第十二歩 女同士の邂逅
集合時間が訪れ、点呼で全員が集まっているのを確認すると山田は早速ダンジョンの入り口へと新人を進ませた。
既に中にはギルドの冒険者が居るので安全は確保されている。誰が何人入ろうとも襲われる懸念は無く、彼の言葉で次々に新人達は穴へとゆっくり降りていった。
ダンジョンに続く無重力めいた空間は初めてであれば驚きものだ。この部分については特に報道されておらず、ネットにもそんな記事は書かれていなかった。
何も無い黒の空間は不安を掻き立て、手を繋いでいなければ隣の人間の姿も見えない。
しかしそれも僅かな時間だけ。下から光が入り込むことで徐々に自身の姿も浮かび上がり、空間を抜けた瞬間に一気に下に向かって重力が復活する。
急速落下で尻餅をつく人間が続出したものの、石の床との距離が短い為に怪我にまでは至っていない。
柵の無い石段の上は遥か遠くまでダンジョンを見ることが出来る。都会では見ることのない広大な草原に人々は感嘆の声を漏らしていた。
良い景色だったのは明らかだ。この上で店でも開けば多くの人が訪れるかもしれないくらいには、立地としてはおよそ非現実的だった。
しかし、忘れてはいけない。
此処はダンジョンで生命を奪いに来る生命体が居る。感動で動きを止める新人を既にダンジョンに入っていた冒険者達が数段下の石段から早く来いと動かした。
周りが見えなくなるのはダンジョンの中に居る上で致命的だ。こんな危険の少ないような場所でも、ただ周囲を警戒しないだけで小鬼に背後から襲われて死にかねない。
彼等は皆、実戦を想定した訓練を積んでいない。現代の格闘技を学ぶ理由は相手を倒す為であり、決して相手を殺す為に学んでいるのではない。
それをするのはやはり軍隊であり、故に一般人がモンスターを殺せるようになるには今少しの時間が求められる。
柵の無い石段を降りていく姿も危なっかしく、高所恐怖症の人間は誰かの服の袖を掴んで一緒に降りていた。その姿に将来の不安を覚えつつ、時間を掛けて集まった草原の面々を前に一人の人物が立つ。
「皆さん、ダンジョンへようこそ。 この場所が今後の私達の基本的な職場となります」
安全と速度を重視する上で、この人物をモンスターの捕縛に当てたのは正解だ。
榊原は金の髪を揺らしながら胸を張って彼等に笑顔で言葉を送り、その美しさに耐性の無い男は凝視してしまった。
これまでも女性の冒険者の姿を見ることはあったが、榊原程の美人は見ていない。正にアイドルのような風貌はステージで歌っていたかのようで、その笑顔一発で無数の男の心を鷲掴みにしている。
腰に細い長剣を付けているのもまるで漫画の戦うヒロインが実際に飛び出してきた感覚を味わってしまい、余計に男心を擽っていた。
そして、そんな男達の視線を榊原は明確に解っている。
経験則で自分が男受けする容姿をしていると理解しているから、その視線にギラついたものがあっても表情を変えることはない。内心では辟易とするが。
誤魔化す為に榊原は翔の方を向く。目だけは遠くを向けることで数多くの視線を無視して、翔を見ながら今日の流れを説明していった。
翔の姿は常と変わらない。サングラスとマスクを取った姿は彼女にとってはやはり新鮮で、けれど好感はまったく減りはしなかった。
容姿で苦労したからこそ、そんなことも関係無しに接してくれた翔を榊原は信頼している。
彼が重視するのは、偏に能力や実力だ。冒険者として優秀であるのを第一とし、多少奇矯な性格をしていても笑って許してくれる。
かといって、別に冒険者として普通でも見捨てたりはしない。それならそれでと出来る事を助言し、現在の冒険者は生産職を除いて全員が一定の水準に達している。
