冒険者45 試験終了の夜
「お、終わった……」
現在時刻、午後二十一時。
筆記、実技、面接の全てを終えて俺が採用したい百人を全て携帯にメモした。
何時間もずっとモニターを見続けていたが肉体に何も影響はない。ただし精神的な疲労は確かに蓄積されているので、家に帰ったら直ぐに寝てしまいそうだ。
一先ず、俺がすべき最初の作業は終わった。残りの片付けは職員が行い、俺はこのまま家に帰ることになる。
結局使わなくなったリュックを手に部屋を出ると、扉横で適当にパイプ椅子に座っている笹森が携帯を眺めていた。暇だったのでゲームでもしていたのか、一度俺に視線を向けると何度か操作して携帯を腰ポケットに仕舞って立ち上がる。
気怠い雰囲気がありありと感じられたが、俺には関係ない。一言終わったぞとだけ言うと、笹森は分かりやすく良い笑顔を浮かべていた。
「高次サンからは終わったらそのまま帰っても良いと言われてますんで、自分もこれで解散させてもらいますね?」
「そうしてくれ。 今後の連絡については何かあるか?」
「採用通知書を送るのでそれと必要書類を揃えて入社式に来てくれとの話です。 その際は素の姿でお願いしますとも」
「分かった。 それじゃあな」
「はい、それでは」
にこやかに去っていく笹森の後ろ姿に溜息を吐き、慌ただしい職員たちを他所に裏口からギルドの外に出る。
昼間の喧騒は既に無い。試験自体は終わっているし、受験者は面接が終わったと同時に帰る許可を出している。時間経過で人がどんどん消えていけば、流石に初めて来た場所に長居はしたくないだろう。
榊原たちも今は後片付けで忙しいので挨拶はしない。
今日も両親たちは夕飯を用意してあるだろう。普段の夕食の時間と比べると遅くなっているが、家族たちが先に食べているとも思えない。
あの過保護な家族たちだ。俺が無事に試験を終わらせることが出来たかで心配しているのは間違いない。
なるべく早く帰るために急ぎ足で駅を目指し、帰りの電車ラッシュに押し潰されながら家の最寄り駅でよろよろと脱出する。
こんなに犇めき合うなんておかしいだろと内心で文句を零しつつ、冒険者の強靭な肉体は何てこともなく家まで順調に足を進めさせてくれた。
「ただいま」
家の玄関から中に入ると、直ぐに足音が聞こえた。
少し早足な音に苦笑していると、母親が眉を八の字にしながら心配気な表情で此方を見ている。
その直ぐ後ろでは父親と伯父の姿もあって、リビングからは良い匂いが漂っていた。
「……大丈夫だった?」
「大丈夫、無事に試験は終わったよ。 多分、合格なんじゃないかな」
「そう、それは良かった」
母親の笑顔は、心からのものではなかった。
その気持ちは分かる。母からすれば、いっそ試験に落ちてほしい気持ちがあったのは間違いない。
それが俺との関係に溝を生むとしても、死んでしまうよりはマシだと思っているはずだ。これは父も伯父も同じだろう。
俺だって気持ちとしては一緒だ。冒険者にならなくても平穏無事に生きていけるなら、俺はその道を選択して邁進していた。
けれど現実は無情だ。何の力も無かったために未来では親は死んでいる。あの状況では伯父もどうなっているか定かではなく、最悪の末路が待ち受けていると想像しても不思議ではなかった。
力が必要だ。家族を守り抜く力が。それは組織力という面ではなく、個人としての力が何より求められている。
「ごめん。 心配させることばっかりで」
「ううん、良いの。 したいことをするのが人生よ。 これは私達が勝手に心配しているだけ。 翔が気にすることなんてないの――――さ、御飯を食べましょ。 皆お腹が空いてるわ」
俺の謝罪に、母は首を左右に振って告げる。
それが俺にとっては有難くも、更なる自責を与えた。家族をこんなにも不安にさせているのは、やはり俺が弱い部分を見せてしまっているからだ。
