冒険者66 外と内の違い
巨大な鉄塊が頭上から落ちてくる。
地面に激突する前に鉄塊すれすれを跳ねて上に回避し、その鉄塊を振り落としている巨人の腕に着地。
鎧の巨人は天然ものとは思えない程確りとした見た目をしていて、人間サイズに縮小すれば誰かが作った人工物にしか見えないだろう。
だが、その鎧こそが巨人の肉体だ。内部は完全な空洞であり、弱点は伽藍洞の胴体に浮かぶ青いクリスタルである。
動きは鈍重。内部に入った場合の対抗策は無し。クリスタルが大きい所為で力技で破壊するのは難儀するが、砕けない訳でもない。
特殊な攻撃方法も特に無く、つまり相手の武器はその大きい体躯だけ。一撃が範囲技になるのは脅威ではあるものの、ただ武器を振るうだけの独活の大木を攻略するのは簡単だ。
戦士職に囮をしてもらい、俺は巨人が背の高い建物に近付いた段階でその屋上から飛ぶ。
巨人の首回りには隙間が幾つか存在し、その内の一つに入り込めば暗い穴の中で仄かに光る青いクリスタルが視界に映る。
力を入れ、真下から全体重をかけてクリスタルにナイフを強引に入れた。
強度の不安はあったが、クリスタルの方が力負けをして半分程砕ける。途端に巨人が暴れ始めるも、一度完全に破壊された物を元に戻すのは不可能だ。
股の部分まで落ちて引っ掛かりに手をかけ、倒れる衝撃に眉を寄せる。
完全に沈黙した段階でゆっくりと横に倒れた鎧の隙間から身体を抜け出すと、直ぐに他の冒険者が近寄ってきた。
座り込んで大丈夫だと手を振ると、相手は安心したように息を吐く。
『レベルが上昇しました』
突如目の前にシステム画面が開かれた。
ナラのものとは異なる機械的な文は俺の更なる成長を教え、更に他の人間を突き放す。
本当であれば俺だけが突出するのは良くないのだが、今回は事情が事情だ。一緒に来ている冒険者達も解っている者の方が多いから文句も少ない。
それどころか率先して討伐を行わせてくれるのだから、本当に感謝だ。
この道中で倒したのは巨人が三体に、妖精を十体、小鬼が二十に大型の獣一体。これだけ倒して漸く一つだけレベルが上がり、効率の面で考えれば論外の域である。
やはり最速最短でレベルを上げるにはダンジョンに潜った方が良い。あちらの方が手に入る経験値量が多くなる。
その分危険だが、今の俺には臨時のパーティーがある。榊原達を有効活用すれば二十には届くのではないだろうか。
「……ふぅ」
移動を再開しながら息を吐く。
身体の調子は一つ上がったくらいじゃ改善しない。他の面々には見せないようにしているが、一回でも戦闘を行うと倦怠感が嫌でも増えてしまう。
歩けない訳じゃない。取り繕えるくらいには平気だ。
それに不安を吐露する資格は俺には無い。自分で放棄したのだから、これで弱音でも吐いたらあまりにも情けない。
決めたなら突き進むのみ。その果てで苦しむと解っているなら、飲み込んで耐えるのが人生だ。
歩いて、歩いて、敵の襲撃があれば率先して前に出て。敵が弱いお蔭で数が多くても殆ど一人で倒し切ることが出来てしまい、周りからは徐々に頼りになる視線を向けられる。
不調でもこれだけ戦えるのか。いや、もしかしたらまだそんなに大して厳しくないかもしれない。
周りの人間にそう思わせてしまうことになるが、これ自体は仕方がない。それでも榊原には心配の眼差しを向けられてしまう。
やがて夜を迎え、適当な廃墟で俺達は一晩を過ごすことにした。
今回はあまり生活音や臭いを出したくないので、食べ物は全て缶詰だ。それでも市販品故に味は不味くなく、余程舌が肥えていなければ十分美味く感じられる。
俺は今回も交代で警戒する面子の中に含まれなかった。
榊原がリーダーとして纏め、碌に戦果を稼いでいないのだからそれ以外で役に立とうと周りの人間に言ったのである。
