冒険者64 未来近似の崩壊世界
ナイフを振るう。
軽く、力を入れ過ぎず、全力とは欠片も言えない程の威力で小鬼の身体を切断していく。
常人では肉体を切るのは苦労する。肉や魚を捌いてみると解るが、生物の肉体を狙った方向に切るのは包丁一本だと酷く力が必要になる。
骨や筋肉が阻害することで完全な切断を難しくしていき、必然的に効率重視の解体方法を皆が学んでいくことになるのだ。
中学高校の頃の俺なら小鬼の身体を素の力で切るのは出来なかっただろう。紛れもなく俺も人間の枠から外れているのがこれで解る。
スタミナも嘗ての比ではない。もう単純な体力テストでは記録が付けられない筈だ。
――――だからこそ、まだ俺は戦えているとも言える。
気分の悪さを強引に無視して、倦怠に沈みそうな身体を引き摺るように動かす。何時の間にか増えた小鬼以外の巨大蜂は空から一気に地上に向かって針を突き刺そうとしてくるが、元々の身体が大きいお蔭で回避も難しくない。
五月蠅い羽音を鳴らす蜂の細くなっている胴体を断ち切れば、紫の血を流しながら墜落する。
続いて現れたカブトムシめいた角を持つ虫は硬い箇所を攻撃すると弾かれるが、一度内側に入り込めれば柔らかい腹を切り裂くことが可能だ。
虫は虫。人間のように思考出来る訳もなく、本能任せの行動は単調だ。
角を主武器とした突進を横に走って回避していき、背後に奇襲を仕掛ける小鬼を回し蹴りで吹き飛ばす。
飛んで行った方向には別の冒険者が居て、彼等は飛んでくる小鬼にぎょっとした顔をしながら剣を振るっていた。
海側には魔法使いを中心に後衛が安全地帯を固めてくれている。構築された陣地は小さく、まだ大多数の人間が休める程の広さはない。
既に休憩に入った人間は出ていた。まったく力が抜ける環境ではないが、その場で座り込んで息を整えられる場所があるなしは大きい。
時間は約五分。それだけ休み、交代で敵を殺しに戻る。
上空からは次々とギルドの人間が降下し、着地と同時にこちらの殲滅に加わっていた。
更に自衛隊の人間も動くが、彼等の主戦力は常人だ。まともな装備も無しに飛び降りれば地面に赤い染みを作りかねない。
倒して倒して、経験値を吸収しながらも虐殺を繰り返す。
この戦いに必要なのは迅速さだが、まだ範囲技を一つも取っていない俺達では未来の冒険者よりも明らかに殲滅スピードが遅い。
故に、今最も速度が出せる榊原が仕事を多く請け負っていた。
戦闘続行の意思を持つ限り、自身の速度を倍にし続ける。これを用いて敵との戦闘時間を最大まで減らし、秒間で二十体を殺す成果を叩き出していた。
「流石に速いな」
走者は現状、何のデバフも受けない環境では最速だ。
あまりの加速に常人の目で捉えるのは難しくなっていき、地面に赤や紫の血が急激に広まっていく。
モンスターの血は他の動物や虫と同じだ。環境汚染の心配をしなくとも良いのは、今の状況では非常に有難い。
一時間。二時間。三時間。
時間を使えば使う程、徐々に徐々にとモンスターの姿も見えなくなってくる。四時間が経過した頃には後から現れたモンスター達も殲滅され、漸く落ち着く時間を設けることが出来た。
既にヘリは安全地帯に着陸している。途中から銃声や爆発音が轟いていたが、敵の姿が見えなくなった段階で一斉に沈黙した。
この後は警戒しながらの臨時拠点の設営だ。やるのは自衛隊であり、俺達は外でモンスターの襲撃を警戒する役に就く。
下っ端みたいな扱いだが、これこそが冒険者の仕事。俺達には臨時拠点を作る程の技術は無く、自衛隊は自衛隊でモンスターの襲撃に耐え切れる程の自軍戦力が無い。
適材適所を守り、効率的に問題に対処してこそ目的は達成されるのだ。個人感情を持ち込んで己の意見を押し通す真似は許されない。
「お疲れ様です。 全員無事ですか?」
「お、お疲れ様です……。 数人程切傷や打撲を負った者が居ますが、どれも回復薬を飲めば問題無く動けます。 只野さんの方は大丈夫ですか?」
「大丈夫です。 基礎レベルが高いお蔭か、スタミナ切れは今のところありません」
「……」
マジかみたいな目を冒険者に向けられた。
