冒険者63 見知らぬ大地
俺がヘリや飛行機に乗った機会は、高校の修学旅行で沖縄に行った一回きりだ。
あの時も別段楽しかった記憶は無く、なんとか班内の空気を悪くしないようにと努めていた。
実際は他の班員からは気まずく感じられていただろうが、もう既に過ぎた話。今更そんな話をぶり返しても意味が無い。
兎も角、ギルド所属の冒険者に混ざる形で俺は軍用のヘリで空の旅に出た。
内部は左右に席があり、大型の為に中央は広い。
両側面のドアも大きい。降下するならほぼ邪魔な物は無い方が良いとは思うが、訓練をしていないとこれは一般人には怖く感じるかもしれない。
中に入るのはギルドの面子だけだ。元自衛隊でヘリの操縦も可能な人間が居てくれて助かったが、そうでなければ俺は目的地に到着するまで口を結ぶしかなかった。
「見えてきました」
パイロットの声を聞き、窓に視線を向ける。
中国の大地を確り見るのはこれが初めてだ。しかも端も端なので、人工物は想像より少ない。
それでも道路工事はされているようで、完全な荒野や草原とまでは言えなかった。
流石に船を停めるとなると難しくなってくるが、そこは自衛隊所属の冒険者に頑張ってもらおう。
それよりも、俺を含めたギルドの冒険者達は既に気づいていた。
ヘリの音に釣られてゆっくりと出現する豆粒サイズの影。接近すればその全貌が見えてくるのだろうと思うも、日常的にモンスターを狩っていると自然とあれが何なのかが解る。
「ゴブリン……。 やはり外に出てきているんですね」
「ああ。 報告通りではあったが、こうして見ると驚きだな」
冒険者同士の言葉が聞こえる。
俺達は事前に情報を取得していた。何なら一般人まで中国の土地でモンスターが我が物顔で暮らしているのをSNSで見ている。
世間に流れた投稿動画はその殆どが流血を伴う残虐なものであり、緊急性が高いとして運営会社が一時的に動画の投稿そのものを停止させてしまった。
今ではもう解除されてはいるものの、運営会社の手でグロテスク寄りな動画は残らずセンシティブ判定を受けている。数が多くなれば投稿者自身がBANになり、現状は流れる頻度は少なくなっていた。
モンスターが闊歩しているだなんて当たり前の情報だ。それでも彼等に驚きが含まれているのは、やはり頭のどこかで現実逃避をしていたのだろう。
画面越しのリアルは実はファンタジーで、本当はなんだかんだ中国はそのままだと。
でも実際は、こうしてモンスターが人の世に現れている。
本来ダンジョンのみに出現する筈の彼等が人間社会を破壊させ、新たな生態系を作ろうとしているのだ。
これが長く続けば、中国の土地は一人も住めない広大なダンジョンになる。森が生まれ、建物は巣に、逃げ出した家畜や人は連中の餌として消費され、やがては国名そのものが過去になってしまう。
それを現地の人間は認めたくなかった。だから散々こちらを悪し様に言ってきても、情けなく助けを請うてきたのだ。
そして日本人は、存外伸びた手を取る生き物である。無情で居るには優しさを持ち過ぎた。
殺伐とした経験をあまり積んでこなかったからこそ、日本人は騙されていると解っても助けようとするのだ。
「先ずはヘリの着陸場所の確保をしましょう」
『了解』
このヘリの中でリーダー役を担うのは榊原だ。
山田は今回参加していない。本当は参加予定だったのだが、我が家の護衛にも戦力を割きたくて老人が泣く泣く取り止めさせた。
本人は行く気満々だっただけに、言われた直後は凹んでいたらしい。榊原の話では事情を聞いて今度は怒り出し、絶対に逃さんと鼻息を荒くさせていたそうだ。
なのでギルドの全体的なリーダーは榊原が取ることになる。彼女はいきなり重要な立ち位置を任せられた所為で不安だったそうだが、俺が居ることで少し安心したらしい。
表面上は冷静な顔で指示を出していき、通信機で自衛隊の隊員が乗るヘリに連絡を飛ばしていた。