未だレベルが低い事実や強敵との精神を削るような戦闘は経験していないが、現時点で業務を回すことは造作も無い。まだまだ人数自体は少ないので大量の素材を持ち帰ることは難しいものの、これも新人がスムーズに業務を熟せるようになっていけば企業の回収班を招いて一気に持ち帰れるだろう。
榊原は翔に恩がある。同時に運命だとも感じていて、近くに居るとどうしても見てしまう。
だから気付いた。翔はこの新人集団の後方に居るが、背後からじっと見つめている女性が居た。
年の頃は翔と同じだろうか。翔を見る眼差しは一見すると普通なようで、しかし冒険者として発露した天性の直感が違うと断じている。
あれは、そう、男が女に恋愛感情を抱いている時の目だ。隠してはいるみたいだが、榊原のように優れた知覚能力を有する人間なら気付いてしまう。
「――以上が今日の一連の流れになります。 何か質問はありますか?」
女性は榊原を一度も見ていない。彼女が見ているのは翔の背中だけ。
知り合いか、友人か、或いは男女の仲か。翔との会話で女性の話は出てこなかったが、彼も男性なので女を好きになることもあるだろう。
なら、なんで自分は女として見られなかったのだろうか。
そんな疑問がふと持ち上がった。周囲からの質問が無いのを確認して、どんどん後から入ってきた冒険者達と合わせて少人数の班を作る。
面子は近くに居た人間を適当に選んだだけだが、翔に対してだけは榊原が自分で意図的に班を作った。
「ここの班は私が見ます。 少しでも何か異変があったら報告してください」
「はい」
翔の班は全員が男性だった。
榊原と同じ班になれたことに男達は喜んでいる様子だったが、それは榊原にとってはどうでもいい。
翔を見ていた女性は別の班に移動した。取られる前に取ったのだから当然だが、女性は随分悲しい顔をしていたのが印象に残った。
やはり過去に何か関係があったのだろうか。なんとなく気になってしまい、その後の作業は少し上の空になってしまった。
モンスターの四肢を切断し、頭部を刃で貫く。
胴体をくねらせて小鬼は逃げようとしているが、下半身を踏み潰されてついに痙攣するだけとなった。
あまりに残虐な行為に翔を除いた班のメンバーは少し引いてしまう。確かに今の自分達は小鬼に勝てる訳がないので、動きを確実に止めてもらわなければならない。
しかしそれでも、こうまで平気に剣で斬れるものなのかと思わざるをえない。もっと躊躇があるのではないかと内心で思い、そんな男面子に翔は心で静かに肯定した。
遠くでは悲鳴も聞こえる。何処の冒険者も似たように残虐な方法で動きを止め、新人にトドメを刺せるようナイフを渡している。
敢えて酷くしているのは、より此処が普通の職場ではないと思わせる為だ。
内臓が見えるなんてのは当たり前で、今後の生活の中では身の毛もよだつグロテスクな怪物と戦うこともある。
ここでおっかなびっくりでも殺せないなら、慣れる慣れない以前の問題だ。
そういう人間は即座に事務職に行くか、辞めてもらうことになるだろう。会社都合による退職なので不利にはさせないが、心にはちょっとした傷を受けるかもしれない。
「さて、では誰から始めますか?」
榊原の声に男達は顔を見合わせた。
確かにやるとは言ったが、それは実際の現場を見ていないからこそ出て来た言葉だ。
目の前に瀕死の、それどころか死体も同然の姿の生き物を目にすると同情心が湧き出してしまう。小鬼本人も助かりたいのかこちらに涙目を向けてきて、醜い見た目なのに可哀想に思えてしまった。
そんな男達の耳に溜息が届く。
音の方向に顔を向けると――翔が自前のナイフを抜いて小鬼の前に歩き出していた。
「自分からいきます。 胸を貫けば良いんですよね?」
「はい。 一気にやってください」
「解りました。 ……ふんッ」
力を込めたフリで、背中から小鬼の胴体を深く刺す。明確に核を破壊されたことで小鬼は断末魔の叫び声を上げ、そうして死んでいった。