ともすれば睨まれかねない台詞だが、実際にその日は俺が一番戦っている。例え裏の理由として俺のレベル上げを目的としていても、確かに他の冒険者にとっては比較的今日の道程は楽だったろう。
だからか、誰も榊原の発言に否を言わなかった。そこにはきっと、こんな場所で争う訳にはいかないという理性も働いていたに違いない。
冒険者として強くなりたいなら、我の強さは必要だ。
しかしそれは組織の中で動く上では自分勝手と認識されやすい。仮にその人が活躍していたとしても、本人が自由主義を過度に貫けば周りの人間が割を食うことになる。
なのでこの時間軸の中で、ギルドは理性を優先させていた。自国が厳しい環境ではないからこそ、一時的な成果よりも安定した運営を目指したのである。
だがこれがこの国の特徴になるなら、他国に舐められる可能性はあった。
特に強さを何よりも優先すると定める国が生まれれば、途端に質の意味で日本は敗北者に転落するだろう。
今はまだ、俺達に情報というアドバンテージがあるから理性を保てる。このアドバンテージがまだある状態で、俺は今回選んだ冒険者達の質を世界一に等しくしなければならない。
廃墟の中で俺は壁に寄り掛かって目を閉じる。
熟睡は出来ないが、何かあった際に直ぐ動けるようにしておかなければならない。
寝れる時に寝るのは社会生活でも必須とされているが、俺達にとっては死活問題だ。頑丈な肉体に任せて休息を怠る例は未来では多かったようで、肝心な場面で判断力を鈍らせてしまっては勝てる勝負も勝てなくなってくる。
元々肉体労働を基本にしている冒険者達もそれは一緒だ。
俺と同様に各々で休息の形を取り、僅かな人間が廃墟の入り口や窓の傍に寄る。
この建物は一階建てであり、サイズは小さく入り口と窓の数も少ない。現状の俺達でも全部をカバーするのは容易であり、しかし廃墟自体が小さい所為で少し窮屈だ。
交代交代で回していく為には仕方がないとは思う。それにどうせ、夜が明けるまでしか此処には滞在しない。
『……』
誰も会話らしい会話をしない。
目を閉じて視界は真っ暗になり、聞こえる音は建物の軋みや冒険者達の息遣いのみ。
時折遠くから動物かモンスターの遠吠えが聞こえてくるが、すぐ近くで何かが動き出す音は聞こえてこなかった。
環境故か、それとも自身が警戒をし過ぎているだけか、思った以上に眠気は訪れない。
身体を休めてはいるので疲労は少しずつ抜けている筈だが、それでもこんなに休めていないとなると後々に悪影響を齎しかねない。
直ぐ傍では寝息が聞こえてきた。こんな場所で即座に寝れるのは流石だ。
仕方ない、次の交代時には俺が自分で申し出よう。上手く眠れないのなら他の人間のパフォーマンス向上に役立てるべきだ。
その後、数時間は静かな時が流れる。
交代時間が来たら俺は目を開け、冒険者が次の人間を起こす前に自分が代わると伝えて予定を変更。
起こそうとした人間が俺の秘密を知っている人間ではないのは良かった。今回の俺は、あくまでも表向きには質が良いだけの人間と見做されている。
新人を早期戦力化する過程で俺の能力は他よりも突出していることにして、特別任務を老人に表向きは出してもらったのだ。
真実を知らない側はそこまでの存在なのかと懐疑的だったかもしれないが、最初の戦いで少なくとも足を引っ張ることはないと理解してもらえた筈。
勿論、冒険者の実力とは何も強さだけではない。総合的に判断せねば、思わぬ落とし穴に嵌まって実力を見誤る可能性もある。
「――あれ、どうしたのですか?」
入り口側で俺が警戒の為に起きていると、囁くような小さな声が掛けられた。
顔を皆が寝ている方に向ける。その先で小さな灯りを照らす榊原が困惑の表情でこちらを見ていた。




