冒険者52 妹の助言
「あー……あはは、ちょーっと滑っちゃった?」
「……ッ」
唐突に現れた少女に最大限の警戒を抱く。
自身の傍に刃物の類は無く、身を守る防具も無い。能力発動をしてみるも、やはり意識内である為かまったく発動してくれない。
正真正銘、俺の武器は生身のみ。それだって無意識が作り出している仮初の質量に過ぎない。きっと大元の肉体部分すら要らないと思い込めば、完全な意識だけの存在になる。
だが、眼前の彼女はそうではない。俺の無意識が生み出した人物ではなく、彼女は過去の映像から出現した正真正銘の意識外の存在だ。
これは確信出来る。そも、自分ならこんな阿呆みたいなキャラにしない。張りぼてでもちょっとは真面目そうな風貌にする。
「ちょっと、少しは何か言葉を返してくれよー。 僕だってずっとだんまりされるのは勘弁してほしいんだからね」
「……お前は何者だ」
「わお、刺々しい態度。 まぁ、君に向けられるなら悪くないね――よーし、自己紹介をしましょう!」
見た目が派手な少女は口調も明るい。
苦笑している表情を一転させ、天真爛漫さをこれでもかと感じさせてくる笑顔を浮かべる。
俺に対して何故か親愛を向けてきて、その態度がやはりマリーザに重なった。見た目も似ているし、姉妹だと言われれば誰も疑いはしないだろう。
彼女はその場で一度くるりと回り、俺に向かって指を突き付ける。力強さと自信に満ち溢れている碧眼は此方にずっと向けられたままで、それが何故か妙な気持ちを抱かせた。
「僕はナラ・ギルデッド。 翔の目を通じて見ていたけど、マリーザ姉さんの妹だよ」
「っは、それはそれは……」
少女――ナラは断じる程の勢いで己の身分を明かした。
エル=ラクムの姫と自身の立ち位置を語ったマリーザの、その妹。
なんだそれはと言いたくなる気持ちが湧く。警戒の中に困惑が混ざり、何故の二字が脳味噌を占有しようとしていた。
マリーザは異世界の存在。こちらの人間の存在を正確に知っている訳ではなく、それはきっと他の異世界人も一緒だろう。
彼女がこちらの人間を見て、唯一反応を変化させたのは俺に対してのみ。妙な親愛に訳が解らない気持ちがあったが、それをここでもう一度体験することになってしまうとは思わなかった。
だが、相手はこちらの世界にダンジョンを送り込んだ国の人間。奇妙な程に高い好感度に振り回されるのはよろしくないだろう。
「あ、変なこと考えてる。 別にあっちの国のことなんてどうでもいいよ。 ……どうせ僕、死んでるし」
「死んでいる?」
「そ。 今の僕は幽霊みたいなもんなんだよ。 ちなみに死因は他殺。 殺したのは誰だと思う?」
「知るか。 興味もない」
「あ、酷いなー。 まぁ今の君には興味もないかもね。 それよりもだ」
色々衝撃的な話が飛び込むが、俺には関係無い。
一切の興味も無い素振りを見せるとナラもこの話はするつもりがないらしく、本題へと切り替わる。
俺も長々と彼女と話をする気はない。なんならさっさと消えてほしいくらいだが、ナラも言うことを言い切らない限りは消えるつもりはないのだろう。
「神の眼。 知りたくはないかい?」
「……お前は知っていると?」
「勿論。 だって私の生まれが生まれだし」
そりゃ、苗字から異世界人だ。それに件の内容が機密であろうとも、ナラ自身も王族なのは事実。
世界の秘密を知る機会はあるだろうし、他の異世界人よりも詳細な情報を入手しているだろう。
だが、彼女の語る内容が真実か否かを知る術がない。他のチェック方法が見つからない時点で、彼女の話は話半分で聞くのがきっと適当だ。
いや、極端な話。何も聞かずにフェードアウトするのが一番良い。余計な情報が思考を乱すのは世の常だ。
されど、他に情報を集める手段がない。正確に言えば長期になれば鑑定の特殊技能を有する人間が現れるので、それで冒険者本人のステータスを確認してもらう手はある。