まぁ、四時間も安全地帯で休憩せずに戦えていたのは確かに異常だ。ただそれは、俺が基本的に向かってくる敵を優先して倒していたからである。
動いていなければ体力はそう簡単には無くならない。周りに居なくなれば自分で探す必要が出て来るものの、敵が闇雲に突撃をしてくれたお蔭で仕事には困らなかった。
後は全力で戦っていないのもあるだろう。個人的に撫でるように切っていたので力はあまり入っておらず、筋肉の疲弊も一体に対して極小に収まっている。
自衛隊の大きな声を背に、俺達は複数のパーティーの状態で半円状に分散した。
ギルド用の臨時拠点も自衛隊が作ってくれる。終わった後に盗聴器等の類がないかを確認せねばならないが、自分達で建てる必要がないのは有難い。
一先ず、死人が出ていないのは幸いだった。初日から人が死ぬなんて出来事が起きれば士気の低下も有り得てしまう。
冒険者になった以上、人死にがより間近になっていることくらいは彼等も理解している筈だ。それでも、やはり誰かが死ぬのを冷静に受け止めるのは難しい。俺みたいに他人は他人と割り切れる人間は極少数だ。
中国の土地は見事なまでに荒れ果てていた。
歩く人間が居なくなった上に更にモンスターが暴れた結果だからだろう。割れた歩道や道路は数多く目立ち、土埃を被ったままの車には破損が目立つ。
遠くに見える建物も窓が破壊され、建物の一部が抉られているように無くなっている。俺の知る未来の日本でも同様の景色はあったが、やはり実際に見るとその酷さが際立って感じ取れた。
大きな街に近付けば被害の大きさをより感じることになるだろう。果たして今回は復興に何年掛かることやら。
座り込んで、モンスターの襲撃が来るのを俺達は小規模のテントを張って待つ。
探査の得意な魔法使いがまだいないお蔭で長距離の確認は出来ていない。その代わりに現代機器であるドローンを使って電波の届く範囲で敵影を確認している。
隠れている個体が居たって不思議ではない。俺は操作することはないが、実際にやっている人間の表情は真剣そのものだ。
「――それで、向こうはどんな感じでしたか?」
夜。
臨時拠点は両方完成し、俺達の分は外側に建てられた。
複数の大型のテントは思いの外確りとした作りだったが、やはり壁が無いのが不安を誘う。
中には通信機やらテーブルやらと大型の荷物が入っていき、仮眠室や食堂も別のテント内に存在している。
普段通りの生活をする上では不足過ぎるが、戦地で取り敢えず暮らす分には特に問題無い。
まぁ、冒険者になった直後の一般女性では拒絶感は強いだろう。今居る女性達が平気なのは、事前にそういった訓練やダンジョンでの生活を体験していたからだ。
テーブルと椅子が設置された俺達にとっての中心のテントには、榊原やこっちの正体を知っている冒険者が集まっている。
それ以外は警戒や交代での仮眠をしていて、今はまだ平穏そのものだ。
「はい。 互いの状況の擦り合わせを行ったところ、向こうはあの数を殲滅し切ることが出来るとは想定していなかったそうです」
「数が数でしたしね。 嘗ての日本ダンジョン発生時の数よりも多かったのですから、その考えは普通です」
四時間ぶっ通しで戦った身として、相手の数は少なくとも二百や三百は超えていた。
モンスターの質が低かったから倒すのに苦労しなかったが、もし同等の質が相手であれば俺達は負けていただろう。
中国のダンジョンが弱くて良かった。
「我々が順調に殲滅をしたことで自衛隊側も無事に作業を終わらせ、日本からも船が出発したと報告を受けました。 到着まで一日も掛かりませんので、やはり我々は拠点の強化が終わるまで少人数でダンジョンを目指すことになりそうです」
ギルドも自衛隊も予定通り。
ただ、それでも俺達の間には余裕は無い。何時俺が動けなくなるか解らない現状、早い内にダンジョンは攻略しなければならないのだから。
「では明日にでも向かう旨を自衛隊の方に伝えてください」
「了解です。 では向かうと決まった場合のルートについて皆様にもお伝えします――」
榊原主導の下、その日は夜遅くまで俺達は話し合いを行う。
最初の一歩目は無事に踏めた。なら次は、安定して歩くことを目指していこう。




