冒険者51 過去の歪み
「報告書は読ませてもらった。 ……それで、君はこの情報をどう見る?」
会談は、およそ良いとは言えない状況を齎した。
老人も山田が纏めた報告書を手に何とも言えない表情を作り、自分だけでは判断しきれないと対面に立つ俺に語り掛ける。
今この場で、他の人間は居ない。冒険者達はそれぞれ苦い表情をしながらギルドの執務室から退室し、事の状況を静観することに決めていた。
そこにあったのは信頼だ。現状、一番怪しい俺に対する信である。
マリーザと名乗る女と俺との間に何等かの繋がりがあり、相手はそれを曖昧な表現で伝えた。俺は彼女の存在そのものを知らなかったのでいい迷惑だが、対応しない選択肢は存在しない。
とはいえ、俺が語れるのは僅かだ。この異世界と関わりを持つかどうかは政府が判断することで、俺達がこの場で決めることではない。
「第一前提として、彼女達の存在は未来でも観測されていない。 様々な人間の未来を見たが、そのどれにも黄金国家の名前が表に出て来ることはなかった」
「ふむ……」
「考えられるのは秘匿されていた。 或いは、そもそも未来が変わった所為で彼女達が来てしまった」
俺が見た限り、エル=ラクムの存在は未来で観測していない。
異世界と言えばダンジョン。それが未来の常識で、更なる別世界があるとはネットの何処にも転がっていなかった。
終末の獣についてもあれこれ探ってみたが、似た情報のモンスターはやはり湧いて出ない。別々に切り分けていけば合致するモンスターは居るものの、それが正解だとは言えないだろう。
未来の上層部が黄金国家そのものを隠していた可能性は十分にある。しかし、ここまで未来が変わってしまったのであれば路線そのものが変わってしまった線も捨てきれない。
パラレルワールドは存在すると言われている。自身の隣の次元には別の自分がまったく違う道を進んでいるとされていた。
だとして、じゃあなんで向こうは俺を知っているのか。この辺が疑問として残る。
「君に向かって言った神の眼も気になるところだ。 随分御大層な名前を付けられてしまっているが、未来を見るだけでも確かに人間技ではないな」
「それでも本領を発揮している訳ではないと言われてしまったがな」
「末恐ろしい話だ」
気になる部分は非常に多くある。
解き明かしたい気持ちはあるものの、現状でどれだけ情報を集めようとも俺の未来以上の質は出てこない。
他に方法として、やはり黄金国家と協力関係を結ぶこと。ダンジョンを発生させた張本人達と繋がりを持てば、俺達が知りたい情報を入手する道は出来る。
が、これは俺としては拒否したい気持ちだ。感情的な面でも、理性的な面でも、彼等と直接の関係を築くのは得策ではない。
この件で国民に決を採らせれば、圧倒的に否に傾くだろう。政治家がどんなに足掻いたとて、国民が総出で反対すれば流石に賛成派も下がらざるを得ない。
もしも強引に推し進めた場合、どんな手を使ってでも賛成派の議員に政治をさせないようにするだろう。
家が特定されれば家に物を投げ付けられ、家族が居れば誘拐され、何なら本人を見つけて袋叩きくらいにはする。
日本人でも本当に過激派な人間は他と変わりはしない。報復と復讐に燃える人間程、人の常識なんて無視するものだ。
「この話は国会で大激論を呼ぶに違いない。 君の件は伏せられるが、暫くは荒れるのも覚悟してくれ」
「勿論だ。 その間にこっちでも神の眼とやらについて探してみるさ」
「頼んだぞ」
やれることは少ない。けれど、何かしなければ遅れを取ってしまう気がする。
俺達二人は情報の少ない中で決断を迫られ、今日この日はそれで解散することになった。
冒険者達は今は交代で休みになっている。怪我を負った訳でもないので全員で仕事は出来るが、次に何が起きるかを予測することはできない。
