどうにかしようとは思っていなかったのだろう。
木の扉もボロボロだ。碌な修繕も行われずにそのまま放置され、金銭が入った小さな巾着袋はベッドの下の隙間に放り込んで形ばかりの防犯対策をしていた。
寝るにしては安心感は欠片も無い。此処が俺の自室であれば調べれば直ぐに解るだろうし、危害を加える気なら簡単に襲えてしまう。
この辺も改善したいのだが、巾着袋の中身の金額が全てなら街で見た商店の食品を幾つか買って終了だ。
別に金策が必要である。そして、その方法は戦士団に居るだけでは行えない。
副業不可とは酷い話だ。時代が時代なら即辞職案件である。
向こうとしては本業に精を出してほしいのだろうが、だとしても生活環境からして最悪だ。
壁は薄く、食堂はあっても出て来る物がお世辞でも美味いとは言えない。ヤンキー漫画よろしく喧嘩は絶えず、おまけに上下関係は本当に厳しい。
訓練生だから立場としては下っ端も下っ端。如何に将来有望であろうとも、こんな場所に長く留まっては芽が出る前に潰れかねない。
実際、本当に潰れてしまった人間も居るのではないだろうか。
生死がかかる職である以上は厳しくなるのは仕方ないだろうが、これはそもそも厳しくするかどうか以前の話な気がする。
「というか、何時戻れるんだ?」
現状が厳しいのは解った。
覆すには時間が必要だとも。しかし、そもそもの原因が何なのかが解らない。
ソア。俺と何かしらの繋がりのある人物。見ただけで随分納得された様子から、容姿については然程離れてはいない筈だ。
実際に水汲み場で顔を確認した際にはまんま俺だったので、少なくとも嘘八百の類ではないのは事実だろう。
オッジのことも気になる部分だ。俺と戦った時の姿と比較して、この時代のオッジは名前が一緒なだけの他人にしか思えなかった。
あれが成長するとあの筋骨隆々な偉丈夫になるのだろうか。現時点で俺と同じ細身なだけに、中々疑問を覚えてしまう。
だがここで重要なのは、この場が過去であること。
あのオッジが未来のオッジであるならば、俺が現在進行形で体験している時間軸は過去になる。
これまで俺は未来を見ることは出来ていたが、過去を視認することは出来ていなかった。それどころかこうして体験することも出来ていない。
考えられる要素は、やはり俺の肉体に宿っている神の眼だ。
あれが能力の範疇ではないのは解っているが、技能の領分ともいまいち考えられない。確かに数多くの技能の中には予言や未来視といった時間に関係するものがあるにはあったし、それと並ぶくらいに不可思議な現象を起こす技能も存在する。
しかし、これは最早俺の直感だ。あの技能にはそのどれとも一線を画する性能が備わっている気がする。
それこそ神と呼ばれる程の破格の力が。
『――その通りだ、翔』
刹那、世界が灰色に染まる。
音という音が止まり、俺の頭に直接誰かが語り掛けてきた。




