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NTR人間、自身の末路を知る  作者: オーメル


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12/12

高校生6 自己犠牲からの卒業

 正義感は元々強い方だった。

 最初は困っている奴を見捨てることに後味の悪さを覚え、次に罪悪感に苦しみ、次第に我慢出来なくなった俺は結果的に手を差し伸べる日々を過ごしていた。

 それを正義マンだと揶揄われることもあったし、偽善者だと悪者に罵倒されることがあったのを憶えている。

 今に思えば偽善者云々を叫んだ奴は正しい。俺は目の前で困っていたから助けただけで、その根本的な原因を取り除くような真似はしなかった。

 罪悪感に苦しまない為の行動。俺が気分良く過ごす為の手段。

 俺は俺が幸せになることに重きを置いている。そんなことは皆も一緒だろうけど、当時の俺は誰かを表面的に救う行為に快感を覚えていたのだ。

 

 故にか。店員の顔が恐怖に染まりそうになった瞬間、身体は自然と動いた。

 足音をなるべく立てないように滑りながら最速で進み、未来の自分の体術が脳裏に映像となって浮かび上がる。

 何度も何度も見返した動作は、最早飽きてしまうくらいに見慣れたモノ。それを完璧にものにする為に同じ軌跡をなぞり、これまで努力を重ねた。

 自分の両腕が信じられない程に滑らかに動く。自身の意識を置き去りにして、まるでゴミをゴミ箱に捨てるような自然さで背後から男の片腕を掴んだ。


「あ……?」


「ふッ」


 一息。

 ナイフの切っ先が何処に向けられているのかも気にせず、俺は片腕を背後に回して締め上げた。

 人体の構造上、背後に腕を回されると力は入り難くなる。唐突な奇襲に男は痛みに叫んだが、そんなことを無視して外そうと足掻く腕を固定して意識の薄い足を払った。

 男は一瞬の浮遊感を感じた後、一気に床へと叩き付けられる。

 腕による防御も間に合わずに顔面を強打し、男は何も出来ないまま呻くことしか出来ていなかった。

 背中を足で踏んで脱出を不可能にした上で顔を上げる。

 カウンターを挟んだ女性店員は突然に突然の出来事が重なったことで呆けてしまっていた。思考が追い付いていないのは明らかで、されどあまり時間を掛けさせたくはない。


「誰か、警察に連絡を」


 静まり返った店内での俺の冷静な一言で、漸く場は騒然となった。

 別の店員が事務室に飛び込み、僅かな客は野次馬になって俺と男を囲む。

 中には足の固定に協力してくれた客も居た。そちらには力が抜けて床に落ちてしまったナイフの回収も任せ、警察が来るのを待つ。

 ある程度痛みが引いたのか、男は暴れようと全身に力を入れていた。

 唯一無事な腕で俺の足を叩き、起き上がろうと何度も挑戦し、しかし俺以外の複数に完全固定されては一人の努力なんてまったく意味がない。


 最後には呼んだ警察が現れたことで男は逮捕された。

 最後まで俺を睨み付けていたが、悪いことをしたのに逆恨みなんて情けないにも程がある。

 パトカーで連行されていく姿を見送り、そして残った警察に当時の出来事を監視カメラ付きで説明することになった。

 名前、年齢、誕生日、住所と電話番号、後は学生なので学校名。

 求められた情報を全て提供することでスムーズに話は進んだが、警察には注意も受けた。

 まぁ、当然と言えば当然だ。無茶な行動が最悪の結果に繋がるかもしれない以上、一般人が犯罪者を抑えようとするのは避けるべきである。

 いたって正論の注意に俺は後頭部を掻いて苦笑するだけに留めた。相手も過度に行うつもりはないので説教は直ぐに止み、今度は店員と一緒に感謝もされてしまう。


「このお店と従業員を守っていただき本当にありがとうございましたッ」


「気にしないでください。 ……勝手に身体が動いてしまっただけなので」


 真正面からの感謝に苦笑いを更に深め、何度も手を振って落ち着くことを促した。

 感謝してくれることは嬉しいが、何度もされては此方が困ってしまう。俺にとっては所詮は経験値稼ぎでしかなく、寧ろ試させてくれて感謝の気持ちだ。

 あの瞬間、俺は自分でも信じられない程に練習通りに動けた。

 まるで未来と自分が一体化したかのような体術は正しく俺が目指していたもので、けれど意識的に出来たものではない。

 死の恐怖は今も感じていなかった。ナイフ程度で怖がる過程は映像で通り過ぎてしまったのかもしれない。


「俺のことよりあの店員さんを気に掛けてください。 きっと怖かったでしょうから」


 最後にその言葉だけを残し、俺は背中から称賛を浴びながら家へと帰ることになった。

 電車の中でメモを見る。書かれていた内容と現在の時間を比較して、大きなズレは確認されていない。

 これまた未来通り。予定の一つが消化され、心には久方振りの充足感が補充された。

 問題があるとすれば、ほぼ確実に警察が学校に連絡をすることだ。それを聞いて教師から何か言われることを思うと、面倒臭い気持ちにもなる。

 出来れば周囲に話が拡散しないことを願うばかりだ。人助けをするのが目的ではないのだから。


「――翔、話があります」


 夜。

 夕飯を両親と摂った直後、唐突に母親が俺に語り掛ける。

 父親は母の妙な真剣さに困惑していた。俺と同様に普通な顔をしている父は普段から母の優しい声を聞いていたから、こんな声を出されると内心驚いてしまっているかもしれない。