これからの人生で強い自分を家族に見せる。見せて、証明して、大丈夫だと笑ってやるんだ。
リビングでは父親と伯父は何も不安を口にしなかった。まるで普通の受験を終わらせた息子を迎えるように、何とも和やかに時間は過ぎていく。
飯を食べて、風呂に入って、寝間着に着替えて自室で横になって。
胸中にあるのは感謝と決意だった。手にした力は決して反則と呼ばれるほどではなく、しかして最弱の職を手にしている訳でもない。
意識を落とす。慣れ親しんだ未来を見るスクリーンの前で木製の椅子に座った。
流れる見慣れた景色たち。絶望が広がる中で冒険者たちは立ち上がり、人類の未来のためにと奮闘に奮闘を重ねて勝利を掴み取った。
その過程で死んでしまった冒険者も数多い。
ゆえに政府はダンジョンを無事に抑え込んだ後に慰霊碑を各ダンジョンの入り口に配置し、年に一度は死んでしまった者たちを悼む日を設けた。この日ばかりは全ての業務を停止し、冒険者とその関係者は完全な休養日になっている。
見知った情報だ。今更それを知って何かを思うこともない。
被害者は既に大分抑え込めた。完全な零にはならずとも、万の被害にならなかった時点で未来より遥かにマシな現在を人類は歩めている。
これからもそれは変わらない。人類の母数が増えれば、その分だけダンジョン攻略に優位な冒険者が生まれてくるだろう。
その果てに俺のやるべきことが無くなり、楽が出来れば自分の立ち位置が無くなっても問題無い。
もしも自分のやることが無くなったらどうしようか。取らぬ狸の何とやらだが、こういう未来を想像するのも悪くない。
公務員を辞めて個人事業主になってみるのはどうだろう。それか職に対する最適な能力を選別してあげる専門的なアドバイザーになるのも良い。
だが、楽しくなってきた俺の前に突如としていつもの青い画面が出現する。最近めっきりと見なくなったソレが急に出て来て驚き、更に画面に表示されている文字に目を見張った。
『挑戦者に一件のメッセージが届いています。 開示しますか? Y/N』
「なんだこれ……」
青い画面はゲームでのシステム部分を担当している。
ステータスは勿論、取得した職業や能力を分かりやすく見せてくれるのがこの画面だ。また、状態異常になれば具体的にどんな状態になっているのかも教えてくれる。
しかし、メッセージを送信したり受信する機能は無かったはずだ。そこまでこれに利便性は無い。
加えて、意識だけの状態で画面が出て来るのもおかしい。こればっかりは検証が難しいので未来でも起きていたのかは知らないが、唐突な出来事には嫌な思い出ばかりがある。
文字を触ってみるも、画面はすり抜けた。恐らくは音声認識で開示するか否かを決めなければならないのだろう。
迷い、けれど何があるのかを確かめるためにYESと放つ。
画面内の文字が消える。次の瞬間にメッセージ内容そのものが次々に画面に現れた。
言語は日本語だ。英語や中国語みたいに分からない言語ではないのは少し安心するが、誰がどうやってメッセージを飛ばして来ているのかを知らないままでは完全には安堵出来ない。
無言で文章を読み進める。内容が進めば進むほどに自分の顔が強張っていき、全てを読み切った後には自分の表情が青褪めるのが分かった。
『突然にメッセージを送ること、誠に申し訳ございません。 システムにより遮断されたためこのような形での接触をさせていただきました。 先ずは自己紹介をさせていただきます――――私は黄金国家・エル=ラクムの姫であるマリーザ・ギルデッドと申します。 貴殿から見ますと私は異世界の人間であり、そちらの世界で現在発生しているダンジョンは全て私共の世界の一部になります。 この件について会談の場を持ちたく、こうしてメッセージをお送りいたしました』