「――OKが出ました。 では、先ずは盾役からお願いしますッ」
彼女の声で図体のデカい男達が次々とパラシュートも付けずに落ちていく。
此処から地面まで並の高さではない。冒険者の頑丈な身体があってこそ出来る荒業だ。尤も、更にレベルが上がっていけばもっと人外に足を突っ込んでいくのだが。
遠目で見ていると男達の落下した場所に突如として砂埃が舞った。その数は一つ二つではなく、参加した前衛の数だけ起こっている。
着地と同時に戦闘は開始されている筈だ。足の痺れは当然あるだろうが、それで休む程彼等は軟弱ではない。
続いて魔法職や遠距離職が落ちる。最後に責任者である榊原と、一応は平の冒険者でしかない俺がヘリを蹴って一直線に落下した。
初の自由落下だが、想像よりも風の抵抗が強い。
地面が急速に近付いているのは目で解るのだが、それでも思ったよりは速くない印象だ。
怖さはあるものの、未来の映像での冒険者の頑丈さを知っている身としてはまだ低い。落下で冒険者に怪我をさせたいなら成層圏一歩手前くらいから落とすべきだろう。
着地の手前で体勢を整え、勢いよく地面に突き刺さる。衝撃が足裏から全身に巡るものの折れてしまいそうな程の激痛は感じない。
それは榊原も一緒のようで、着地して一度足を振るって痛みがあるかを確認してから直ぐに武器を腰から引き抜いた。
榊原の長剣がモンスターの居るであろう方向に向けられているが、俺が知覚する限りもうほぼ全てが他の冒険者の手によって殺されている。
彼等のレベルは依然として一桁。個人個人で見れば決して強い訳ではない。しかし、それを数で補うことで殲滅力を一気に引き上げている。
小鬼の悲鳴が響く。次から次に虫のように湧き出るも、現れた瞬間には殺される。
ダンジョンではない為、新たなに彼等が出現する心配は無い。
ただし、こうして派手に登場した以上は増援が大量に来ることは解っておくべきだ。
「海側を背にして進んでください! 前衛は防御よりも攻撃に比重を置き、後衛は自身の残数の節約に尽力してください! 相手はそんなに強くありません!!」
「俺も加勢します。 ……手加減はしますが、いきすぎと思いましたら教えてください」
「解りました。 ……ご無理はなさらないように」
「勿論です」
敵の数は簡単に零にはならない。
新人との訓練過程で小鬼の討伐自体は何回かしているが、完全な実戦は久し振りだ。
一歩を踏み込み、直線距離に一気に低く跳ねる。
敵の横を通り過ぎる間にナイフで胸を斬っていき、それを十数度繰り返しては辺りを見渡して数の多い場所にまた飛んでいく。
彼等は中国のダンジョンから出てきた存在だ。それ故に日本よりはレベルが高い筈だが、斬った手応えとしてはそんなに差は無い。
小鬼のポテンシャルがそんなに無いからなのか、此処で生まれた個体だからなのか。
兎に角敵は勢いだけの有象無象に過ぎず、手持ちの武器でも一切問題無く倒し切れる。
仮に俺達だけでは無理でもまだギルドの冒険者は追加で振ってくる。自衛隊も加勢してくれれば、この程度の障害は障害にならない。
が、それはそれとして時間は掛かるだろう。
痺れを切らした誰かが全力で討伐に動いたら体力切れで戦線離脱になりかねない。
「敵は大したことはありません! ゆっくり倒していきましょうッ。 後衛の方々は休息可能な安全地帯を構築してください!」
『了解』
彼等はこの土地に縛られている。この地の中であれば自由に歩けるが、海は判定外なので後衛が極小規模の安全地帯を作れば休憩タイムも作れる。
一日目から始まった戦いは、その最初の一歩目から大規模になっていた。
二ヶ月後までにダンジョンはクリア出来るのか。そして俺自身のレベルが行って良かったと思えるくらいに上がるのか。
眼前の雑魚の群れに、小さな不安を抱いてしまった。