 

「どうしたの?」


「翔が二階で寝ている間に警察から電話が来たの。 コンビニ強盗の犯人を取り押さえたって感謝されたんだけど……それは本当?」


 母の質問にああ、と俺は声を漏らす。

 今の俺は未成年。成人していればまだ個人の範疇で済んでいただろうが、そうでなければ家に電話が来るのも必然。

 そういえばそうだったなと忘れていたことを思い出しつつ、合っているよと俺は答えた。

 母の表情は心配と少々の怒りに染められている。一応は現場で巻き込まれた体でいったので俺が狙って挑んだとは思われてはいない筈だが、あの人の言いたいことがそんなことではないのは解っている。

 あれは俺が無茶をした時の顔だ。助ける為にと怪我を覚悟で進んだ際に母は何時もその表情をしていた。


「……人助けを悪いなんて言わないわ。 助けられたコンビニの人達も感謝してたそうだし、誰かの為に動ける息子を誇りにも思う」


「……」


「でも、心配よ。 何時かとんでもないことになってしまいそうで。 出来れば止めてほしいって、私は思ってる」


 母の言葉は、正しく息子を案じていた。

 愛に、優しさに溢れている。それが嘘であるなどと誰であろうと言えず、俺は言い訳の一つも言えはしない。

 いいや、言ってはいけないのだ。心配させてしまう言動を取ってしまうのは事実で、ならば真剣に語る他理解してはもらえない。

 父は俺を静かに見据えていた。何も言葉を発さず、一人の男としての俺を何処か測っている雰囲気だ。

 父は至極普通の会社員である。特に高い役職に就いている訳ではないが、家族の大黒柱として確りと俺と母を支えてくれている。

 素直に尊敬しているとは以前の俺であれば言えなかった。でも今は、家族を支えてくれるこの人のことを恥ずかしがることも無しに尊敬していると語れる。


「……俺も概ね母さんと同意見だ。 危ない真似はしてほしくないんだが、避けることは難しいか?」


「――きっと、難しくはないと思う」


 隠し事をする気は無い。あの未来について語ることは難しいものの、父親に対して確りと自分の意見をぶつけるくらいは問題無い筈だ。

 

「これからは避けられるものは避けるつもりだよ。 なんていうか、最近それで痛い目を見たからさ」


「痛い目?」


「裏切りっていうか。 仲間だと思ってた人が実は違ったって感じ。 人間関係の難しさってのを感じちゃって、これからはそういうのは控えようって決めてたんだ」


 これからのことを考えると、人助けをしている暇は無い。

 戦闘の経験が積めるなら兎も角、それと関係無い行為に大した意味は考えられなかった。ならば偶発的な事故を除き、これからは頻繁に怪我を負うことも無くなるだろう。

 何があっても良いように身体も鍛えている。襲われる事態が発生しても人間を抑える程度は大丈夫だとコンビニでそれは証明された。

 

 裏切りの言葉に父親は僅かに目を見開いた。一瞬だけ母に目を向け、彼女も彼女で息を呑む。

 息子がそんな目に合ったことに驚いたのだろう。まぁ、裏切られるなんて早々起きることもない。それに俺が如何にも隠したがるように言葉を選んでいることから、二人も詮索してほしくないと想像してくれるだろう。

 

「そうか……。 酷いことなのかもしれないが、お前が無事に生活出来るならその方が良い。 自分を大切にしてくれたなら俺達も安心出来る」


「……今まで本当に悪かった。 これからはもっと自分の為になる行動をしていくよ」


「偶の我儘くらいなら喜んで聞いてやるぞ。 お前ももう高校生だし、小遣いでも増やすか?」


「あなた」


 笑みを形作り、俺は二人を安心させる。

 自己犠牲は今までの分で十分だ。そも、俺の力で誰かを真に救えるとも思えない。

 身の程は弁えるべきである。それを表情だけで察した父は、空気を変えるべく明るく冗談を口にした。

 母もまたその冗談に乗っかってわざとらしく眉を吊り上げる。

 思ったよりも鋭い声に父は目に見えて狼狽え始め、俺はそんな二人の姿に笑ってしまうのだった。

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