何かあっても良いように交代で休みを取ることになり、俺はそもそも入社式に合わせなければならない。
家に戻った俺を家族は何時ものように暖かく迎えてくれた。
冷めてしまったおかずを温めてくれて、食べている間に風呂も沸かしてくれて。もう夜も遅い時間なのに、皆は俺に優しかった。
静かに風呂を楽しんで、そして俺は自室で横になる。
意識を底に落としていく。何時もの感覚に最早何も感慨を抱かず、一人用の椅子に座って映画を見るように投影される映像を見る。
黄金国家を知るならば、やはりダンジョンが発生して暫く経った後だろう。
冒険者を目印にしたのであれば多くの人間が覚醒した直後にフォーカスすべきであり、一番荒れていた時代を早回しではなくスローで再生した。
ゆっくりとした映像の中を見る。基本的に俺の視覚しかないので多くの情報が手に入る訳ではないが、真偽不明の噂話も含めて耳に入れていく。
冒険者の覚醒。初のモンスター討伐の話。徐々に徐々とダンジョンから出て来た敵を倒していく冒険者に、ついにはダンジョンそのものを攻略する話。
俺はその当時、まだ冒険者ではない。一般人に過ぎず、碌な伝手も縁も持ってはいなかった。
だからこの時期に彼女達が接触していた場合、俺はその情報を取得するのは不可能になる。何せ冒険者そのものになろうとも考えていなかったのだから。
見て、見て、見て、見て。何年分もの情報を見続けることに飽きがやってきた頃、人混みの中を歩く未来の俺の視界で一人の少女の背中が目に入る。
それはマリーザに似た金髪だったからかもしれないし、漫画チックな服装をしていたからかもしれない。
未来の俺はまるで気にしていないようだったが、なんとはなく俺自身は目で彼女を追っていた。
短い黒のスカート。上は青いジャージのような服。白く短いマントはお洒落の目的以外なら利便性は低く、髪を片方サイドテールにしている。
年齢にして中学生くらいだろうか。彼女は歩き、しかし周りは誰も見ていない。
目立つ服装をしているのに。他よりも異様に綺麗な見た目をしているのに。――――どうして誰も彼女に意識を向けていないんだ?
「……ッ!?」
その時、少女は振り返った。
その先に居る未来の俺に微笑み、元気な足取りで此方に向かってくる。未来の俺はそんな彼女を前にして何か行動を起こす筈もなく、目前まで迫っても人混みの中を歩いた。
激突の刹那、映像が止まる。俺がそうした訳でもないのに、映像は白黒となって沈黙に染まった。
これまで、俺の意思で映像内の時間の流れを操作出来ていた。こんな風に突然止まるだなんて、そんなことは一回だって起きてはいない。
金髪の少女だけに色があるのもおかしい。強調するように輝かしい金髪を揺らし、少女は一歩を踏み込んだ。
それはもう、未来の俺と少女が激突している筈の距離だ。なのに彼女はぶつからず、視界の全てを少女の顔が占有した。
『やーっと見てくれたね? ずっと待ってたんだから!』
「は?」
映像内で少女は言葉を発した。刹那、映像が歪み始める。
時計回りに像が歪んでいき、縦に長い楕円形となっていく。歪んだスクリーンから腕が伸びて、それは椅子に座っている俺の顔を掴もうとしていた。
咄嗟に椅子を倒して、背後に転がる。即座に立ち上がって構えを見せた時、相手はさらにその姿を見せていった。
「じゃんじゃじゃーん! 久し振り!」
サイドテールを跳ねさせた碧眼の少女がこちらに笑い掛ける。
その顔は、あまりにも最近見た顔に酷似していて――――いや、そんなことは今はどうでもいい。
頭が警鐘を鳴らす。心臓が小刻みに鼓動を刻む。そんな俺の姿に、何故か彼女は困り顔になってしまった。