俺のステータスには読めない部分があるし、それを第三者が見た場合の情報は欲しい。個人情報を晒すも同然なので相手には情報漏洩を防ぐ強めの契約が必要となるが、それでも神の眼とやらを探す為に晒すのも吝かではない。
少なくとも、異世界人を相手にするのは避けたい。結局のところ、俺にとって彼女等は揃って日本や地球人類にとって敵なのだから。
意図的に侵略行動を起こした存在に慈悲を持つ必要はない。本当の原因があるとしても、彼女達を受け入れるのは俺には不可能だ。
一歩、彼女は歩を踏み出した。直後、俺の口は無意識に言葉を紡ぐ。
「近付くな。 いや、いっそ消えろ。 お前から情報を貰うことはない」
「えー、本当? 他に手なんて無いんでしょ?」
「だとしてもだ。 解らなくとも、俺はお前達を頼ることはない。 どうして敵の言葉を信じることが出来る?」
「敵って。 僕は君の敵じゃないよ」
「黙れ。 あのスクリーンから出て来たのなら俺の両親がモンスターに殺されているのは見ただろ。 あれの原因が何処にあるのか、お前が知らない筈がない」
ナラ本人が未来の状況を望んでいたのかは解らない。
もしかしたら、彼女としてはもっと平和的な接触をしたかった可能性はある。けれど、それはもう出来ない話だ。
彼女がその国の人間である限り、どうしても脳裏には敵国の事実が浮かんでしまう。優しくしたくても、それなら地球の別の人間に優しくした方が良いだろと内側に居る別の俺が叱責してしまう。
知ってしまうというのは恐ろしい話だ。知らなければ良かったと語る人間を俺はネットで時折見ていたが、今正にそんな気持ちを抱いている。
ナラも俺の未来は見ていたのか、悲しい顔になった。踏み出す一歩を下がらせ、両手を後ろで組んで左右に歩き出した。
「お前がなんで俺の中に居るのかは知らない。 だが、お前の話を聞く気はないしお前の思っていた方向に動く気もない。 だからさっさと俺の中から消えてくれ」
「……それは、ちょっとできない」
俺が望むのは、この場からの退去だ。
二度と顔を出さなければ何も文句は無い。しかしナラは、そんな小さな願いを拒否した。
虚空に視線を向け、小さくごめんと呟く様子は嘘には見えない。
しかし俺は、女性の怖さを知っている。例えそれが映像越しであったとしても、女の感情表現には常に嘘が混ざり込む。
意識無意識も関係無い。一度でも嘘を吐いてこちらを害する可能性があるならば、善人であろうとも関わるべきではないのだ。
だからもう、接触はこれっきりにしてほしかった。二度と顔を合わせないでほしかった。中学生の見た目であるだけで、俺の胸には棘が刺さる感覚があるから。
「なら俺が居なくなる。 本当に必要な時以外で此処に来ることはないし、お前を見掛けても無視する。 だからお前は話し掛けてくるな。 黙っていろ」
「――――嫌だね。 寧ろ翔は僕に感謝してほしいよ。 今も生きていられるのは僕のお蔭なんだからね」
虚空を見る視線が、再度此方に向けられる。
散々に言われて怒りを抱いたのか、口調は強くなっていた。
「僕が神の眼を制御していなきゃ、今頃翔は身体が内側から弾けていたんだよ」
「何?」
「神の眼ってのは本当に凄い力なの! ちょっとでも使えるだけでどこもかしこも欲しがるような強力なスキルなのに、翔には全部が入ってるんだから!! お蔭で今の翔のレベルじゃ耐え切れなくて身体が爆散しかねない状況なんだよ!!」
最早勢い任せなのだろう。彼女は自分から神の眼に関する情報を零していき、その全てが今の自分の状態がどれだけ悪いかを告げている。
だがそれも、信じられる材料があってこそ信じられる話だ。全ては話よりも第三者でも解る証拠でなければならず、これで心乱されるつもりもない。
それに一度は自分が死んでもいいなんて思っていたんだ。今更生命の危機なんて言われても動揺する気にもならない。
「知るか。 誰が信じるんだ、お前の話なんて」
だから俺は突き落とす。これ以上の会話に意味はないとも判断して、意識の浮上を開始した。




